第二百五十二話・武芸大会・その二
side:久遠一馬
短距離走の次は長距離走になる。こちらは競技場から外に出て折り返し地点の熱田神社にて護符をもらって戻るルールだ。
ただ元の世界と違い中継カメラもないので、競技場では同時に他の競技も進める。
武芸の最初の競技は弓になる。古くからある武芸の花形とも言える競技のひとつだろう。
みんな鎧兜を身に着けているね。別に鎧兜は必須のルールじゃないんだが。
「又助殿を上回る者がおるとは……」
この競技にはウチから太田さんが出場している。ルールは勝ち抜き戦方式にして、用意した的に十射中いくつ当たるかにしたんだけど。
決勝で十射全部的中させた人がふたりもいる。ひとりは太田さんでもうひとりは知らない人だ。
ルール上はより中心に近い場所に何射当てたかにより勝ち負けを決めることにしたけど、太田さんが負けるなんて……。
資清さんもびっくりしている。
「大島新八郎。美濃大垣の近くの国人だな。弓の腕前は噂以上か」
いったい誰なんだと運営本陣がざわめくが、そこに姿を見せて優勝者の正体を教えてくれたのは信光さんだった。
ははーん。さては貴方も逃げてきたね?
「元々は斎藤方だったが、大垣をこちらが取ってからは態度を決めかねておった奴だ。去年の冬に鞍替えしたと聞いておったが」
それにしても信光さんは詳しいね。情報収集もちゃんとしてたんだ。大島新八郎って、史実の
斎藤から織田・豊臣・徳川と太平の世まで生き残り、詳しくおぼえていないけど相当長生きした人のはず。
ただしその割に無名というか、びっくりするほど名が知られていない人になる。戦でも手柄を立てたりしたのに、不思議と無名なんだよね。
「そういえば冬に兵糧をばらまいた相手に、大島という名があったような……」
史実のこの頃に大島さんがどうしていたか、オレは知らない。エルなら知ってるかも知れないけど。
ただ信秀さんが昨年の冬に、大垣周辺の日和見をしていた国人衆を味方に引き込んでたからな。その中にいたのか。
地味に斎藤家の痛手になっていそうだな。
こちらは信秀さん直々に感状と褒美を渡して終わりだ。弓の競技はわかりやすくまた親しみもあるんだろう。一射ごとに歓声と拍手があがるほど盛り上がった。
武闘派の皆さんはその盛り上がりに刺激されたのか、自分の出場競技に向けて準備を始めている。
その後は鉄砲・投擲・馬術と競技は続いていく。
競技進行上のちょっとしたトラブルは絶えないが、大会の運営に大きな支障はないので上出来だろう。
この時代は一般的に朝夕の二食なので、昼食時間は設けていないけど、休憩は何度も挟んである。そして遠方から日帰りで来てる人もいるので、初日の競技が終わるのは午後三時頃だ。
義統さんと信秀さんはそのまま改築中の清洲城にて招待客の相手をしつつ、道三と土岐頼芸の和睦を正式にするみたい。
大湊の会合衆や願証寺の僧がいる場で、和睦にするなんて凄いね。織田の力と名声を諸国に広めつつ、どちらかが裏切ったら美濃侵攻の口実にも出来る。
それに和睦を破れば、約束を守らないと諸国に宣伝するようなものだから。果たして道三と土岐頼芸は我慢出来るかな?
「どうだった?」
「ええ。楽しかったですよ」
大会一日目が終了して、土田御前などの奥様たちの観覧に参加していたエルたちと那古野の屋敷で合流した。
この時代の女性の集まりがどうなのか知らないし、少し心配だったけど上手く付き合えたみたいで良かった。
楽しかったと語るエルも普通に楽しげな表情を見せているし、メルティやシンディやリンメイも同様だ。なんていうか『氏素性の怪しい新参者が』とネチネチと苛められるかと不安だったんだよね。
そんな昔のドラマみたいなことはなかったか。
「又助殿、お見事でした」
「負けは負け。未熟の露呈致すところでございます。より精進致しまする」
そうそう太田さんは得意な弓で勝てなかったことに、ずっと無念そうな表情を浮かべている。合流したエルは真っ先に太田さんに労いの言葉をかけるが、本人は負けたことを謝罪しちゃうし。
「彦右衛門殿と金次殿もお見事でしたね」
ああ、鉄砲はウチと信長さんの家臣の独擅場だった。
そもそも鉄砲を撃ったことがある人が多くないし、練習しているのウチと信長さんの家臣に警備兵だけだし当然だよね。
優勝は一益さんだ。マメに練習していたからね。それと意外な伏兵と言えば失礼になるんだろうけど、前にウチで結婚式をあげた金さんが三位に食い込んだ。
「今後も精進を怠らずに励みまする」
「ははっ! ありがたき幸せ!」
そのままエルが一益さんと金さんに声をかけると、出場者みんなに直接声をかけていく。一益さんは平静であまり大喜びしないとこが渋いね。
金さんは周りの空気を読んでか大人しくしていたけど、喜びを隠しきれていない。エルが声をかけるとその場に平伏して笑顔を見せた。
「褒美は大会が終わってからだけど、今日は前祝いだ」
大会出場者を中心に家臣のみんなと前祝いに宴会にしよう。今日の夕食は資清さんの奥さんを中心に家臣の奥さんたちが作ってくれた物だ。
「美味しいわね」
「うん。美味しい」
「ありがとうございます」
エルたちが出掛けていたので用意してくれたみたい。味付けは日頃からエルに習っていたようでウチの味に近い。微妙な味付けの違いは少し新鮮に感じて面白いね。
料理を運んでくると少し心配げに見ていた資清さんの奥さんだけど、酒好きのジュリアと食いしん坊のケティが評価するとホッとした表情を見せた。
いつの間にかウチも人が増えたね。ガラスのグラスに注がれた金色酒を少し口に含み周りのみんなを見ると、感慨深いものが込み上げてくる。
元の世界ではお酒は付き合いで少し飲む以外は、まず飲むことはなかった。タバコも吸わないし、本当にVRのゲームだけが趣味だった。
今でもお酒は、ジュリアに少し付き合う程度にしか飲まないけど。ただ、こちらに来てから初めて飲んだ金色酒の味にも慣れてきた。
「どうぞ」
くいっとグラスの金色酒を飲み干すと、隣にいるエルが楽しげな笑みを浮かべ徳利を手に金色酒を注いでくれる。
着物姿も見慣れた。それでも不思議な気分だ。リアルと仮想空間の垣根を越えてしまったなんて。
彼女の白く透き通るようなうなじと、金色に輝くような髪を見ていると吸い込まれそうになる。
彼女と賑やかに笑い声の絶えないこの光景を、オレは守らなくてはならない。
誰からともなく、聞いたことのない歌をみんなが歌い出した。
民謡というか古く懐かしく感じるような歌だ。
有名な歌なんだろうか?
心地よい歌に合わせるようにジュリアがリュートを弾くと、みんなはさらに楽しげに歌っている。
たまにはこんな夜もいいもんだね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます