第三百一話・困惑する義龍とあまり関心がない信秀
Side:斎藤義龍
「これは、いかなることだ?」
突然、守護様が側近を殺したと騒ぎになっておる。しかもその側近の領地まで攻め入って、一族郎党を皆殺しにしたとは穏やかではない。
今は国人衆の取り込みで大変な時なのだぞ。それを理解しておらぬのか?
現に国人衆の動きは鈍い。父上は健在であり、皆が織田と父上が組むのを恐れておるのだ。
「なにやら例の手形の件が上手くいかなかった様子」
「隼人佐。やはり守護様と組んだのは、間違いではないのか? 父上にも織田にも見限られたのだぞ」
わしも先の戦で下した織田如きに、下手に出る父上は気に入らぬ。
されど、『このままでは廃嫡にされる』と、『父上を隠居させるべきだ』と言うてきたのは、ここにおる長井隼人佐だ。
わしの母が守護様から父に下賜されたことを逆手に、『守護様を御輿にして上手く立ち回るべきだ』と、策を講じたのもこやつなのだが。上手くいっておらぬ。
「されど、今動かねば織田に美濃を乗っ取られまする」
織田の力はそれなりに大きいのであろう。父上の専横に美濃の国人衆は反発しておるが、織田と敵対することは嫌がる。
ろくに戦もせぬままに織田は尾張を統一してしまった。清洲も一日で陥落させた織田の力を恐れる者がおっても無理はない。だが所詮、尾張の中の弱小同士の話であろう。
無論のこと隼人佐の言い分も分かる。今動かねば西美濃は織田の手に落ちるかもしれぬのだ。されど、何故国人衆への根回しも済まぬうちに、おかしな騒ぎを起こす守護様を担がねばならぬのだ?
そもそも守護様は織田と斎藤を潰し合わせるつもりであろう。このままではまた朝倉も介入してくるぞ。いかがするつもりだ?
「もうよい。国人衆が集まらぬのでは動けぬ。守護様とは関わらぬ」
駄目だな。あの守護様では駄目なのだ。尾張では和睦の席でさえも不満を隠しもせずに、家臣が騒動を起こすと不満げに帰ってきたと言うではないか。
西美濃の者たちはそれで愛想を尽かして、こちらに味方せぬこともあろう。
「されど、守護様の後ろ盾なくば若殿は殺されまするぞ。織田は西美濃の大半を勢力下に置くでしょう。大殿は誰憚ることなく若殿を廃嫡にして、正室のお子の誰かを跡継ぎにするでしょうな」
「それでも、あの守護様は駄目だ。もう家臣も国人衆も付いていくまい」
わしも父上を信じることは出来ぬが、この長井隼人佐は父上を憎んでおるからな。
こやつは憎しみを秘しておるつもりのようだがな。同じ父上の子でありながらその扱いは決して良くなかったと聞く。こやつは父上を追い落とすことで頭がいっぱいなようだ。まさか、父上の次はわしではあるまいな?
