第百八十三話・そうだ旅に出よう・その四

side:大湊商人


 噂以上に大きい船だ。それに南蛮船にはあるという大砲の数も……。南蛮人からあれを買おうとすれば、桁違いな値をつけられると噂で聞いた。


 船が大きいと一度に運べる荷が多い。織田は特に品薄の砂糖や金色酒を大量に持ってきたようだな。


「凄まじい数の荷ですな」


「あれはすべて神宮への供物で?」


「いや、半分ほど大湊に残すらしい。織田様から此度の神宮お詣りの世話を頼んだ返礼品として配られるそうだ」


 あまりの荷の多さに湊の者らも驚いておるが、その使い道には更に驚かされる。


「売るのではないのか? あれだけで一財産だぞ」


「まことだ。会合衆が慌てておったからな」


 金色酒は畿内から西に持っていけば言い値で売れる。あの大きな船に乗るだけの品があれば、いかほどの利になるのやら。それを配るだと!? 品物の値を理解しておらぬ愚か者ならばともかく、相手は久遠だ。


「先の戦では随分と苦労したからな。会合衆は喜んでおる。それに織田様を軽く見なかった者は面目を大いに保った」


 織田に近しい会合衆はなりふり構わずに頭を下げて、織田家中にも戦勝祝いなど贈っておった。特に織田一族と久遠家中には満遍なく贈ったと言うておったな。


 大湊の中にはそんな者らに不満を口にする者も少なくなかった。元々こちらに非があるとまでは言い切れぬのだ。商人は敵も味方もなく、ただ商いをするだけだ。


 まして織田は尾張の武士で我らは南伊勢の商人。北畠には配慮しても、織田に配慮せねばならぬ訳ではない。


 織田に近しい会合衆が真っ先に謝罪したことに対して、今後のためにならぬと批判する声も多かったのだ。


「そうだろうな。桑名を見れば……」


 風向きが変わり、そんな声が鳴りを潜めたのは、桑名が織田から絶縁されたことが理由だ。誰もが謝罪と適当な矢銭で収めると思うておったが、織田は桑名をあっさりと切った。


 蝦夷から南蛮まで様々な荷を運んでくる久遠が従う織田に睨まれると、伊勢の海で商いが出来なくなることを考えておらなかったのだろう。


 同じ商人同士ならそこまで露骨にせぬのだが……。相手は武士だ。


「あそこは場所も悪い。一向衆は武家にはあまり好かれておらぬからな。織田も表向き気を使っておるが、歓迎まではしておるまいて」


「加賀の件か」


「奴らがいずこまで気付いておるか分からぬが、あれは悪手だ。他の坊主は国の乗っとりまではしておらぬからな」


 坊主の腐敗など珍しくもないが、確かに一向衆は越えてはならぬ一線を越えたのやもしれぬ。


「ということは桑名は駄目か?」


「さて、願証寺は織田に従うておるからな。長島と桑名の反織田を駆逐すれば商いの再開もあるやもしれぬが。その前に東海道の沿道の者が騒ぐ恐れもある」


 織田は桑名を無視しておる。美濃経由の東山道と海路での商いに切り替えたからな。困るのは桑名のとばっちりで通行税が減った東海道沿道の者たちか。


 六角の本家は騒ぐまいが、沿道の国人衆からすると寝耳に水の話。


「騒動はしばらく収まらぬか」


「我らには関わりのないことだ。織田が栄えれば途中で大湊に寄る船は増える。悪いことではない」


 まるですべてが織田の策であるかのようだな。寒気がする。




side:久遠一馬


 凄いなぁ。元の世界の港とは違うけど、規模も活気も津島とは桁違いだ。元の世界だと港はクレーンとコンテナだからね。活気という面ではこの時代のほうがあるのかもしれない。


