第二百三十四話・北条、織田連合VS里見・その二
side:久遠一馬
「敵船、動き出しました!」
「じゃあ、こっちも動こうか」
船の出足はやはり相手のほうが速いね。人力と帆船の違いはどうしようもない。こっちもあらかじめ碇を揚げて、帆走の準備は整っているけどね。
「総帆開け!」
もう騙されたふりも要らないだろう。護衛として待機していた北条の三浦水軍も太鼓の音を打ち鳴らしながら動き出した。
大砲は温存する。ここで大砲を撃てば一気に決まるけど逃げられたら意味がない。それに主役は北条の三浦水軍だ。オレたちがやり過ぎるのは良くない。
「敵船、本艦へ直進! 僚艦を無視して、なおもこちらに向かってきております!」
「この船を奪ってしまえばいいってことか」
里見水軍の小早の動きはシンプルだった。一部の舟が北条の三浦水軍を足止めしつつ主力はこちらに向かってきている。
奇襲が失敗したのはすでに理解はしているだろう。とはいえここまで来てなにもしないで退くのは面目に関わるし、士気にも関わるんだろう。北条や関東では余所者の織田を相手に戦わずして逃げ出したとなると里見としては困ることだ。
「里見水軍。有効射程に入りました」
「じゃあ、皆さん。遠慮せず撃ってください」
「やるぞ!」
「おー!!」
相手の船足は早い。ガレオン船が完全に動く前にこちらの射程に入ってしまった。少しのんびりしすぎたか。でも信長さんたちはやる気満々だ。ガレオン船は甲板が高いから撃ち降ろしで、一方的に叩けるからね。
船乗りのバイオロイドと織田家とウチの家臣で迎撃する。
ケティの護衛だった人たちは、信長さんが気に入ったので氏康さんから借り受けて、ジュリアの斬り込み隊に加えた。汚名返上の機会も必要だろうしね。
ガレオン船での武器は弓・弩・鉄砲・抱え大筒の四種類。あとは使い捨ての焙烙玉がある。当然、全員が飛び道具で迎撃するだけの数は用意した。
「おおっ! 又助やるではないか!?」
「はっ。それがし弓は得意でござる」
ケティやメルティも含めて手が空いてる者は一斉に敵を撃つが、一番最初に敵の小早に乗っていた武士を射抜いたのは太田さんらしい。まあ鉄砲は誰の玉が当たったのか分からないしね。
近くで同じく弓を射ていた信光さんは、太田さんの弓の腕前にびっくりしている。ウチだと文官の仕事ばっかりしてるから、文官だと勘違いしてる人が多いんだ。
「狙いはあくまでもこの船か。無謀だね」
「僚艦に伝達。包囲して殲滅します!」
それだけ南蛮船を欲しているのか? それともこの船を沈めるなり奪えば戦の勝利といえると考えたのか? 分からないけど、北条水軍は面白くないだろうね。
一方のこちらは玉と玉薬に矢弾はたくさんある。出し惜しみしないで撃てばいいだけだ。火力万歳。十隻の船で包囲するように遠距離から撃つだけの仕事だ。
申し訳ないが、知恵と武勇で競う創作上の戦国武将じゃないんでね。戦は堅実に勝たせてもらう。
「一部の敵船が逃げ出しております!」
「本艦が敵の退路を断ちます!」
出来ればあまり目立たずに、北条の三浦水軍に花を持たせたかったんだけど、里見水軍はガレオン船以外には見向きもしないで突っ込んでくる。結局オレたちが敵の主力を相手にすることになってるね。
ただ弾幕の量に早くも逃げ出す者たちが出始めて、包囲の中にも北条の三浦水軍が入ってきたりと乱戦になり始めている。
敵も弓を射ってくるが火矢は使わないようだし、数が少ないのでほとんど問題ないレベルだ。矢盾はあるしね。
さすがに戦慣れした人たちだ。こちらの包囲で殲滅は不可能と判断したエルは風と潮の流れを見つつ船を走らせて、逃げ出した敵の舟の退路を断つことにしたみたい。
あっ……。ジュリアのやつ。敵の舟に飛び乗って乱戦に参加してるよ。うーん、やり過ぎると北条水軍の面目潰すんだけどなぁ。
side:滝川一益