今一度、父上とは話すべきだな。さすがにあの守護様には愛想が尽きた。
父上が追放して、織田が戦の口実を棄ててまで和睦を選んだのも、あの守護様と
不満そうな隼人佐には悪いが、わしもあの守護様のお守りはご免だ。
Side:久遠一馬
「はっはっはっ。本当にそなたたちは飽きさせぬな」
すずとチェリーが土岐頼芸のところから職人たちを連れ出してきたことを報告しに清洲まで来たんだけど、信秀さんに大笑いされた。周囲の皆さんの口元も歪んでいる。
修行に行くと抜け出して戻ったかと思えば、問題の証人を連れているんだから当然だろうね。
「やはり偽の手形は美濃守様でしたか。しかし堺は何故かようなことを……」
政秀さんはあまりに常識外れなすずとチェリーになんとも言えない表情をするも、あえてそれには触れずに話を進めた。
問題は誰も相手にしていない土岐頼芸よりも堺なんだよね。政秀さんも土岐頼芸のことをスルーした。
エルの報告だと一部の商人が欲を出してやったことで、堺の会合衆は無関係らしいが。商人には主従関係はないし、ウチや織田はこの商人たちと表立って大きな問題があるわけじゃない。取り引きをしていないだけだ。
とは言えそれはウチも表沙汰には出来ない情報だ。普通は堺全体を疑うよなぁ。
まあ、堺は当面は放置するしかない。影響力は桑名の比ではないしね。これを口実にして、当面は織田領内での商いの禁止辺りかな。悪銭の交換比率と相まってダブルパンチになるかもしれない。こちらはひたすら堺の悪事を世間の目に留まるように積み上げるだけだ。
「そういえば美濃守様から使者が来たとか? なにを言ってこられたのですか?」
「家臣が蝮と謀り、織田と土岐家を敵対させようとしておる
政秀さんがスルーした土岐頼芸に関しては さっきオレと入れ違いで清洲に使者が来ていたと聞いてたので、なんの用件かと聞いてみたのだけど。
あんまりだなぁ。偽の手形を作らせていた家臣を手打ちにして、その領地を攻めたらしい。証拠隠滅を図ったんだろうね。
「討つのですか?」
「討つわけがなかろう。
振りかぶった
信秀さんは勢力圏の国人衆にも迂闊に動くなと指示を出したみたいだ。土岐頼芸が信秀さんが来るからと勝手に国人衆を集めることもありえるからね。
「それより、その荷物はなんだ?」
「ああ、動物の形をした布製の玩具です。初めは人の形をしていたので
なんか情勢がいろいろと動いているけど、信秀さんはあんまり動く気がないみたいだ。道三から援軍要請の使者がくれば送る気はあるらしいけど。土岐頼芸とは関わりたくない感じだ。
『それより』というあっさりした言葉で、信秀さんの興味はオレの荷物に移った。
実は今日は動物のぬいぐるみを持参したんだよね。リリーが作って孤児院で大評判なものだ。信秀さんの所も小さい子供たちが結構いたからさ。
「これはいいな。さっそく持っていくか」
ロボとブランカに似た犬のぬいぐるみや猫や熊なんかもある。大きさはひとつが二十センチくらいだろうか。
元の世界ほど生地が豊富でないからリアルさや手触りは物足りないけど、デフォルメされて可愛いぬいぐるみだ。
信秀さんはそれを見て気に入ってくれたようで、すぐにオレを連れて子供たちの住む奥の私邸へと行く。
「父上!」
「一馬がまた面白きものを持ってきたぞ」
奥の私邸の一室では、子供たちがこの前にあげた絵本を読んでいた。風呂敷みたいな包みからぬいぐるみを出して渡すと、子供たちの表情が一斉に変わる。
「すごい! これは犬ですか? 動物の形をした
「ええ。そうですよ。動物の形を布で作ったぬいぐるみと言います。ウチの手作りなんで、贈り物にするような上等な品ではないんですけどね」
すでに歩き出してるお市ちゃんはさっそくロボとブランカのぬいぐるみに瞳を輝かせていて、ほかの子とか信行君も驚いてる。
信行君は、話してみると素直でいい子だった。今日もぬいぐるみのひとつを手に取りオレに質問をしてきたくらいだ。
「わんわん!」
「市、同じ動物じゃなくてこっちと交換しましょ」
お市ちゃんはロボとブランカのぬいぐるみを離さなくて、ほかの子が悲しそうにしてる。ロボとブランカのぬいぐるみ大人気だな。
「これ、喧嘩を致すな」
「ああ、また持ってきますから」
ただ、今回は違う形のぬいぐるみばっかりだったせいで、取り合いになっちゃった。失敗したなぁ。そんなに気に入るとは。
信秀さんが困った表情で止めている。こうして見ると本当にお父さんの顔をしてるね。
すぐにリリーに追加で作ってもらうから喧嘩を止めないと。
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