第三百話・温度差
Side:久遠一馬
松の内も明けると新たな一年が本格的に始まる。
年末年始に尾張に来ていたアンドロイドのみんなもほとんどは帰ったが、定期休暇として残ったのはエルたちを除く二十名ほど。
ローテーションを組んで常に二十人は尾張に滞在することにしているのだが、その中のふたりの姿が見えないと家臣のみんなが騒いでたのが五日ほど前だ。
「ただいまでござる!」
「ただいまなのです! にんにん!」
オレたちは通信機で所在を把握しているし、心配はないって言ったんだけどね。夜になっても戻らないからと忍び衆の捜索隊が組まれ、捜索活動が行われていたんだ。申し訳ない。後で、褒美を出さないと。
そんなふたりが五日ぶりに楽しかったと言いたげな笑顔で帰ってきた。
『ござる』という時代劇っぽい口調なのは戦闘型アンドロイドのすず。黒目黒髪でポニーテールにしてる侍っ娘だ。スタイルは標準でポニーテールから少し犬っぽい気がするのは気のせいではないだろう。年は十八歳の設定だったはず。
『なのです』口調なのは、技能型アンドロイドのチェリー。薄いグリーン系の目と髪をした少し猫っぽい感じの娘だ。年は十六歳くらいで設定していたロリっ子になる。
このふたりのコンセプトは侍と忍者だ。まさか戦国時代に来るとは思わなかったしさ。特に意識したわけじゃないんだけどね。
ちなみにふたりは修行に行くと出かけていったそうだ。チェリーは技能型なんだけどね。
「おかえり。まずは、みんなに謝ろうか」
途中で見つけたんだろう。忍び衆が少し疲れた様子で一緒にいる。資清さんとか家臣のみんなに心配をかけたのを謝らせないと。
「お二方がご無事でなによりかと。我らはそれだけで十分でございます。殿、それより後ろの者たちは……」
泥んこの子供みたいに楽しかったと言いたげなふたりに、資清さんは怒る気も失せたようで無事な帰還を喜んだ。
それはさて置き、確かにふたりは知らない男たちを十人ほど連れているね。彼らが問題なんだよね。実は。
「ふふふ。聞いて驚くでござる!」
「褒めていいのですよ! にんにん!」
「この人たちは偽手形を作った職人さんでござる!」
「この人たちは偽手形を作った職人さんなのです!」
最高のどや顔でハモるふたりの言葉に資清さんはポカーンとしている。ふたりのノリに付いていくには四百年以上早かったかな。
オレもシルバーンからの報告を聞いた時には頭を抱えた。
美濃の守護である土岐頼芸の揖斐北方城に忍び込んだら、職人を殺せと話していたので探して助けてきたようなんだ。
うん。本物の忍び衆のみんなに謝れ。時代劇感覚のノリでこんな重要なことをしてはだめだ。現に忍び衆のみんなは大変だったんだろう。疲れた顔をしている。
肝心の職人たちは戸惑っているようだ。説明はしてあるものの、理解出来たとは思えない。よくわからないまま連れてこられたんだろう。殺されるよりはいいと考えるしかなかったんだろうなぁ。
「八郎殿。事情を説明してくれるかな」
「はっ、すぐに」
資清さんはさすがだ。ウチが非常識なことに慣れてしまっているようで、すぐに職人から事情を聞き説明するべく動き出す。
「職人さんたち堺から来たようでござる」
「帰りたいって言っていたのです!」
しかし、この件に堺が関わっていたのは偵察衛星と虫型偵察機で知ってるけど、実際に証人まで出てくると話がまったく変わるよね。
この場に残って聞いていた望月さんと太田さんと湊屋さんも、一瞬で表情が変わった。
ただ、土岐頼芸に偽の手形作りを
そもそも、今回の偽造に関わった連中も織田やウチとの全面対立までする気はない。上手くいけば儲けるが、駄目でも自分たちは頼芸に言われて仕方なくという体裁で逃げる気だ。
要は自分たちを無視すると痛い目を見るぞ、と示したいらしい。舐められてるなぁ〜。
「すぐに探らせまする!」
「某も職人から銭の出どころを確認致します。また、大湊にも裏を取らせます」
