第二百十五話・決戦??

side:桑名の商人


 織田め。とうとう本性を現したか。たかが守護代の家臣風情がいい気になりおって!


「人を集めるか。願証寺と六角、北伊勢の国人衆にも援軍を要請せねば。織田の狙いは伊勢だ!」


「まて。まことに織田は攻めてくるのか?」


「三河や美濃を攻めるのに南蛮船は不要であろう」


 そもそも織田が美濃と和睦の交渉をしておるのは周知の事実。今川とも商いをして戦を避けておるのだ。奴らの狙いはここ桑名と北伊勢に決まっておる!


「確かに。大湊の会合衆であった湊屋が旧知の商人を引き抜いておったからな。織田の桑名攻めから、旧知の商人を助けたと考えることも出来るな」


「……願証寺はいずれの味方なのだ? 願証寺が織田に付くか中立になれば勝ち目はないぞ」


 桑名を織田に取られるのは願証寺も六角も望むまい。兵糧を集めて六角の援軍が来るまで町を守らねばならん。


 奴らは商いを我が物としたいのだ。必ず攻めてくる。


「戦で織田に勝てるか? 銭を納めて引いてもらうしかあるまい」


「織田は我らの謝罪も矢銭も拒否したのだ。今更それが通じるか!!」


「生意気にも荷留などしおって。おかげで美濃と尾張から商人が来なくなったではないか!」


 そうだ。成り上がり者が我らの領分を侵したばかりか、荷留などしおって。我らへの挑戦であることは明白だ。


「わしは降りるぞ。やるならおのれらだけでやれ。そもそも己らの甘い見込みで、服部なんぞに肩入れするから怒らせたのだ。わしは大湊に移る。もう付き合っておれぬわ」


「なんだと!? 裏切る気か!!」


「いつからわしは己らの配下になったのだ? 公界くがいである桑名は誰にも従わぬ町だ。わしがいかようにしようとも己らに関わりはあるまい?」


 臆病風に吹かれた愚か者が! 己など要らぬわ!! この世を動かすのは銭だ。そして銭を持つ我らなのだ。




side:願証寺の僧


 桑名の商人どもは揃いも揃って大うつけばかりなのか? 織田が桑名を攻めるなどと妄言を。


「どうもやつらは知らぬようですな。織田の関東行きを」


「北条長綱の噂は我らでも知っておるのだぞ?」


「織田領の商人は桑名には寄り付かなくなりましたので……」


「関東に行くために久遠が船を集めたと、尾張では見物人まで出ておるというのに……」


 皆が黙った。本当に呆れてしまい、なにも言えぬのは初めてかもしれぬ。


 織田は桑名を欲してはいまい。見捨てたのだ。蟹江の新しい湊の邪魔になるのでな。それが分からぬとは……。


 おのれらの価値を皆が認めて、欲しておると勘違いするとは、欲深い者は救えぬな。


「いかがする?」


「上人も呆れておったが、一応織田に使者は出した。桑名が騒いでおるが我らは関わりはないとな。あとはいかようにする必要もあるまい」


 織田が北伊勢に野心がないとは言わぬ。されど北伊勢は、北畠と六角の勢力圏だ。迂闊なことはするまい。


 それに我らが、あの欲深いうつけどもと同じだと思われては困る。織田とは上手く誼を築いておるのだ。


 己の無能さを諸国に晒すのは奴らだけでやればいい。




side:久遠一馬


「なにを考えてるんだろうね」


「いかにも勘違いをしたようでして。当家の船を見て桑名攻めだと」


 いよいよ関東行きを明日に控えて、幻庵さんたちの尾張での最後の宴の準備をしてると、桑名が密かに牢人ろうにんを集め始めていて、願証寺や六角家や北伊勢の国人衆にと、あちこちに援軍を要請したとの知らせが入った。


 さすがに困惑しているけど、望月さんいわく、津島に呼んだ関東行きの船で勘違いしたらしい。


「国境には警戒を怠るなと書状を送る。あとは捨て置け」


 台所から急いで信秀さんに報告したが、さすがの信秀さんも呆れて物が言えない様子だ。偶然同席していた幻庵さんや重臣のみなさんも同じような表情だね。


「出発を延期しますか?」


「構わん。桑名など要らぬ。そなたたちは予定通り出立するがいい」


 ほんと、全盛期の六角を敵に回すなんてしないから。桑名の連中は馬鹿じゃないの? もしかしてなんかの謀略か?


 信秀さんは知らぬふりをすることにしたらしい。願証寺は友好関係にあるから状況確認の使者くらいは寄越すだろうし、六角も憶測だけじゃ動かないだろう。


 もしかして、ウチの引き抜きも勘違いの原因だったりして?


 まあ、いっか。信秀さんも要らないって言っているし。オレは料理の支度をしよう。


 今日の宴は参加者が多い。信秀さんが家中の武士に、身分を問わず、幻庵さんたちとの別れを惜しむ者の参加を許可したためだ。学校でも何度も講義をしてくれたので、幻庵さんは多くの武士に慕われている。


 外交の使者としては満点の結果だろう。




「では、お願いしますね」


 台所ではエルが、清洲城の料理人の皆さんと楽しそうに料理をしている。エルも別に戦争とか戦略・謀略とかが好きなわけではないからね。


 実は料理とか編み物とかが趣味になる。


「桑名はどうなると思う?」


「どうにもなりませんよ。恥を晒すだけでしょう」


 オレも料理を手伝いながら少し気になるので桑名のことを聞いてみるが、エルはあまり気にならないらしい。


 桑名は場所がいいんだよね。伊勢でありながら尾張・美濃にも近い。いわゆる自治都市だから武家に配慮しなくても取り引きが出来る町になる。


 それが今では、桑名には尾張ばかりか美濃からの商人ですらほとんど集まらなくなった。信秀さんの命令でウチは桑名の商人に品物を売ることを止めたし、尾張の商人にも桑名での取り引きを止めてもらったからね。


 桑名の扱う品物は他でも買えるが、ウチの商品は他では買えないか、買えても値段や質がまったく違うからね。


 織田領では今川の商人ですら、商いとして来るならば硝石など一部の戦略物資に制限をかける以外は問題視していない。売値が違う品物もあるし、税はしっかり取るけどね。


 史実の俗説にあったような、楽市楽座とかやらなくても商人は集まってくるんだよね。現状の尾張には。




◆◆

 桑名の一人相撲。


 久遠家の黒船船団の影響を一番に受けたのは桑名だと言われている。


 黒船船団の津島来航に、織田が攻めてくると勘違いして騒いでしまい、実際には関東への使節団派遣だったことから大恥を晒した一件になる。


 この一件は織田家のみならず願証寺や六角家も呆れていたとの記録が残っており、この当時そこかしこにあった自治都市の問題点を露見させた出来事となっている。


 一説にはこれが織田信秀か久遠エルの策略だとも伝わるが、確かな証拠は今のところ存在しない。


 ただ、この当時織田家は蟹江に新設の国際貿易港を造っており、近隣の桑名が邪魔だったのではと見られている。



 なお、この頃の桑名の様子から、下記のような洒落がいつからか尾張で流行し、根付いていったと言われる。


 その手は桑名の供御人


 【読み】そのてはくわなのくごにん


 【意味】その手は桑名の供御人とは、うまいことを言ってもだまされない。その手は食わないというしゃれ。戦国時代、織田家に見棄てられた桑名の会合衆が、あの手この手で織田家や久遠家にすり寄って大恥を晒した故事から。


 明明(みんめい)書房刊【戦国故事】より




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