第百九十四話・北の国からと動く男

side:アンドロイド


「人目がないと楽でいいわね」


「これ、歴史に残っちゃいますよ。いいんですか?」


「構わないわよ。細かいことは未来の歴史学者が好きに考えてくれるわ」


 シベリアの最果て、とまでは言い過ぎかしらね。


 史実ではオホーツクとマガダンと呼ばれていた場所に、ローマン・コンクリートを用いた城が建てられることになった。


 ガレオン船の木材供給地としてシベリアが一番最適と判断してのことと、この時代のシベリアは領有が曖昧ということが理由にある。


 ロシア人がオホーツクに来るのは、史実だと一六四三年ということになっている。先のことを考えるとシベリアはこちらで押さえたい。


 ここの気候は厳しいけれど資源の宝庫であることは調査済み。


 多数の無人重機とロボット兵による工事にて、冬までに拠点となる城と町の整備を終える予定よ。このふたつの町を拠点にシベリアに進出することになるわね。


 まずはロシア人がヤクーツクに砦を築く一六三二年になる前に、ヤクーツクは押さえたい。無論、シベリアにも先住民族はいる。彼らを味方に付けて、最終的にはロシアをウラル山脈の向こうに閉じ込められれば満点かしらね。


 史実の明治以降の日本のようにロシアに怯えなくて済むようになるわ。将来的に史実の極東ロシア領を押さえられれば、人口が多く史実において厄介だった中華は放置が一番なはず。


