第二百五十九話・武芸大会・その九

side:柴田勝家


 槍術の試合、最後の相手は森殿か。美濃勢の中でも森殿は別格とは思うておったが、これほど強いとは。


 だが負けられぬ。


 病を患いながらも献身を一義に尽くしてくれる妻に報いるには、わしにはこの槍で名を手柄を上げるしかないのだ!


「両者、前へ! ……始め!」


 槍を握る手に力が入る。最後の相手が若の直臣である森殿というのは皮肉にも思える。尾張を変えてしまった、久遠殿と若に近い森殿が相手だとはな。


 槍一本で命を懸けることが武士にとって誉れであり、一番だと信じておったわしに、世の変わり目を気付かせてくれた久遠殿と親しい森殿とは……。


 わしは理解してしまった。


 最早、槍働きが戦を制する世ではないのだということを。


 いかにして人を治めるかが、戦を制する世になるのだと理解してしまったのだ。


「……参る」


 恨む気はない。久遠殿がおらねば妻が健やかになることもなかったのだ。


 だがわしには久遠殿のような真似は出来ぬ。


 商いも出来なければ、明や南蛮の知恵もないのだ。ならばせめてこの槍で新たな世を生き抜くしかあるまい。


 互いに武器は同じ修行用の木槍だ。間合いは変わらぬし武器の優劣はない。


 じりじりと近寄っておった森殿が止まると、互いに動かぬまましばし時が止まったかのように静かに感じる。


「ハァァァ!!」


 先に仕掛ける。技は森殿が上なのだ。後手に回ればわしに勝ち目はない。


 基本に忠実に相手の中心を最速で突くのみ。


 くっ。読まれておった。わしの戦い方はすでにこれまでの試合で見て知っておったか!?


 森殿は自らに迫るわしの木槍を自身の木槍で弾くと、そのままの流れで凪ぎ払いにくる。


 ああ、分かっておった。こうなるのは!


 そしてこの一瞬がわしに残された唯一の勝機。邪道だとそしりを受けるやもしれぬ。


 しかし勝つには槍を利用するしかないのだ!!




 あれはいつのことであったかな。まだ夏になる前だったのは確かか。清洲郊外で警備兵に槍を教えておった氷雨の方を見たのは。


 脇差しのような短い木刀で兵の槍を何事もなかったようにあしらい、懐に入るといとも簡単に男の兵を投げ飛ばしておる姿を見たのだ。


 噂は聞いておった。久遠殿の奥方は武芸にも通じておるのだと。されどあそこまで強いとは思わなんだ。


 槍は間合いの長さに秀でておるが、反面で懐に入り込まれると弱い。


 氷雨の方。そなたの技、借りるぞ!


「なっ!?」


 弾かれた槍を捨てて懐に入り込むわしに、さすがの森殿も驚いたらしい。


 あの日、見てから幾度も真似て試した技だ。戦場にて懐に入り込まれた時のためにと鍛練しておったあの技を、まさかこのような場で使うことになるとはな!


 槍を握る森殿の腕を取るが、さすがに鍛練のように投げさせてはくれぬか。だがそれも想定済みだ。


 引いて駄目ならば押せばいい。


 戸惑いながらもを空けようとする森殿に、わしは更に近寄り一気に決める!!




「勝者、柴田!!」


「ハア……ハア……ハア……」


 息が満足に吸えぬほど乱れたのはいつ振りであろうか。


 見苦しいが、勝ちは勝ち。


 たとえ謗りを受けようとも負けるよりはいい。


 わしは最後の最後で森殿の木槍を奪い勝つことが出来た。


 これも氷雨の方が警備兵相手に見せておった技だがな。




side:久遠一馬


「あれはセレスの得意な技だね」


「そうなの? なんで柴田殿が?」


 三日目は槍の試合の決勝から始まった。本当は昨日の予定だったんだけど、進行が遅れて今日になったんだ。


 決勝は柴田勝家さんと森可成さんだ。歴史として見ると胸熱な対戦だった。


 しかし驚いたね。勝家さんが槍を捨てて接近戦に移ったのは……。ジュリアいわくセレスの得意技らしいけど。得意技なんてあったんだ。


「柴田殿は何度か私が兵を指導していたのを、遠くから見ておられましたから」


 へぇ。見て技を盗むなんて凄いね。そんな時代なのかな? 元の世界だとストーカーとかと勘違いされそう。


 可成さんは信長さんの直臣でオレたちともよく会うから、何度もジュリアやセレスと手合わせをしている。その可成さんではなく、勝家さんがセレスの技を使うなんて皮肉というか、なんというか。


「純粋な槍術じゃ、三左衛門が上だね。あいつアタシやセレスとやり合ってるうちに強くなっているからさ」


「そうですね。柴田殿は懐に入り込むタイミングにすべてを賭けていたのでしょう。槍の試合で槍を捨てるという虚を突くことで勝機に繋げた。作戦勝ちですね」


 解説はジュリアとセレスにお任せだ。オレにはよく分からない。


 しかしあの勝家さんが、あんなに勝ちに拘るとは思わなかった。堅物そうで応用力とか高くなさそうなのに。




 槍の決勝は朝から大いに盛り上がった。両者とも真剣だったのは見ていてわかったしね。


 会場が暖まったところで三日目の種目は団体競技と水練だ。


「あれは綱を引くだけか?」


「ええ。あれなら村の有志でやれるでしょう?」


 団体競技の第一弾は綱引きだ!


 いろいろ考えて領民が参加出来て、危なくない競技をと考えた結果なんだ。


 この時代だと領民も血の気が多いし、ルールを守るスポーツなんて概念すら存在しない。元の世界でも危険だとして廃れちゃった運動会の騎馬戦とか考えたんだけど乱闘になる可能性が高いから、見送りにして綱引きになった。


 またもや信長さんは盛り上がるのかと半信半疑だけど、褒美も出すし村の有志で協力する団体競技だから盛り上がるはず。


「負けるな! 引け! 引け!」


「もっと力を入れろ!!」


 参加する領民は真剣だ。団体競技は褒美も多いからね。


 ただ相手を罵倒するのは止めてほしいなぁ。楽しく競ってほしい。


 乱闘は両者とも敗北だと決めている。妨害も禁止したけど罵倒くらいならグレーゾーンだからな。腹を立てて、綱から手が離れれば、一気に勝負が決まる。領民もなかなか考えているね。


 ところでロボとブランカ。君たちは少し構わなかったからって、オレの着物の裾を咥えて引っ張るのは止めなさい。ちゃんと遊んであげるから。


 まさか綱引きを見て真似たなんてないよね? 


 ウチのみんなは甘やかすし、まだ子供だからやんちゃなんだよね。二匹は。


 そうだ。来年は愛犬と参加する競技でもやろうかな。


 史実の犬将軍じゃないけど、少し動物愛護とか道徳心を教える助けにならないか?


 ロボとブランカの相手をしつつ、そんなこと考えてる間にも競技は盛り上がっていく。





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