第二百三十三話・北条、織田連合VS里見

side:里見義堯さとみよしたか


「申し訳ありませぬ。失敗したようにございます」


「そうか。まあよい」


 さすがに小田原で久遠の女を捕らえるのは無茶であったか。質さえ取ってしまえばこちらが有利になったのだがな。まあ牢人などあてにしておらぬので構わぬが。


「しかし黒船はやはり鎌倉に行くようでございます」


「殿。好機では?」


 さて織田の黒船はこのあと鎌倉に行き、いずこまで行くのやら。先触れの使者が来ぬということは、こちらに挨拶に来ぬのであろうな。


 織田め。やはりわしを軽んじて愚弄する気か?


 今川や上杉に出した使者が戻る前に機が訪れたか。いずれにせよ奴らはわしが勝たねば動くまい。それにしても小田原で黒船の次の行く先が軽々と知れるとは、織田も伊勢の輩も愚か者よの。


「戦支度は出来ておるな?」


「はっ!」


「伊勢の輩に肩入れしたこと、後悔させてくれようぞ!」


「ははっ!!」


 まあよい。わしは南蛮船と船乗りさえ手に入れればよいのだ。伊勢めに恥をかかせて織田から南蛮との商いを奪ってくれるわ。万が一、船を奪えずともまた伊勢の所領を荒らせばいいだけのこと。


「ふふふ。今宵はよい月が見えておる。月が我らの進路を照らしてくれておるのだ! これは天命による戦ぞ!」


「おー!!」


 海も穏やかでちょうどよく月明かりが出ておるわ。夜の間に三崎城を抜けて鎌倉に行ってしまえばこっちのものだ。


 河越で勝ったといい気になっておる氏康に、戦とはなんたるかを教えてやるわ。




「あれが南蛮船か。たしかに大きいな」


「帆をたたみ動く様子はありませぬ。やはり伊勢めの領地ということで油断しておるのでしょう」


「織田の者は討っても構わぬが船乗りは討ってはならぬぞ。奴らを使い南蛮船を持ち帰るのだからな」


「ははっ!」


 すぐに水軍で出陣をした。


 そろそろ夜が明ける頃であろうか。噂の黒い南蛮船が見えた。なんという大きさだ。確かにあれだけの船を持つというならば、南蛮との商いは儲かるのであろう。


 守護代風情の織田や商人上がりの久遠にはもったいないわ。我が里見水軍が使うて関東を制してくれようぞ!


「よし! 者ども行くぞ!」


「おー!!」


 しばし兵たちに休息を取らせ、いよいよ戦だ!


  船を奪ったらついでに鎌倉で一暴れしてやるか。氏康の面目が丸潰れになるであろう。


 伊勢など恐るるに足らぬわ!!




side:久遠一馬


「殿。夜分遅く申し訳ありませぬ」


「どうかした?」


 玉縄城にて北条綱成ほうじょうつなしげさんと玉縄衆の皆さんに歓迎されて宴会に参加した夜。一汗かいて眠りにつこうとした時に一益さんがやってきた。


 声の様子からなにかあったなと理解したオレとエルたちは、急ぎ着物を着て一益さんを部屋に入れる。


「里見が動いたようでございます」


「せっかちな人だね」


「夜討ち朝駆けは昔からあることゆえ」


 本当に釣られたなぁ。しかも来て初日に来るとは。


 船には人を残してあるから問題はないし、北条でも護衛の船と兵を置いてくれている。


「若様たちにも報告して。オレたちは船に戻る。この機会に里見を叩いて関東との商いの安全を確保しよう」


「はっ!」


 防衛は難しくないだろう。とはいえ裏をかかれたように思われるのも困る。せっかく北条が知らせてくれたんだ。迎撃と行こうか。


「皆さん早いですね」


「向こうから来るなら、そろそろだからな」


 信長さんたちがどうするのかは分からなかったが、意外に早く皆さん身支度をして集まった。考えてみれば戦は他の皆さんのほうが経験豊富なんだよね。準備をしていて当然か。


 玉縄城からは川舟で海まで出られるので楽だね。しかも北条家でもこれを予期して準備をさせていたらしい。さすがは北条家だ。


「三崎城より伝令。里見水軍に気付かれぬように出陣するとのことです!」


「奇襲は気付かれた時点で負けなんですけどね」


 船に戻り戦支度をする。主に鎧兜を身に纏い鉄砲や弩の準備をして、船体や帆などには海水をかけて濡らしておくのも忘れてはならない。ウチの船はすべて耐火仕様なので本当は必要ないけど、佐治水軍の船はね。


 佐治水軍用の予備の帆くらいならウチの船で持ってきているけど、火矢だけは警戒しないとね。おかげでキャラベル船3隻の積荷は、大半が佐治水軍用の補給品や補修部品だから、沈まない限り尾張への帰還は可能だ。


 ただ里見水軍の本拠地を北条の斥候が見張っていたようで、連絡が来てから里見が交戦海域に到着するまで時間がある。風の確認と海図を見て現状での作戦を改めて立てる余裕があるね。


「舟での夜襲か」


「恐らく夜明けと共に来るのでしょう」


 夜討ち朝駆けなんて言うけど、歴史を見るとそんなに頻繁にはないんだよね。同士討ちの危険とかあるし。夜間行軍、夜間攻撃なんか元の世界の軍隊でも高い練度が必要だ。


 海だと下手すると遭難する恐れもあるが、今日は月明かりがあって船からでも陸地くらいは見える。里見水軍はそれで夜間の移動を強行したんだろうなぁ。


 エルの予測だと到着して奇襲するのは夜明けと同時らしい。少数の船乗りしかいない船を狙い奪うのが目的なのかもね。朝日を背にして襲ってくるのはちょっと見直したけど。




「来ました!」


「小さい舟が多いなぁ。中には漁師の釣舟とかもありそう」


 東の海に数十艘の小舟が現れた。旗もなくどこの舟か分からぬようにしているが里見水軍の舟だ。


 夜に明かりの火も焚かずに無事に到着した里見水軍の力量は確かなんだと思う。


 すでに東の空は明るくなっていて、もうすぐ夜が明けるだろう。みんな真剣な顔つきで弓や鉄砲や弩を持っている。


 あいにくとガレオン船だと乾舷が高いから乗り移っての近接戦闘がないからね。信長さんとか信光さんも鉄砲で戦う気らしい。練習しているから信長さんは上手いんだよね。信光さんはどうなんだろ?


「かず。采配はお前に任す」


 信長さんは徹底している。別に信長さんが采配を振るってもいいのに。オレも結局はエルに任せるんだからさ。


「心得ました。玉と玉薬に矢弾はたっぷりあるので皆様は撃ちまくってください。エル。操船は頼む、艦隊運動は包囲を基本で」


「お任せください」


 ああ、ジュリアは一益さんや慶次たちを連れて佐治さんの船に行っちゃった。あっちは斬り込みがあるかもしれないからなぁ。 


 今回のメンバーだと女のくせになんて言う人がいないからな。信長さんはそれでも心配して、出過ぎるなとジュリアに釘を刺していたけど。


 さて。里見水軍のお手並み拝見といきますか。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る