第二百十四話・黒船

side:久遠一馬


 予定より三日ほど早く船が到着した。ガレオン船一隻にキャラベル船が三隻になる。表向き伝令船として出していた津島配備のキャラベル船を随伴して。


 キャラベル船は本来は非武装だけど、今回のキャラベル船にはファルコネット砲とバリスタを少数ながら装備したみたい。ガレオン船のカルバリン砲ほどではないが、大砲のない日ノ本の水軍相手なら十分だろう。元々仮想世界の技術で緊急時やサポート用の秘匿装備や兵装は付いてるけど。


 今回の関東行きだと、今川は動かないかもしれないが、北条は関東に敵も多いからね。房総の里見とか。


 普段の交易南蛮船と津島配備船に加えて、さらなる四隻の南蛮船に津島ではちょっとした騒ぎになってる。無論のこと黒い南蛮船はウチの船とみんな知ってるから敵とは誰も考えていないけど。


 現状でも関東行きはそれなりに知られているが、下級武士や庶民にまで告知したわけではないからね。知らなかった人もそれなりにいる。


 また戦かと、騒いでる人もいれば、見物に来た人たちを目当てにした物売りまで出ているね。




「壮観だな」


「ウチの本領から船を呼びましたから。あれは戦船でもあります。南蛮の国にある本物の戦船よりは武装は控え目ですが」


 四隻の南蛮船が到着したと聞き、信秀さん自ら幻庵さんや西堂丸君たちを連れて津島まで足を運び見に来ていた。


 信秀さんはその光景に満足そうな笑みを見せていて、西堂丸君なんかは四隻の南蛮船に少し瞳を輝かせているようにも見える。


 キャラベル船でさえ関船より大きいからなぁ。それに腐蝕防止のために塗ってあるコールタールの黒い色の評判がいい。まるで史実の幕末に来た黒船みたいな威圧感があるからだろう。


 津島の人も織田家の皆さんも、他は驚きの表情を浮かべてる人が多いかな。


「南蛮の戦船はそれほど凄いので?」


「大砲の数が違うと聞き及んでいます。今回はさすがにそこまで大砲を積む必要はありませんので」


「確かに関東に行く程度でそれほどの大砲は必要なかろう。南蛮は敵も大砲があるのだろうが、日ノ本で大砲を持つ水軍は他にはおるまい」


「そうとも言えますね」


 信秀さんの近習が南蛮の戦船に興味を示したので軽く説明をするが、大砲の数の違いを説明すると唖然としている。


 火縄銃ですら高価で並の国人衆では買えないのに、さらに高価な大砲を大量に積むなど想像すら出来ないのだろう。ただ、信秀さんは即座に客観的な視点から敵の違いを指摘して、周りから尊敬の眼差しを集めているよ。


 やはり戦に関する見識は凄いね。


「エルよ。出立はいつ頃になるのだ?」


「荷の積み替えに三日ほど頂きたいと思いますが、あとは天候次第となります」


 さあ、あとは荷の積み下ろしをして出発するだけだ。


 贈答品などの荷物は大半を島から積んできたし、道中の食料もほとんど積んできている。それに余剰スペースには積載量の分だけ交易品や蜂蜜など積んできたから、荷物の積み替えに少し時間がかかるらしい。大体、津島・熱田の入港頻度は積み降しに掛かる日数で決まってるからね。早く直接接岸出来る港が欲しい。


 そもそも船旅は近代に入るまでは、元の世界でも信じられないほど劣悪な環境と危険なものになる。特に大航海時代は最悪と言えるみたい。オレもあまり知らなくてエルに説明されて気持ち悪くなったほどだ。


 ただ、ウチの船は見た目だけは時代相応だけど、技術は次元が違うから。水漏れの心配はまずないし衛生管理もまったく違う。この時代の南蛮の船みたいにネズミが棲み着いたり、食べ物にうじが湧くことはない。


 エルたちは仮想世界のアンドロイドだから、ぶっちゃけ綺麗好きだし不潔なのは嫌がるんだよね。


「これは思うておった以上に壮観ですな。小田原の殿や関東諸将も驚くでしょう。真に楽しみでございますな」


「驚くだけで済むのは左京大夫殿だけであろう。かような船が大挙して押し寄せてきたら震え上がるわ」


 うーん。幻庵さんはご機嫌だ。殿様とはいうけど甥だからね。ちょっと驚かせたいみたい。それ以上に関東諸将を驚かせたいらしいけど。


 信秀さんと談笑出来るのは余裕の表れかな?




