第二百三十二話・いざ、鎌倉へ行く

side:久遠一馬


「誠に申し訳ありませぬ。この責めは某の一命をもって負う所存」


「それには及びませんよ。ここで、しこりを残せば襲わせた者の思うつぼですから」


 水軍との打ち合わせも一通り済むと、エルの膝枕でのんびりと昼寝をしてたんだけど。また一騒動があったらしく起こされた。どうやらケティが襲われたらしい。


「しかし……」


「それに勝手に手を出したのは慶次郎で、前に出たのはケティですから。皆様に落ち度はありません」


 こっちは誰も怪我しなかったんだから気にしなくていいのにさ。護衛対象を守りきれなかったから腹を切るとか言い出すし。困るよ。それより護衛の人たちに怪我はないのかな?


「私が勝手にやったこと。皆様には満足している」


 ケティは生かしたまま捕らえたかったんだろうね。犯人の手掛かりでもと思ったんだろう。


「気にせずともよい。それより襲った者についてなにか分かったか?」


「はっ。いかにも誰かに頼まれたようで……。薬師の方様を生かしたまま小田原から連れ出して、少し離れた場所にある廃村に連れていくつもりだったようでございます」


 一度責任を取ると言い出した以上は簡単に引き下がれない護衛の武士だけど、見かねた信長さんが話を強引に進めて責任の件を終わらせた。


 信長さんに言われた以上は従わざるを得ないだろう。実際、責任感が強そうだし信長さんの好きなタイプの武士かもしれない。後で、勝手に腹でも切らないように幻庵さんにでも一言伝えといたほうが良いな。


「無論、すぐに兵を差し向けましたが、もぬけの殻でございました」


「ふむ。ケティの医術を欲したか、織田と北条の邪魔をしたかったか。あるいはその両方か?」


「心当たりが多い故、犯人を特定するのは難しそうですな」


 実はケティが狙われたのは初めてじゃないんだよね。信長さんや政秀さんは考え込んでいるが、犯人の特定は無理だろう。


 北条も北条で関東では敵が多いしね。古河公方はともかく関東管領の上杉とかなら安易なことをしそうな気もしないでもない。あと里見もあり得るか。小田原にいるのは下っ端だし、勝手な先走りの可能性もある。


 まあ、あまりこの件に拘らないほうがいいだろう。この時代の価値観と治安だと良くあることだ。




 翌日、オレたちは荷降ろしの終わった船で鎌倉に行くことにした。鶴岡八幡宮参拝が目的であるが、移動時間の節約とあわよくば里見が釣れないかなという期待がある。


 実はシルバーンからの報告でケティを襲った相手が里見だと判明している。オレたちの安全のためにも念のため監視をしていたところ、里見が命じたんだそうだ。


 向こうもこちらの船を襲うタイミングを探しているようだし、おそらく出てくると思う。信長さんたちとか北条家の皆さんには言えないけどね。


「ここが鎌倉か」


 そんなわけで船で来たけど、小田原から鎌倉までは早かったな。信長さんたちは鎌倉の町を見つめて感慨深げな表情をしている。


 源平の合戦はこの時代から見ても過去の歴史ではあるが、比較的近世の歴史と言えて、かつて幕府があった鎌倉に来ることに思うところがあるんだろう。


 オレのイメージする元の世界の古都鎌倉とはやっぱりイメージが違うね。まだぎりぎり夏だし、個人的には湘南の海で海水浴でもしたいところだけど。


 北条が鎌倉を押さえた影響は大きいんだろうね。かつては幕府があり古河公方のような関東公方も元々は鎌倉にいたようだし。




「おお!」


「なんと立派な……」


 小舟を使い船から降りると、オレたちはその足で鶴岡八幡宮に来ている。里見に焼き討ちにされて氏康さんが再建したばかりなので建物が新しくて立派だね。


 ただ、ここに来てもオレたちは目立っている。特にエルたちがね。見たこともない容姿と髪の色をしているからだろう。


 そういや大仏も確かあるよね。あとで少し見に行こうかな。この時代は確かもう建物がなくて雨晒しになってたはず。


 鎌倉幕府。かつて源頼朝が開いたのは有名だろう。ただ、実は頼朝の直系は三代で途絶えているんだよね。後は適当な人を将軍にして、鎌倉時代にあった本来の北条家が執権として治めていた。


 現状の室町幕府もそれに通じるモノがある気がする。後継だから当然だけどね。将軍を傀儡にして天下を治めた先例が良くも悪くも影響している。


 大陸みたいに王朝ごと消滅させないのは島国特有の歴史と環境からと見るべきか。島国根性とか元の世界だと批判されやすいけど、必ずしも悪いことばかりではないと思う。


「まさか、某たちが鎌倉まで来て鶴岡八幡宮を参拝することになるとは……」


 織田家の皆さんもウチの家臣も神社仏閣に来ると引き締まった表情になる。特に甲賀出身者や忍び衆は、一益さんを筆頭にみんな普段はあまり見せない表情をしているね。


 資清さんが前に言ってたっけ。素破すっぱとか乱破らっぱと呼ばれ武士にも足軽にも下に見られていたと。手柄を立てても評価もされず僅かな銭を貰って終わりだって。


 立身出世など夢のまた夢。特に二男以降になると可能性は更に低くなる。


 こうして武士として頼朝ゆかりの鶴岡八幡宮に参拝することは、彼らにとって大きな意味を持つのかもしれない。


 ああ、鶴岡八幡宮にも銭の寄進と供物を納める。内容は箱根権現と早雲寺と同じだ。


「それにしても噂に違わぬ場所だな。三方を山に囲まれておる」


「そうですな。頼朝公がここで政をしたのもよく分かるというもの」


 参拝と寄進を一通り済ませると、鎌倉の町を少し散策してこの日の宿となる玉縄城たまなわじょうに向かう。


 みんなは鎌倉の町や地形を見て、かつての幕府に想いを馳せている。確かに守るには良さげな地形ではあるよね。守るだけならば……。


「とはいえ鎌倉に閉じ籠って守るだけでは勝てまい」


「時勢も世情も違いますからね。今なら海から攻められると終わりでしょう」


 ただ信長さんはそんな鎌倉に少し否定的な感じだ。信長さんも籠城とか好きじゃないからなぁ。それに史実の鎌倉も、その時代以降は二度と政治の中心地にはならなかった。


 学者じゃないんで理屈は詳しくないが、山に囲まれた地形は不便なんだと思う。商業や流通が力を持つ時代に不便な鎌倉で政治をするのは、あまりいいことじゃないんだろう。


 まあこの頃の少し前には鎌倉府があり、室町幕府の下で関東を治めるはずが騒動の原因にしかならなかったしね。


 とはいえ中央と関東の対立構造は他人事じゃない。この先、織田家が天下統一した際に地方をいかに治めるかは難しい課題だ。


 江戸幕府のように重農主義はもっての外だし、大名を小分けにして自治させるのもいいとは思えない。少数の名君が生まれたものの、大多数は借金を増やすだけの統治だった訳だし。


 こう言ってはなんだけど。国家は宗教に金を出すよりインフラの整備が先だよなぁ。それを理解してもらえないのがつらいところだ。


 うーん。どうなるんだろうね。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る