第二百四十九話・武芸大会前々日
side:久遠一馬
稲刈りもだいぶ進み、早いところではすでに二毛作の麦を植えている。
清洲・那古野では農繁期に入ると賦役に集まる人数が少なくなっていたが、稲刈りを終えた人から再び集まっていて、工事自体は人が少なくても続いている。
蟹江は長島と伊勢からの出稼ぎが主体の賦役なので一旦帰していて、工事の再開はもう少し先になりそう。どのみち人海戦術が一番工事が進むので、ここは気長に待つしかない。
津島と熱田も先に上げた場所ほどではないが、町の拡張や河川の浚渫は細々としている。
「またか?」
「はっ」
尾張は順調だ。しかし問題は商いに関してで、少し前から畿内の商人の使いが来るようになった。ウチは特定の商人にしか直接は売らないし、売る余裕もないと言ってあるんだけどね。
まあ商人と言っても様々だ。威圧的なところもあれば下手に出るところもある。嘘か本当か、どこぞの公家だか武家が所望しているので、売らないとためにならないぞというニュアンスの脅しをかけてきたところもあったね。
「悪いけど対応は任せるよ」
「それなりに利になる話もありまするが……」
「すべて断っていいよ。畿内に関わると面倒そうだし」
「畏まりました」
ただここで活躍しているのは、大湊の元会合衆だった湊屋さんになる。畿内の商人に対して上手くあしらっているみたい。
「それにしても。売って当たり前だと思ってる人はなんなの?」
「
血の気が多いというか、商人もこの時代だと元の世界とまったく違うね。当然と言えば当然だけど。
氏素性の怪しい男が尾張の田舎で珍しい品物を売っている。本当は畿内で商いがしたいんだろう? ならばこちらに寄越せと言いたげな人が結構いる。
わざわざ尾張まで来たから最初に何人か会ったんだけど、嫌な思いをしたから会うのを止めたんだよね。
一応信秀さんに相談したけど、捨て置けと言われたからさ。六角家のように信秀さんに文が来るところには配慮してあるから、商人は別に相手にしなくてもいいらしい。
「いよいよ明後日でございますな」
「結構な人が集まっておりますぞ」
「おかげで大変だけどね」
秋晴れの午後、パンケーキをおやつにしながら資清さんや望月さんと湊屋さん。それにエルとメルティを交えて、商いの話と明日からの打ち合わせをしているんだ。
商いの話が一段落すると、資清さんと望月さんが明後日からの武芸大会の話を始めた。尾張には招いた人たちが今日から到着する予定になっている。
伊勢からは大湊の会合衆と願証寺が来る予定で、美濃からは元守護の土岐頼芸と斎藤道三も来る予定だ。三河の本證寺はやはり来ないみたい。
招待とは関係なく他国の武士や商人に僧なども来ているようで、尾張国内の主要な町には結構な数の人が集まっている。
「それにしてもこの機会を利用して美濃と和睦するとは。さすがは大殿でございますな」
「山城守殿がずいぶんと折れた様子」
それと、この武芸大会にて美濃の斎藤家との和睦が成立することになった。正式には尾張守護の斯波義統さんが、美濃の元守護である土岐頼芸と斎藤道三の和睦を仲介する形だけど。
条件は土岐頼芸の守護復帰と領地の現状維持。それと道三の娘と信長さんの結婚。美濃国内ではこの条件に随分と揉めたらしいけどね。この条件だと全面降伏に近いし。
史実にあった織田信秀の娘が斎藤道三の側室になる条件はない。
「この条件で受けるところが山城守殿の怖いところだわ。油断出来ないわね」
織田家中では道三の臣従も近いのではと楽観論まであるけど、メルティは道三を評価するのか余計に警戒しているみたい。
ちなみに織田家と斎藤家の同盟は成立してない。美濃の守護は土岐家になるし斎藤家は土岐家の家臣でしかない。勝手に同盟は結べないよね。
「美濃守様は織田と斎藤を両存両立させることで、互いに
「エル様。そのようなことが叶うとは思えませぬが?」
