第三百二話・蝮親子の会話

Side:斎藤道三


 いかんともしようがない男だと思うておったが、ここまで大うつけだったとはな。新九郎と謀り国人衆に働きかけをしておったことまではよかった。もし織田がわしを見限れば、あの大うつけの思う通りにわしはなっておったであろう。


 使えぬ家臣を斬るのも構わん。だが時と場合による。少しでも多くの国人衆を味方に付けたい時に数少ない家臣をよくわからぬ罪で斬っていかがする気だ。


「父上。少し話がしたい。出来れば余人よじんまじえず」


 織田に頼んだ助力要請は不要だったかもしれぬと考えておると、新九郎が単身でわしのところにやってきた。


「新九郎様、突然なにを言い出される。某たちに出ていけとは、あまりに乱暴ではございますぞ?」


「すまぬ。父と子としてふたりで話したいのだ。他意はない」


 突然、なんの先触れもなく、わしとふたりで話したいと語る新九郎に近習が反発するが、新九郎は素直に謝罪すると刀ばかりか脇差も近習に渡し、再度、話したいという。


 ふむ。大うつけよりは状況が見えておるか。わしになにかあれば、帰蝶とほかの子たちを連れて織田を頼れと近習に囁いて人払いをする。


 万が一の際は織田が美濃に介入する手駒となるのだ。粗末にはするまい。


「何用だ?」


「父上、何故、織田と戦わん。今なら勝てるはずだ。美濃の国人衆たちも内心ではそれを望んでおるはずだ」


 新九郎はやはり当主には向かんな。世の中を理解しておらぬ。いや、今の美濃の上辺しか見ておらぬ。


「国人衆はそうかもしれん。国人衆はな。だが民は付いてこぬ。それに、戦の勝ち負けなど意味がない。信秀と久遠を討ち取らぬ限り、戦に勝っても精々数年の時が稼げるだけだ。遅かれ早かれ美濃は織田に呑まれる」


 戦に勝てば良い。美濃の者はまだそんなことを考えておるのだ。一時の勝利など意味がない。それを理解せぬうちは美濃に先はないというのに。


「理解出来ませぬ」


「新九郎。これを見よ」


 話しても理解出来ぬか。だからこそ、わしはこやつが跡取りとして駄目だと判断したのだ。それでも我が子に変わりはない。こやつには織田から来た書状を見せてやるか。


「これは……」


「大うつけとそなたたちの企みなど、すべて露見しておる。そなたたちの企みなど、織田にとっては童の遊び程度でしかないのだ」


 新九郎の顔が青ざめていく。織田はわしへの助力をやくしたが、同時に大うつけと新九郎が企んだ手形の偽造のあらましと、偽造を請け負った職人がすでに織田の手中にあることを知らせてきた。しかも、騒動の発端となった商人の家族の保護までする気でわしに頼んできたのだ。


 その者たちは新九郎が人質に取った者だとまで、織田に知られておる。


「織田がそなたたちの動きを見て見ぬふりをしておるのは、敵対する国人衆が邪魔だからだ。纏めて叩いてしまえば後が楽だからな」


 戦で勝つというが、こうも敵方に手の内が露見しては策も講じられぬ。戦になった途端味方が大挙して寝返ってもおかしくないからな。


「そんな……、誰が裏切ったのだ……」


「新九郎よ。人とはかようものだ。仏と言われ食べ物を与えてくれる。医者は銭も取らず診てくれる。左様な織田に力を貸してほしいとさらに銭でも積まれたら、誰もが寝返るはずだ。現に大垣周辺の国人衆は誰も寝返らなかったのであろう?」


 長井もこやつも理解しておらなんだのであろうな。哀れにすら思えてくる。


「織田は今もあちこちで賦役をおこなっておる。しかも、えきと言いながら、働いた者には報酬を払ってな。今でも織田は戦支度におもきをいておらぬのだ。加えて大垣もかなり改修して強固になっておる。攻めたところで信秀の本隊が来るまでには落とせまい」