望月さんと湊屋さんはふたりの話の裏取りのために動き出した。ウチでは可能な限り裏取りをするように日頃から言ってあるんだよね。しかしこの状況では、たとえ裏が取れなくても堺との交易が益々遠のくだろう。
「今日のおやつは~?」
「ふたりはしばらく、おやつは抜きです。みんなに心配かけたんですから」
動き出す家臣のみんなとは対照的に、すずとチェリーはあんまり反省していないね。お風呂に入ってさっぱりして、次はおやつだとニコニコしているけど、エルもさすがに今回の件は見過ごせないようでおやつ抜きを言い渡している。
ガーンとあからさまに落ち込むふたりは、チラチラとオレを見ている。エルを止めて欲しいんだろう。でも今回は駄目だ。明らかにやりすぎだ。反省が必要だろう。
忍び衆のみんなにも迷惑をかけたし、示しがつかなくなる。オレも一緒におやつ抜きで付き合うから反省するように。それからみんなに謝って回ろうな。
Side:土岐頼芸
「まだ見つからんのか!」
「申し訳ございませぬ」
「追っ手を
「たわけが! そんなことわかっておるわ!」
だが、おかしい。偽の手形作りは家臣にも僅かな者にしか知らせておらぬのだぞ? それに職人どもは目の前のこやつの城に閉じ込めており、他の者には手が出せぬはず。
そもそも職人どもには三ヶ月で報酬を渡して帰らせるといっておいたのだ。なぜ逃げる?
まさか堺の商人がなにか企んでおるのか? それとも職人どもが殺されると知ったのか? わしと、職人を隠しておるこやつしか始末する話は知らぬのだぞ。 誰かが漏らしたのか?
「誰が手引きしたか分かったぞ」
「まことでございますか!?」
「ああ、おのれだ」
「守護様! なにをおっしゃいまするか! 守護様!!」
裏切り者はこやつだ。それ以外にはありえん。蝮か虎かは知らぬが、こやつは誰かと通じて職人どもを逃がしてわしを売ったのだ。誰がなにを謀ったのか分からぬ以上、そうせねばならぬ。
この件は駄目だ。露見した以上はすべてを知るこやつを始末する必要がある。すべてはこやつが悪いのだ。
「守護様ーーーー!!!」
最期まで忠臣のふりとは恐れ入った。それとも忠臣であったのか? まあ、いずれでも良い。手向かいもせずにわしに斬られたのは褒めてやろう。
「誰か! すぐに兵を集めろ。こやつは蝮と謀って偽の手形を作り、わしと織田を騙すつもりだったのだ! 手始めに、こやつの一族郎党を根絶やしにしてくれるわ!」
これで真相を知る者はおらぬ。すぐに人を呼んだ。わしが自らの側近を斬ったことで、わしの覚悟が家臣にも国人衆にも伝わるはずだ。
誰がなにを謀ったか知らぬが、裏切りは許さん。なにがあろうがな。
少し策が変わるが、蝮から始末するか。蝮の倅は不出来だと聞く。不出来な倅なら、いかようにでもなる。
そもそも蝮がわしに逆らったことがすべての原因だ。その罪は織田より遥かに重い。いや、わしへの罪はすべてなによりも重いのだ。
あの業突く張りな信秀のことだ。蝮を討つ好機をお膳立てしてやれば必ず乗るであろう。仮にその気がなくとも守護の名において兵を出させてやるわ。
あとは堺の商人を
久遠がいかほどの者かは知らぬが、堺には勝てまい。それに南蛮船があろうが、ここは海がない美濃だ。自慢の金色砲とやらも、噂ではかなり大きく重いと聞く。そう簡単に美濃まで運んでこられまい。
美濃での戦を連中に見せてやるわ! 連中の最期を添えてな!
やっとだ。邪魔な兄を退け、やっと父から受け継いだ美濃を取り戻せる。
※書籍版・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。第六巻が発売致します。
発売日は六月十三日。
どうか、皆様の御力で続刊を続けられますようによろしくお願いいたします。
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