第二百六十一話・武芸大会・その十一

side:久遠一馬


 うーん。予定では三日で終えるはずだったが、無理そうだ。三日目の午後は荷駄輸送と水練で終わりそう。


 みんな頑張っているけど、初めての大会だし混乱とか遅延が積み重なった結果だ。


 荷駄輸送の競技に関しては、正直なところ前評判はあまりよくない。


 そもそもこの時代の戦の大半はせいぜい隣国までしか行かないからだろう。長距離の遠征なんてまずしないし、補給は略奪という名の現地調達を普通にやるのが戦国クオリティだ。


 乱取りもあれば、商人が売りに来る場合もあるみたいだけどね。


 むろん、荷駄輸送がまったくないわけではないけど、やり方や規模はそれこそ武将や地域により様々らしい。


 とはいえ補給を維持するには、戦国時代の環境だと結構厳しい。道路は荷車なんて通れないことも珍しくないし、川には橋がないのも当たり前だ。


 メインは人と馬による輸送だけど、当然兵糧なんかは狙われやすいから危険がある。


 根本的な話をすると、武士の体制自体が補給を考えるうえではよろしくない。少し乱暴な言い方をすると中小の国人衆や土豪の寄せ集めを、硬軟織り交ぜて利害調整しながら束ねるのが大名であり、基本的な統治は各国人衆や土豪任せになる。


 この時代だと総合的な物資の運用や輸送って、あんまり考えられていないみたいだし。特に尾張だと最近まで権力構造が複雑だったからなぁ。


 そんな現状を打破する第一歩にしたいんだけど、荷駄輸送が武芸なのかという疑問や、つまらないという意見もあるらしい。


 さて、今回の荷駄輸送は津島から清洲まで荷物を運ぶことになるが、ただ運ぶだけではない。


 荷物は中身と量は同じで運ぶ方法は問わないが、参加人数は決まっていて途中には仮想トラブルが用意されている。


 敵襲を想定した模擬戦闘も用意されていて、襲撃者から荷物を守らねばならない。むろん大怪我をしないように刃物は禁止で木刀木槍だし、弓などの飛び道具に罠や火付けなども禁じ手になる。やり過ぎないように年配の武士を判定員として配置した。


 判定員に脱落と判断されたら、荷駄隊と襲撃隊の双方とも離脱するように言ってある。


 熱くなってやり過ぎないか心配だけど、そのために結構地位の高い年配の武士を判定員にしたんだよね。


 まあ初めての試みだし、物は試しということで参加者はそれなりにいる。


 槍や刀に弓などの花形では勝てないと判断した武士なんかも、こちらには参加しているらしい。


 ただ、この荷駄輸送の競技は会場で見られないのが難点だよね。どうやら道中には見物する領民がいるらしいけど。




 清洲にて同時進行するのは水練になる。こちらは清洲の町中を流れる川で行われるんだけど……。


「寒そうですね」


「確かに今日は水練をするには少し寒いな」


 ふんどし一丁だったり着物姿の武士たちの姿に思わず震えそうになる。いや、川に入るには今日は少し寒い。


 よく水練をする信長さんが、事前にこの時期なら大丈夫だろうと言ったんだけどね。しかし、今日はこの時期の中でも特に寒いほうで少し心配だな。


 ああ、この水練は鎧兜を禁止した。鎧兜を身に纏うと危ないし、万が一溺れた時に助けるのが大変だからさ。


 鎧兜を身に着けたまま泳ぐ訓練をしているみたいだけど、安全第一ってことで今回は見送った。


 その代わり重りとなる荷物を、いかに早く対岸に運ぶかを競う競技にした。元の世界の水泳とは泳ぐことに関する捉え方が違うんだよね。この時代はスポーツではなく武芸の一種と言えるからさ。




side:エル


 奥方様たちの観覧に加わり三日目になります。大会の進行の遅れに運営本陣が気になりますが、こちらを抜け出して行くわけにはいきません。


 今回は斯波家の御正室様から、織田一族や重臣一同の奥方様たちまで揃っているのですから。


 女性の地位が低い時代とはいえ、影響力がないわけではありません。


「ほう。関東ではそのようなことがあったとは。大変でしたね」


 メルティたちはそれぞれに別の奥方様と話していますが、私は土田御前様に声を掛けられて関東での話をしています。


 基本的に屋敷からもあまり出ることはなく、領地から出るなどまずあり得ない時代です。遠く離れた島からやってきて、関東にまで行った私たちの話を聞きたい人が多いようです。


「はい。幸いなことに戦は大勝致しました。北条家との繋がりが深まれば今川も大人しくなり、織田家はより安泰になるでしょう」


「さすがは大智の方と呼ばれるだけはありますね。知恵にて殿方を翻弄したというのは真のようです。正直羨むほどです」


 富士山や温泉の話には、土田御前様も少し羨ましげに耳を傾けておられたように思えます。さらに戦に勝利した話では尾張の安寧に繋がることを大変喜ばれておいでです。


 ただ、自由に出歩く私たちを羨む気持ちがあるのでしょう。武家の嫁も大変ですね。


「それにしても、久遠家の菓子は格別ですね」


「ありがとうございます」


 ああ、この三日間。奥方様たちの観覧には菓子を幾つか提供してます。これも評判はよいですね。


 土田御前様ならばそれなりに召し上がったことがあるはずなのですが、他の奥方様の中には目の色が変わった人もおります。


 飲み物は抹茶や麦茶に、明から伝来した製法で独自に作ったとしている紅茶も好評を得ていますね。


 紅茶は分類的には発酵茶になり、明では紅茶まではまだ作られてなくとも発酵茶はすでに存在しますから。


 正直、奥方様たちには武芸大会の観覧よりも、集まってお茶をしながらおしゃべりをする女子会に近いのかもしれません。


 斯波家の御正室様と土田御前様の関係は、良くもなく悪くもなくといったところでしょうか。


 特に表面上は問題はありませんが、私的な話をするほど親しくもないようです。


 他の方の全体的な話題は、夫や子供に家中の相談が多いでしょうか。子が出来ぬとの悩みや嫁と姑の関係など細かい価値観は違いますが、妻や母としての悩みは時代が違ってもあまり変わらぬようです。


 夫の浮気や側室ばかり相手をするなど愚痴もチラホラと。それにこの時代には衆道もありますから。そちらの愚痴も……。


 ウチはいろいろと特殊ですから悩みが違います。聞いていると面白いですね。不謹慎ですが。


 男性の皆様が話の内容を聞けば、女同士でそこまで話してるのかと驚くかもしれません。


 歴史に残らない話は興味深いです。


 ああ、この時代のいいところは胸の大きさを過剰に騒がれないことでしょうか。


 過去にはいろいろとありましたから。


 旦那様が喜ぶなら構いませんが、好奇の視線と下劣な視線は不要です。




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