「やはり狙いは南蛮船ですな」
「頭を叩いたほうが早いと考えたのか。ただあの船が欲しいと考えただけなのか。どちらにしても無謀だね」
里見水軍が南蛮船へ向かうのを眺めながら、ジュリア様は笑みを浮かべておられる。戦好きといえば無礼にあたるかもしれぬが、自ら前線に出ることを本当になされるとは。
確かに武芸の腕前はわしや慶次郎よりも上だが、前線に出るようなお立場ではなかろうに。
織田の若様が止めていただけたら良かったのだが、若様も気に入られた者には甘いからな。
「我らも鉄砲で迎え撃つのですかな?」
「最初はね。どうせすぐに乱戦になるさ。そうしたら突っ込むよ」
ああ、この現状で、さも楽しげな悪童が他にもおる。慶次郎だ。殿もなにを考えられたのか、まだ元服もしておらぬ慶次郎に朱槍を与えるのだから、本人がその気になってしまったではないか。
昔からなにかと騒ぎを起こす困った悪童であった。されど殿や奥方様たちはそんな慶次郎を気に入っておられる。殿もまた型に嵌められるのをあまり好まぬ故に通じるものがあるのかと思うてしまうが。
「さあ、行くよ。他の船に後れを取るんじゃないよ! 褒美は出すからね!」
ジュリア様は御自身も鉄砲を撃ちながら兵らを動かす。舟を操るのは北条水軍の者らだ。戸惑うておられたが、自ら戦うジュリア様に魅入られるように従っておる。
「死にたくない奴は海に飛び込みな!」
そのまま真っ赤な鎧を身に纏ったジュリア様とわしらは、予想通りの乱戦となると敵船に乗り移り敵兵を討ち取っていく。
「慶次郎! お方様を一人にするでないぞ!!」
「心得ておりますとも」
真っ赤な鎧と朱に塗った薙刀で、舟から舟へと飛び移るジュリア様にワシでは付いてゆけぬ。家臣と忍び衆もおるが、今のジュリア様に付いてゆけるのは慶次郎しかおらん。
「ひぃぃ!? 鬼だ!!」
「化け物だ!」
「さっさと逃げないと、取って喰っちまうよ?」
無礼者どもめが! 言うに事欠いて鬼だとはなんたる言い種だ!!。もっともジュリア様は左様な愚か者の言葉など気にもされておらぬが。
「おお! まるで源氏の九郎判官、義経公が行ったと言われる八艘飛びではないか!? 我らも続くぞ! 北条武士の力を見せてやるのだ!」
ジュリア様はそのまま慶次郎を引き連れて舟から舟へと飛び移り敵兵を倒していかれる。止めなど刺す必要もない。舟から落とすと敵は満足に戦えぬのだ。
ワシらは舟を寄せ、足元を確保した敵船に続くので精一杯だが、そこに昨夜、玉縄城であった北条孫九郎殿が玉縄衆を連れて続いてくれた。
「孫九郎殿。かたじけない」
「なんの。一気に片付けましょうぞ!」
北条家でも有数の将である孫九郎殿のおかげで、ジュリア様と慶次郎を孤立させずに済んだわ。
ジュリア様と孫九郎殿の活躍は凄まじく、里見水軍は抵抗らしい抵抗も出来ずに逃げ出しておる。舟で逃げ出せた者などまだいいほうで、大半は海に飛び込み逃げ出した。
勝ち戦だと浮かれておったのか、舟を密集させておったのが仇となり逃げ出せぬ者が多かったようだな。
「まだやる気のある奴はいないのかい!!」
「最早、敵はおらぬようですな」
敵はあっという間に散り散りとなりおらなくなった。舟も大半は無人のまま残されておって、ジュリア様は北条家の兵たちと共に
ああ。無事に終わり本当に良かった。
◆◆
今巴の方こと久遠ジュリアには様々な通称や異名があったが、そのひとつである
真っ赤な鎧を身に纏いブラウンヘアーを
当時の関東には南蛮人が来訪しておらず、里見の者らは南蛮人を見たことがなかったと思われる。
ただ、舟から舟へと飛び移る彼女の姿に北条綱成はまるで源義経のようだと称えたともあり、敵味方でまるで違う評価をされたともある。
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