side:北条氏康


「殿。いかがなされました。駿河守様たちになにかあったのでございましょうか?」


「尾張で歓迎されておるらしい。西堂丸も素性を明かして誼を結んでおるとのこと。しかも帰りは、織田の南蛮船で送ってくれるそうだ」


「なんと!?」


 尾張に行った叔父上から早馬で書状が届いたので何事かと思えば……。叔父上のことだから悪いようにはならぬと送り出したが成果は思うた以上か。


 ただ、気になる点は幾つかある。叔父上は織田の力を本物だと見ておるのだろう。わしも甘く見る気はない。されど今の勢いが続くかは懐疑が先立つ処であったが。


「まさか噂の南蛮船でこちらまで送るとは……」


「船は十隻ほどになるらしい。半数は佐治水軍の船らしいが南蛮船も四隻は来るようだ」


「なっ……!?」


「出迎えの支度を致せ。それと伊豆の水軍にも知らせよ。里見が気付いて襲ったら面倒だ」


「はっ!!」


 周りの者も言葉を失ったか。伊勢の水軍では歯が立たなかった南蛮船が四隻も来るとは誰が考えよう。


 関東にも織田の南蛮船の噂は伝わっておる。黒く見たこともないほど複雑な造りの船は日ノ本の水軍など軽く蹴散らすと大層評判だ。


 今までは一隻か二隻しか目にする報せがなかったものを、僅かな間で数を集めるとは……。先日の戦でも使うたと聞くが、まだまだ余力を残しておったか。


「殿。南蛮船の噂を関東に広めては? 北条は孤立しておらぬと関東諸将や国人衆に知らしめることが出来ましょう」


「うむ。それもいいかもしれぬ。叔父上の書状には織田からも嫡男を含む使者が百人以上来るとのこと。盛大に歓迎してやるか」


 同盟国でもない他家に嫡男を送るなど織田もなかなかやるな。西堂丸が尾張に行った返礼であろうが、この時世になかなか出来ることではない。毒殺や暗殺を恐れるからな。


 目的は今川の牽制と商いの拡大であろう。北条とすれば信頼出来る同盟相手が欲しい。少なくとも関東の者どもに北条は孤立しておらぬと見せつけられれば悪うないな。


 懸念は今川か。こちらから進んで敵対する気はないが、先の河越城の戦のやり方は気に入らぬ。


 無論、せっかく結んだ和睦を無視する気はないが、それ以上に配慮してやる気もない。それに織田に敵わぬからと、今川がまた関東諸将をたぶらかしてこちらに攻めてこぬとも限らぬからな。


 叔父上が御膳立てしてくれた織田との友誼は深めねばならぬ。


「しかし噂が広がれば、里見が水軍を動かすのでは?」


「それならそれで構わぬ。出てきたら叩いてくれるわ」


 いっそ里見を上手く引きずり出してみるか? いや、こちらから余計な策は不要か。里見の相手をしておる暇などないわ。関東管領と古河公方が先だ。


 噂に聞く南蛮船の久遠も来るという。まことに楽しみだ。


 風魔によれば民とも気さくに接して、家臣にも慕われておると聞く。特に素破の忠誠は恐ろしいほどあるというしな。


 叔父上と気が合うのやもしれぬな。




◆◆

 天文十七年晩夏。


 久遠家の南蛮船が四隻。津島に現れたことが幾つかの資料に残っている。


 関東への使節団が使う船団のために久遠家が本領より呼んだ船と思われ、少なくとも即時に動かせる船がそれだけあったとの明確な証となっている。


 この船団には相応に武装がされていたようで、当時の伊勢湾沿岸では久遠家の力を改めて見せつけられて少なからず影響があったようだ。


 ただ、尾張の者たちは久遠家の船団を見ようと見物人が津島に集まったとの記録もあり、当時の尾張にて久遠家がすでに領民に受け入れられていたことを示唆する記録にもなっている。


 なお、この船団はこの後の関東への使節団派遣を含めて黒船船団と呼ばれている。


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