「ここの開発で私たちが東ローマ帝国の末裔にされる確率が上がりますよ」


「いいじゃないの。歴史の勝者は批判されないわ」


 日本が統一されたら、手頃な時期に海外領地を日本領として歴史に残せばなんとかなるわ。この世界の信長公なら喜んで受け入れてくれるはず。


 日本が統一されたら擬装ロボット兵を日本人移民と入れ換えていけば、すべては時間が解決してくれるわ。


 こちらの計算では、このままでは人口が史実より爆発的に増えるのは明らか。その移民先も必要なのよね。


「でも、スペイン人が南米で廃棄したプラチナをこっそり回収しているのは、セコくないですか?」


「捨てたものを拾っただけよ。勿体ないじゃない。エコよ。エコ」


 別にスペイン人に恨みはないわよ。でもプラチナは今から備蓄しておいても損はないわ。それに沈没船なんかには手を付けていない。


 未来にトレジャーハンターの夢を残したいもの。


 本音を言えばポトシ銀山の銀も欲しい。織田家が西国を押さえて銀の流出を防ぐのはまだまだ先になる。明との取り引きもウチ以外は銀や銅が主流なのは変えられないのよね。


 ただ、こうして歴史を見ると、史実がいかにヨーロッパ人を中心に回っていたかがよく分かる。


 悪いとは言わない。それが歴史であり生きるということだから。


 でも……、私たちのためにヨーロッパ人に世界は渡さない。


 彼らが大好きな人権や民主主義が普及したら会いましょう。


 もっとも、史実のヨーロッパ人を考えると、自分たちと違う価値観と文化の世界を認めて自ら受け入れるかは怪しいけれど。


「そういえば町の名前どうするんです?」


「なんでもいいんじゃない? 誰かそのうち考えるわよ」


 オホーツクとマガダンの地名は多分なくなるわね。まあ名前なんてどうでもいいけど。




side:北条幻庵


 駿河、遠江を経て三河に入ったが、今川は安定しておるの。とはいえ西に行けば行くほど織田の名が聞かれるようになる。


 元々、遠江は織田の主家である斯波の領地だったところ。今川より斯波と織田がいいのではと囁く者もおるのであろう。


 無論、織田など物の数ではないと息巻く者もおるようじゃが。


 三河に入ると織田と今川の話はより深刻になる。織田は尾張を纏めて、次は三河だと噂されており、今川は織田を恐れておるとの噂もある。


 北条と今川は先年には和睦をしたが、あまり信が置けるほどでもない。宿は寺や民家に求めておるが、時折地元の武士に招かれることはある。


 話にあがるのは織田と今川の話じゃ。無論、今川方の武士なれば迂闊なことは言わぬが、織田が気になるのであろうな。


 絹や木綿に金色酒は元より、砂糖や鮭に昆布など、かなりの品物が尾張から入っておる様子。


 勘のいい者は織田の力を感じておるのであろう。


「織田弾正忠殿の知恵袋はやはり噂の久遠殿かの」


「久遠殿はまだ若いと聞きまするが?」


「若いと侮ると痛い目を見るぞ」


 旅に出て良かった。この目で見て感じなくては分からぬこともある。


 駿河も遠江も織田の品物が入ってきておる。それが人に与える影響は大きい。雪斎和尚が安易に動かぬ理由がよく分かる。


 だが、現状の織田のやり方は武士のものではないな。強いてあげるとすれば寺社や商人に通じるものがある。


「噂の南蛮船。楽しみでございますな」


「うむ。日ノ本の水軍も商人も南蛮には行けぬ。九州の商人は明には行くようじゃがの。人が出来ぬことを出来るのは大きな強みじゃ。惜しいの。北条に来てくれれば……」


 惜しいの。本当に惜しい。北条に来ておれば、いかほどの利をもたらしたか分からぬほどじゃ。


 織田殿はそのことを正しく理解しておる。新参者にもかかわらず評定に呼んでおるのがなによりの証。今川には出来ぬことであろうな。




 織田と今川の境は矢作川と聞いておったが、西三河は危ういの。東三河よりさらに織田から品物が流れてきておる。


 かつて三河を統一した岡崎の松平宗家には、最早、西三河を纏める力もない。これでは戦になれば寝返りが相次ぐはず。


「北条駿河守殿でございまするな。某は織田三郎五郎信広。お迎えに参上致しました。本日は安祥城に是非お泊まりくだされ」


 矢作川を渡るとすぐに織田方の出迎えが待っておった。


 三郎五郎殿は確か弾正忠殿の庶子。矢作川西岸の三河を纏めており、松平方との戦では優位に進めておると聞いたが。


 自ら国境まで迎えに来るとはの。


 織田の兵は見慣れぬ黒い鎧を着ておる。左右の肩の形が違うのは、いかなる意図からであろうか。


 それに領民の様子を見ると、織田が三河をいかに上手く治めておるか分かるというもの。


 三郎五郎殿の姿を見て笑顔を見せる者や、中には収穫したばかりの野菜を献上しようとする者までおる。


「さすがですな。ここまで民に慕われるは、なかなか出来ることではござらぬ」


「某の力だけではございませぬ。皆で力を合わせて飢えぬようにとしておるだけのこと」


 なかなかの若者じゃな。武力や権威で従えてしまえという乱暴な者も少なくないというのに。民が心から武士に従うほど怖いものはない。今川が臆したと噂されても動かぬのも当然かの。


 安祥城も風魔が探った通り、随分と改築したようじゃな。


 飢える民に賦役をやらせて飯を食わせる。意味は噂以上にあるか。もっとも北条では出来ぬことじゃがの。


 織田は賦役もまともにやれぬと今川の者は笑うておったと聞くが、この様子を見て笑うておるとは、今川にも呑気な者がおるわい。


「……これは美味いの」


「ご高名な駿河守殿にそう言うていただけるとは、ありがたいこと」


 夕餉も随分と豪華な料理を用意してくれたが、味付けが一風変わっておる。これが噂の久遠醤油か。これほど美味いとは思わなんだ。


 ああ、金色酒にもよく合う。


「それは久遠家の醤油でございまする。あいにくと売るほどはありませぬが」


 尾張でも久遠家と縁のある者にしか手に入らぬという久遠醤油。畿内にある醤油よりも美味いという噂はまことであったか。


 わしだけではない。供の者も皆が驚いておるわ。


 これを売れば金色酒に負けぬ利になろう。これほどの品物がまだまだあるのか?


 伊勢の商人が織田に詫びを入れた訳が分かったわ。商人は荷留をすることがあるが、まさか己らが荷留をされる側に回るとは思わなんだろう。


 ということは途中で聞いた、桑名が荷留をされて慌てておるのも事実か。


 今川は、かような異質な相手に、いかに立ち向かう気なのだ?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る