第二百五十話・武芸大会開幕!
side:久遠一馬
「へぇ。前日から場所取りしている人がいたのか」
いよいよ武芸大会初日となった。メイン会場となる野外の競技場には武家や招待客の席以外にも、一般客に開放する場所も用意した。
一般開放エリアは土を盛り上げた緩やかな土手にしており、少しでも多くの人が見られるようにしている。
外観は元の世界の陸上競技場に近い形で、競技場を囲むように土手がある感じかな。あっちでは地方都市にはよくあったけど、芝生の維持が大変ですぐにコンクリートで固められていたね。
少しでも多くの領民が見られるようにと料金を無料にした結果、早い者勝ちとなり前日の朝から場所取りする人が現れたみたい。
なんというか、元の世界のお花見とか限定品の販売の行列を思い出すな。日本人の本能なんだろうか。
「武芸大会など余程の身分でなくば、お目にかかれませぬ。それが誰でも見られるのならば当然でございますな」
オレが元の世界を思い出して驚いた表情をしたことに、資清さんは少し笑みを見せながら領民の気持ちを教えてくれた。
大名クラスになると武芸者を立ち会わせたり、能楽などを楽しむことはあるが、それは限られた者にしか見られないみたい。
資清さんも当然ながら武芸大会など初めてのようで、楽しみにしているんだ。
「ウチのみんなにも見せてあげられれば、よかったかな」
「こういう時こそ、日頃の御恩を返すとき。皆、喜んで働いておりまする」
家臣とか忍び衆のみんなにも見せてあげたいけど、みんな警備や運営に回っていて忙しいんだよね。
もちろん織田家中の他の家からも人手を出しているけど、ウチが主導しているだけにみんな忙しく働いてくれている。ありがたいことだね。本当に。
「いらっしゃい。魚の塩焼きだよ!」
「麦酒~、麦酒は要らんかね~」
その後、会場に移動するが、周辺には物売りや遊女もいたりして大賑わいのようだ。熱田や津島のお祭りに負けない活気と人出に見える。
大道芸みたいなことしている人もいるね。見てるだけで楽しい気分になる。ただ、喧嘩なんかもあるようで、警備兵の姿があちこちに見えるほどだ。
「塩焼き三つ」
「こっ、これは薬師の方様! すっ、すぐに!!」
「美味しい。あなたは魚の調理法をよく知ってる」
「あら、ほんとね!」
人混みのなかに一段と人だかりが出来ているから誰がいるのかと思えば、ケティとパメラを筆頭に十人のアンドロイドのみんながいる。
大会期間中は救護係としてケティとパメラに加えて、尾張に滞在しているアンドロイドのみんなが働いてくれる予定なんだけど。
まだ大会開始前の今のうちに屋台巡りをしているみたい。ケティはともかく他は日本人には見えないからなぁ。物凄く目立っているね。
「殿様!」
「おかし、おいしいよ!」
「たくさん売れたの!」
まあ楽しんでいるなら、なによりだ。オレも少し周辺を見て歩くことにする。すぐに見つけたのは牧場村の屋台だ。
こちらは大繁盛して行列が出来ていて、何故か慶次が行列の整理をしている。オレの姿を見つけた子供たちが嬉しそうに駆け寄ってくるので頭を撫でて褒めてやろう。
そういえば、慶次は武芸大会には出ないらしい。理由は気が乗らないからだって。子供たちと一緒に屋台をやる約束をしていたのも理由らしいけどね。
「リリー。お疲れさま」
「うふふ。たくさん売れているわよ」
牧場村の屋台はリリーが直接仕切っている。値段は貧しい領民でも、年に一度の贅沢なら買える程度にしたので相変わらず赤字だ。
ただし転売や買い占めは禁止していて、やれば尾張からの追放とウチの商品の扱い禁止という厳罰を明言している。
その代わり領外の商人とか裕福な人も、自分で食べるなら同じ値段にしてるけどね。
「ところであの子たちは?」
「お代としてお手伝いをしてもらっているのよ~」
屋台の繁盛はいいんだけど、驚いたのは周辺の屋台を含めて一帯で働く子供が多いことか。ガリガリの子供とか見知らぬ子供たちばかり。
どうやら安くしても食べられない子供たちが出たらしく、リリーがお手伝いと引き換えにお菓子をあげたらしい。
周りの屋台もそれに倣い、お手伝いと引き換えに食べ物をあげているんだってさ。
「お方様。三河から来た商人が商いをしたいと来ております」
「ちゃんと約束事を守るなら構わないわよ~」
というか、いつの間にかリリーが一帯を仕切っていないか? 警備兵がリリーに新しい
「みんなどうしていいか分からないみたいなの~」
そうか。普段は市を管理している寺社がここにはいないので、誰かが管理しないと混乱するのか。武士にも警備兵にもそんなノウハウないしね。これはオレたちの見落としだ。反省、反省。
「悪いけどこのまま頼むよ。エルたちも今日は忙しいし」
「任せて~」
なんか保育士さんが的屋を仕切るような、少し異様な光景だけど気にしないことにしよう。ヤクザ者みたいなガラの悪い連中もウチのリリーに逆らうことはしないだろう。護衛は柳生一門もいるし問題はない。
競技場の客席はすでに満席だった。一般エリアには立ち見も出ている。エルとメルティとリンメイにシンディの四人は先に到着していて、土田御前や尾張守護の斯波家の奥さんたちと一緒のはず。
ジュリアとセレスは警備兵の統轄と大会運営に回っている。こちらは一益さんとかも派遣してるけど、会場と周辺で万を超える人が集まってる気がするし、指揮するのは楽じゃないだろう。
「おお、一馬。凄まじい人だな」
今日のオレのお供は資清さんだ。さっそく信秀さんのところに挨拶に行くと、そこには尾張守護の
他にも大湊の会合衆や願証寺の高僧に織田一族や津島神社とか熱田神社の人までいて、カオスな場に見えるのは気のせいだろうか?
「はい。皆が楽しみにしておるようです」
「万事任せる」
「畏まりました」
信秀さん、今日は武将の顔をしている。願証寺とかもいるし気を抜けないのかもしれないけど、厄介なのは険悪そうな道三と土岐頼芸か?
現状では義統さんが両者の間に立ち、仲介してるみたい。ちらりと視線を向けると、一瞬だけ疲れたような表情をオレに見せた。
この馬鹿どもをぶん殴りたいと言っている気がしたのは、気のせいだと思いたい。
「大殿は逃がしてくだされたようでございますな」
「やっぱりそうなんだ」
「殿と話したい者は多うございましょう。されどあの場に残るのは大変ですからな」
信秀さんたちのもとを離れると思わずホッと一息ついた。それは資清さんも同じようで、あの場に残れと言われなかった事に感謝してるらしい。
「オレたちは運営に回るか」
「それがようございますな」
オレも資清さんも基本は庶民だから、VIPに囲まれているより領民にでも混じって少し見にくいくらいの場所から見るほうがいい。
君子危うきに近寄らず。もうあそこに行くのは止めよう。
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