 大うつけとこやつらは、織田とおのれらの力の差が今ならまだ小さいと考えておるようだが、織田は国人衆の取り込みに乗り気ではないだけだ。


 その気ならばいつでも銭で取り込めるからな。


「そなたはそんな織田といかに戦い、今後いかに向き合う気だ?」


 今までのやり方は通用せぬ。堺もなにを血迷ったのか大うつけに手を貸したが、織田と久遠を怒らせただけであろう。堺は桑名の二の舞いになりたいのか? まあいい、わしには関わりのないことだ。


 新九郎は無言か。国人衆を束ねて国を統べる。こやつに考えられるのはその程度だ。相手が織田でなければそれでよかったのかもしれぬ。


 ひょっとするとわしよりも美濃は落ち着いたかもしれぬな。されど隣におるのが織田では駄目だ。織田は必ず美濃にくる。本人たちが望もうが望むまいがな。


 周りが織田を求めるはずだ。口惜しいが斎藤家は織田の下に付くしか生き残る道はあるまい。




Side:久遠一馬


 うーん。ストーブは暖かいね。今は今日のおやつに飲む甘酒を作っているんだ。


 すずとチェリーのおやつ抜きは一昨日で終わった。本当はあと一週間は続く予定だったけど、昨日信長さんがおやつ時に落ち込んだふたりを見て、事情を話すと笑いながら手柄だったのだから許してやれと言ったんだよね。


 おかげでふたりの中で信長さんの株は爆上がりらしい。


「殿。大湊から文が届きましてございます。本当によろしいのかと」


「もちろんだよ。遠慮せずに儲けていいから」


 甘酒がそろそろ出来上がるかなという頃、湊屋さんが部屋に入ってきた。用件は美濃の問題だ。美濃の反織田派と中立を装う日和見派の国人衆が戦支度をしているので、大湊に儲けてくださいって文を送ったんだよね。


 市江島の時のことがあったからか大湊は動かなかったけど、大湊が売らないと近江の商人が売るだけだからさ。


 大湊へは配慮も必要だし特に反織田からは銭を絞り取ってほしい。経済格差が広がると織田が有利だからね。


 しかし美濃は無駄が多いな。秋には年貢をほぼ悪銭鐚銭ばかりの銭で徴収して、冬には戦だからと秋より高い値で米を買うのか。


 戦国時代でも有数の統治体制の北条と比べたら駄目だけどさ。もったいない。無策過ぎるよ。


「戦になりますので?」


「大掛かりな戦とか長々とした戦はないんじゃないかな。山城守殿の嫡男次第だけど、あの守護様だとそんな力はないし。美濃国内に押さえ込む策は出来てるよ」


 湊屋さんには味見を兼ねて甘酒を渡して、しばし世間話をする。湊屋さんは戦には詳しくないからね。先行きが気になるらしい。


「では米の値はすぐに下がるのでございましょうな」


 湊屋さんが気にしているのは米の値だ。この時代だと商人たちの思惑で簡単に米の値が変わる。米相場とかないし。


 尾張は信秀さんが年貢を米で受け取って各地の城に備蓄しているし、国人衆からも米を織田家が買い上げる代わりに、買い上げた米を備蓄させているから乱高下はしていないけど。


 美濃からは米が値の安定していた尾張にかなり流れてきていた。そして年を越した途端に誰かさんのおかげで織田領以外の国人衆がみんな米を欲しがったから、米の値が爆上げになった。


 尾張は不作のところに売る予定だった米を一部美濃に売って儲けたけどさ。正直、隣国の米の値が乱高下ってよくない。いい加減にしてほしいのが本音だ。


「美濃の者たちもこの騒動で我らがまた儲けたと知れば、驚くでございましょうな」


「山城守殿は気付いているんじゃないかな?」


 土岐頼芸は気付いてないだろうな。気付いていたらあんなことしないはず。


 しかしまあ、問題は終わったあとだよなぁ。大垣を中心に西美濃は纏めたいが、道三もどこまで織田に従う気かはさすがにその時にならないと分からない。


 どのみち当面は美濃で本格的な改革は出来ないかも。ああ、検地と人口調査の準備はしておかないとな。検地とかは、最初から臣従の条件にしないとあとで困るし。


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