「大湊にも不届き者はおるか」


「どこにでもいますよ。津島とか熱田にもいます。ウチの船も荷降ろしに携わった者は、帰す前に褌の中まで調べて、艀に使った小舟もすべて検めますし」


 大湊滞在二日目。大湊の観光兼視察にと港に来たら、人足が船の積み荷を盗んだ罪で捕まったところに出くわした。


 正直、預けた荷物が消えるなんて、元の世界でも海外の空港に行けばあると言うしね。この時代だと荷抜きなんかは平然としているんだろう。


 為政者や立場のある上の人は止めるように言うんだろうが、こういう力仕事の現場って荒っぽい人が多いしね。ヤクザみたいな連中も中にはいる。


 対策はきちんと見張り検査して、荷物に手をつけた者は勿論のこと、その者を仕切る者は使わないこと。


 津島でも最初の頃にその対策で一騒動あったけど。


 いつの時代もこういうゴロツキには束ねる輩がいるし、彼らは意外に力を持っているからね。




「やっぱり蔵はいくらあってもいいね」


「蟹江には蔵の十分な敷地を確保してます」


 大湊は純粋に羨ましい。尾張にこんな港があれば商いがどれだけ捗るやら。蔵の数も桟橋も多いしね。


 エルも同じ気持ちらしい。対策はしてあるが、苦労がいろいろとある。


 食べ物だけじゃない。商品の保管場所にもこの時代だと蔵が一番だ。すぐに売るなら倉庫程度でもいいけど、元の世界と違い流通網が未熟だから、在庫を保管する蔵が数多く必要なんだ。


「あっ、てめえは昨日の!」


「知らん顔だな。誰だ?」


「てめえが昨日殴ったの忘れたとは言わせねえぞ!」


「ああ、夜道で老人から銭を巻き上げようとしておった盗人か」


 そのまま港の視察をしていたけど、オレたちの周りでふらふらとしていた慶次がいつの間にかゴロツキ風の男に絡まれていた。


「この野郎。すぐに人を集めてぶっ殺してやる!」


「ほう。そいつは面白そうだ」


 あーあ、問題起こすなって言ったのに。慶次のやつ問題起こしていたのか。でも人助けなら仕方ない、責められないよなぁ。たとえ自分から面白半分に首を突っ込んだのだとしても。


 信長さんはニヤニヤしながら静観しているけど、顔色が真っ青になったのは案内役の商人と会合衆だ。


「捕らえろ!」


 どう考えてもゴロツキが悪いよね。人を集めてぶっ殺すとかいう時点でアウトだ。 大湊のほうで用意した兵たちがゴロツキを捕まえて終わる。


「てめえら! なんのつもりだ!」


「黙れ! 大湊の恥さらしが! よりにもよって織田様の家中の方に!」


「おっ、織田!?」


「ああ、その者は仲間と夜道で酔っ払いから銭を巻き上げ、老人を襲っていた。仲間もいるから捕まえたほうがいいぞ。飲み屋にいた旅の商人にも評判が悪かったからな」


 さようなら。ゴロツキさん。二度と会うことはないだろう。


 というか慶次のやつ、飲み屋で情報収集でもしながら、面白そうなことを見つけて首を突っ込んだんだな。


 滝川一族でも慶次って優秀なんだよね。しかも、この件が織田家とウチのマイナスにならないことも理解してやっている確信犯だからな。


 最近はオレたちの考え方まで学んだらしく、更に要領が良くなっているし。


「申し訳ありませぬ。この件は改めて謝罪を……」


「よい。こちらに害はなかったのだ。あの手の男などどこにでもおる。慶次もここは織田領ではない。気を付けよ」


「はっ、申し訳ありませぬ」


 世話役の会合衆の商人さんたちが信長さんに深々と頭を下げて謝罪をしたけど、誰も怪我とかしていないし、慶次は刀すら抜いていないようなので問題にならないだろう。


 とはいえ大湊の側とすれば失態は失態か。


 信長さんは一切問題はないと言いつつ、形ばかりだが慶次にも注意した。これでこの問題は終わりだということだ。




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