第二百六十話・武芸大会・その十

side:久遠一馬


 綱引きは予想以上に盛り上がったな。途中乱闘になりそうになったけど。


 そして武家団体の最初の種目は行軍になる。


「これはあれか? 馬揃えのようなものか?」


「そうですね。正確にはいかにして隊列を整え綺麗に素早く進むかを想定してましたけど……」


 信長さんには行軍は馬揃えのように考えてるらしい。


 実際に参加者の武士はみんな鎧兜を身につけていて、配下の兵たちの行軍というよりは、自分をよく見せようとしているようにしか見えない。


 そんな行軍が続く会場がどよめいたのは、信光さんの守山勢が登場した時だった。お揃いの黒塗りの鎧と陣笠を身につけた兵が、二列に並び隣と歩調を合わせて綺麗に行進している。


「あれが私の想定してた行軍なんですよね」


 ちなみに信光さんの守山勢の行軍はウチのプロデュースだ。別にこちらから頼んだわけではない。団体競技の内容と勝ち方を信光さんが聞きに来たんだ。


 何度か信光さんの領地の守山に行って行軍の指導をしたけど、そのあとも練習をさせていたみたいだね。なんというか信光さんは要領がいい。


 素直にウチに勝ち方を聞きに来るんだからね。


「なるほど。確かに揃っておると見栄えがいいな」


 他の人の所はあくまでも武士が目立つために集めた人員なので、兵の装備もばらばらだった。それにあまりいい装備を与えていないのもより自分が目立つためなんだろう。


 信光さんの守山勢は元の世界の大河ドラマほどとは言わないが、結構揃っていて見た目も美しい。派手好きな信長さんも気に入ってくれたみたいだね。


 この時代の兵は足軽か雑兵で、基本的には半士半農の下級武士か傭兵や民兵だ。当然ながら軍隊のような訓練もなく行軍など夢のまた夢。


 そもそも雑兵は戦での乱取りや僅かな褒美ほうびと狼藉を目的に参加するのであって、武功を挙げようとか、領地を守ろうとか広げようとまでは考えていない。


 考え方が野盗だよなぁ。でも、それが戦国クオリティなんだ。大名が率先して乱取り目的で他国を攻めるんだから。


 軍規以前に団体行動の基礎から教えないと駄目だし、そのためにもこの行軍には期待している。


 審査は信秀さんにお任せだけど、結果は誰が見ても一目瞭然だった。行軍は信光さんの守山勢が優勝して次に移る。


「次は野戦築城ですね。こういう仕事は用兵の基本でもありますから」


 武家による第二の団体種目は野戦築城だ。こちらは場所を競技場の外にある清洲拡張工事のための空き地にて行われる。


 ルールは指定された資材を使って、時間内にいかに強固な野戦陣地を造るかというもの。


 こういう作業は日頃の戦ではあまり目立たずに、直接戦闘より評価もされない場合が多い。でも重要なんだよね。


 それにこの野戦築城だと文官の皆さんも勝ち目がある。


 観客の移動に少し時間が掛かったので、お昼の休憩を挟んでの競技開始となった。


「伊勢守家が優位か?」


「山内殿が差配しているからでしょうね」


 空き地には二十ほどの武家が、それぞれ五十人の兵を率いて個別に散っている。野戦築城は同時に始めて時間内でどれだけ出来るかを競う競技だ。


 信長さんも観客も驚いたのは、伊勢守家から参加した山内さん率いる岩倉勢が凄いことだ。資材の使い方も野戦陣地を構築するスピードも群を抜いている。


 信安さんといい山内さんといい文官気質なんだよね。伊勢守家って。


 田植えの頃には敵対しそうになり、内乱を起こしたとは思えないほど優秀な姿だ。


 妨害は当然禁止しているものの、互いに相手の様子を見られるから自分の兵たちに遅いと怒ってる人もいる。


 人の使い方をみんなに見られているとの認識は、あまりないんだろう。これ地味に今後の戦での配置とかに影響しそうなんだけどな。




side:大橋重長


「凄まじい人の数だな」


 清洲の町にこれほど人が集まり盛り上がるとは思わなんだ。


 通りにはたくさんの露店が出ており、各地から来た民で賑わって馬に乗ったままでは通れんほどだ。


 武芸の試合を行うのは珍しくはない。されど民にも参加させる祭りにしたのは初めてであろう。


 元々、清洲は要所でもあり人が集まっておったが、これほどの賑わいは未だかつて見たことがない。


「久遠殿はこれを狙ったのでしょうな」


 わしと同行しておる津島衆のひとりは、この賑わいこそが久遠殿の狙いだろうと口にした。


 此度久遠殿は、織田領内の関所を民に限り一時ではあるが無税とすることをしておる。決めたのはもちろん織田家だが、久遠殿の意向が強いのを知らぬ者はおるまい。


 反発した者もおったようだが、久遠殿は彼らに構わずに従う者たちを遇することで反発を無視した。


 相も変わらず敵となるならば冷たいとさえ感じるな。中には久遠殿から銭なり酒なりをせしめようと、異を唱えただけの者もおるであろうに。


 人の往来が盛んになると品物が売れて商いの機会が広がる。清洲では露店に出すのもこの期間は無税だ。その成果は十分過ぎると言えるだろう。


「久遠殿は関所をなくしたいのでしょうな」


「少なくとも減らしたいのは確かであろう。関所が多すぎるのだ」


 津島衆は商家が多く考え方が近い。故に久遠殿が口にせぬ本音が見えてくる。


 久遠殿の狙いに関所の整理があるのは確かだ。分国法にも勝手な関所の設置を禁じた条文がある。だがそれをやれば反発が大きいのは久遠殿とて理解しておるはず。


 周りの目を武芸大会に向けつつ、関所の整理を試したというところか。


「民と他国の者をわけるのは、いい考えかと思いますな」


「確かに。織田にとっての利は大きい」


 此度は民に限り関所を無税としたおかげで清洲にこれほど人が集まった。織田領も広がったことだし、これを常に行えば影響は計り知れぬ。


 日和見を決め込む者や形ばかり臣従した者が、尾張と周囲にはまだ多い。


 そういえば殿は昨年の流行り風邪の時も、薬の売る値と優先する順番を明確にしておったな。織田の与える利と庇護が欲しいならばしんに従えということか。


 今や織田弾正忠家の力は抜きん出ておる。対抗出来そうなのが久遠殿しかおらぬのは皮肉にすら思える。


 常ならば久遠殿が警戒されるものなのだが、いかなる訳か殿にも若様にもその気はない。むろん久遠殿も織田を乗っとる気などないようだがな。


 他の者は知らぬであろう。特に殿が我が子のように久遠殿に接しておることを。警戒するどころか、久遠殿を案じておるくらいであることなど知らぬのであろうな。


 懸念は自らの土地にこだわり、田畑を耕すだけの土豪や国人衆にはまず理解出来ぬことか。


 まあ心情は分からんでもない。今までのやり方でなにが悪いのだと思うのは皆にあるものだ。


 旧来のやり方と土地に拘る者は、この先は没落していくだけなのかもしれぬ。


 久遠殿は戦のない世を考えておると専らの噂だ。


 人から奪わず人を治める。果たしてそれが本当に出来るのだろうか。


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