第二百五十一話・武芸大会
side:斎藤道三
まさかこれほどの光景を見せられるとは。武士も僧侶も民も皆が集まり、これから始まる武芸大会を楽しみにしておる。
周辺に集まった人を合わせれば一万は軽く超えるであろう。人を集める力は、そのまま武家の力を示すというもの。
一体、如何程の銭を使い支度をしたのだ? 仮にわしが同じことをやろうとして
勝てぬ。戦と謀では負けぬ自信もあるが、信秀はこちらのやり方に合わせる気などないのだ。
懸念は頼芸のうつけがそれを理解しておらぬことか。
大方、尾張と美濃の守護同士で謀り、織田と斎藤を押さえるとでも考えておるのであろう。出来るわけがない。信秀がその気になれば、斯波も土岐も斎藤も纏めて潰されるわ。
長島の願証寺に大湊の会合衆は儀礼の名代どころか、高僧、豪商が連れ立って来ておる。織田との誼を重視するのは明らかだ。三河からは来ておらぬが、伊勢に力ある諸衆との間に憂いなく、安泰ならば織田の力の源である商いに不安はない。
信秀とすれば一番気を使うておるのは伊勢であろう。
「尾張と美濃の争いがなくなれば民は更に喜ぶであろう。めでたいの」
「民などあてにならぬがな。忠臣のふりをした
頼芸の愚かなところは、信秀と武衛様のおるこの場でわしへの嫌味を言うことか。此度の和睦は
大方、武衛様に対しても優位に立ちたいと考えておるのであろう。愚かな。信秀がそれを見過ごすとは思えん。だから汝は信秀に見限られたのだ。
「過ぎたことを悔いても、
それに引き換え武衛様は冷静だ。先程から危うい発言をする頼芸の言葉を笑うて済ませながら、信秀とも平然と談笑しておる。
似たような立場でこれほど差が出るとは。
信秀も武衛様もうつけとは組むまい。
確かに美濃には土岐家を気にする者はおる。されど信秀が本気になれば、汝と共に信秀と戦う者などほとんどおらぬであろう。
信秀が尾張を十全に掌握するのに三年も要らぬな。その間に織田はさらに力を付けておるやもしれぬ。いや、付けぬわけがない。
織田と斎藤は和睦ではあるが帰蝶を織田の嫡男、三郎に嫁がせることが出来た。このまま事実上の同盟として上手く事を運ばねばならぬ。
頃合いを見計らいわしが隠居して、斎藤家は織田に臣従するのが理想か。義龍では無理だな。後継ぎも考えねばならぬか。
side:久遠一馬
いよいよ武芸大会が始まる刻限だ。
ここに至るまでに大小様々な問題が起きているけど、無事に競技を始めることが出来そうだ。
「若様。よろしいのですか? あちらにいなくて」
「あんなところで見ておられるか」
ただ姿が見えないなと思った信長さんは、運営本陣にてジュリアやセレスと共に大会運営と警備兵の指揮を執っていた。
どうやら信秀さんたちのところから逃げ出したらしい。今日は珍しく武士らしい服装なのに。中身はいつもと同じか。
「駄目だね。刻限通りに来ないヤツが何人もいる」
「来ぬ者は捨て置け! 遅参を許してはなにも出来ん。始めるぞ!」
一番の問題は時間にルーズなことらしい。さすがのジュリアもこればかりはお手上げだと言いたげな表情をしている。
元の世界でも時間にルーズな国や地域は珍しくなかったしね。来ない人は放置でいいだろう。信長さんも来ない人は知らぬとばかりに少しお怒りだ。
「これより武芸大会を始めることとする! まずは『短距離走』と
太鼓の音がドンドンと鳴り響くと、進行役の武士が大声で大会開始の宣言をする。ちなみに進行役の武士はあちこちに複数いて、領民の観戦エリアとかには別に配置した。
マイクとかスピーカーないしさ。メガホンでも作るべきだったかな?
「短距離走か。ただ走るだけでいいのか?」
「これは誰でも参加出来る競技なんですよ。足が速いと伝令とかで使えますし良いかなと」
信長さんは走るだけの競技に少し違和感を覚えてるみたい。実は盛り上がりそうな競技は後に控えていて、この時代に馴染みがない短距離走は前座なんだ。
まずはちょうど百メートルである五十五間競走になる。
「一等には麦酒一升と米が三俵に銭が一貫です。実は参加者が多いので昨日予選会をしましたよ」
「走るだけでいいなら出たがる者も多かろう」
とはいえ参加希望者が千人を超えたのは冗談かと思ったよ。織田領内には武芸大会の開催の告知と競技内容を伝えるお知らせを各地に出した。
全体的に見て誰でも参加出来る一般競技と、武士や武芸者に限定した選抜競技がある。元の世界でいう陸上競技は一般競技として領民の参加者を募った。
褒美が出ると宣伝したせいもあるが、五十五間競走に千人以上集まったのはいい誤算だったね。
「位置について、用意……」
スタートの合図は太鼓だ。フライングはあまり酷いもの以外は取らないことにしている。この時代にそこまで細かくしたらやってられないからね。
ドーン! と太鼓の音が響くと、着物のすそを捲り上げて走る人や裸足になり走る人など様々だ。中には大小の刀を持っていて刀を押さえながら走る人も多い。
走り方はユニークだなぁ。なんか仮装運動会でも見てるみたいだ。
「ふむ。見ておると面白そうだな」
盛り上がるか不安だったけど、領民の観戦エリアは盛り上がっている。賭けの対象になっているからかもしれないけど。
でも応援の人とかもいて、村で応援に来た人もいるような感じだ。
そういえば、一般参加には木下藤吉郎、史実の豊臣秀吉が来てたみたい。昨日の予選会を仕切っていたセレスが見たんだって。ただ数えで十二才の子供でしかないから予選に落ちたようだけど。
どうも暇なアンドロイドたちが虫型の偵察機を使って、史実の有名人である秀吉の様子を記録して見ているらしい。
「やったー! やったぞ!!」
「見事である。褒美を取らす」
「はっ、ははー!!」
短距離走の優勝者はまったく知らない農家の若者だった。政秀さんからお褒めの言葉と褒美を頂いて喜んで帰っていく。
ウチにスカウトしようかな。運動の得意な人そうだし鍛えたら面白いかも。
「ワン! ワン!」
「どうした? お前たちも走りたいのか?」
短距離走も終わり会場が盛り上がると、ジュリアが連れて来ていたロボとブランカがなんか興奮した様子で騒ぎだした。
危ないから今日は繋いでいるのが慣れないのかな? いつもだと屋敷で放し飼いだからな。
それとも走る人を見て、自分たちも走りたくなったのかな?
放してあげたいけど、今日はお偉いさんがいっぱいいるからな。信秀さんの膝の上とか行かれても困るし。
仕方ない。オレが相手をしてやろう。責任者としての仕事もあるけど、信長さんたちはすぐに現場に行っちゃうからオレはここを動けないんだよね。
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