「尾張の守護様を利用して織田と斎藤を抑える。誰かの入れ知恵でしょう。もっとも大殿も山城守様もそんなことは承知の上でのこと」
この件は建前と本音が入り交じっていてややこしい。ただ土岐頼芸がこの話を受けたのは、恐らくはエルの言う通りなんだろう。
望月さんがそんな無茶なと言わんばかりの表情で無理ではと言うけど。本気だろうなぁ。
「美濃はこのまま落ち着きそうにはありませぬな」
「織田と斎藤と土岐の我慢くらべになるかも」
思わずみんなのため息が重なった。特に資清さんは次は美濃が騒がしくなるのかと困った表情をしている。
一番有利なのはやはり織田だ。とはいえ道三と土岐頼芸が組んで大垣を奪還に動いても不思議はない。まあ史実と同じく帰蝶姫が来るみたいだし、可能性は高くはないとは思うけど。
道三は恐らく織田と婚姻を結んで土岐頼芸を孤立させたいんだろうね。オレは直接会ったことないから知らないけど、歴史に残る資料とか信秀さんの話を聞くと、土岐頼芸って毒にも薬にもならないタイプみたいだし。
それと気になるのは斎藤義龍だ。現状での道三との関係は知らないけど、史実みたいに謀叛を起こす可能性も十分ある。
現状が史実と乖離してるし美濃は気を付けないと駄目だね。
「まあ、なるようになるか。それより武芸大会の支度は?」
「そちらは順調でございます。皆、張り切っておるようでございます」
美濃の件はひとまず置いておこう。今は武芸大会が優先だ。ウチの家臣も忍び衆もフル回転で働いている。
あと、牧場村では昨日から工業村の外にある銭湯町の一角と清洲の一角で出店を出していて、金平糖やお饅頭やカステラなんかのお菓子を売っている。
人手が足りないのと子供たちに社会経験を積ませる意味もあって、リリーの勧めでお菓子の販売を牧場村に任せたんだ。
実際、子供たちも手伝いたいと言っていたし、牧場村には領民も多くはないけどいるからね。大人と子供たちで力を合わせて頑張っているみたいだ。
「大変だろうけどよろしく。終わったら褒美を出すから」
「はっ」
忍び衆に関しては、普段だとウチや滝川・望月家の下働きしてるようなお年寄りまで今回は諜報員として各地に散っていて、清洲の八屋も忙しいみたいだから追加で人を派遣している。
この前ウチに来た柳生さんたちでさえも、追加で褒美を払って仕事を頼んでるくらいだ。ただし、石舟斎さんは武芸大会に出ることにしたらしく、ジュリアが稽古を付けているけど。
「新介殿は勝てるかな?」
「剣ならば勝ち残る率は高いわ」
そういえばメルティ発案で武芸大会の賭けを、正式に織田家として主催運営してる。儲けは清洲の治水に役立てる予定で、それを宣伝しているからか領民の評判もいい。
これは将来を見据えた治水の財源確保のテストも兼ねているんだ。木曽三川を中心にした尾張の治水に莫大な資金が必要になるのは、史実をみても明らかだからね。
ちなみにオッズとか配当は全部メルティが仕切っている。信秀さんが提案したメルティに丸投げしたんだ。湊屋さんと、史実の長束正家の親父さんになる水口盛里さんが駆り出されて手伝っているけど。
「いろいろ試すことがあるものでございますな」
「うふふ。将来に向けて財源は多いほうがいいもの。それに禁止すれば良からぬ連中が儲けるだけよ」
まさか織田家として賭け事をするとは思わなかったらしく、資清さんや湊屋さんですら驚いていたからなぁ。
賭け事自体はいつの時代も勝手にやるものだけど、それで儲けるのはろくな連中じゃないんだよね。だったら最初から公営で、と言うことだ。
ニコニコと笑みを浮かべるメルティには、湊屋さんですら威圧されている感じもある。どさくさ紛れに
楽市も関所の開放もそうだけど、平時には問題になりそうなことを武芸大会に紛れ込ませたんだから。
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