第百八十二話・そうだ旅に出よう・その三
side:大湊の会合衆
「南蛮船二隻で来るとはな」
「陸路よりいいのであろう」
「こちらへの威圧もしておるのでは?」
「ないと言えば嘘になるだろうが、本筋ではあるまい。尾張に南蛮船の入れる港を造ると聞く。その視察であろう」
表向きは神宮へのお詣り。嘘偽りはあるまい。一向宗への牽制の意味はあってもな。
織田は、数年前に外宮仮殿の費用を出しておる。それに織田は元々神職だというしな。今の勢いが続くように打てる手はすべて打って当然であろう。
「うつけどもが余計なことを企まんように、気を付けなくてはな」
まあ織田の思惑はいい。尾張の港は大湊と共存が可能だ。むしろ商機になるやもしれぬ。
堺や畿内の奴らは我らを鄙者呼ばわりするからな。それが今では、その鄙者のほうが新しい品が手に入る。わざわざ大湊にまで足を運ぶ堺の商人もおるのだ。溜飲が下がるいうものだ。
とはいえ大湊も一枚岩ではない。
先日の戦で大損して夜逃げした者もおる。儲かってる者もおれば恨む者もおる。まさかとは思うが、織田一行につまらぬちょっかいを出されたらたまらぬ。
「しかし、砂糖と金色酒はいいですな。あればあるほど売れる」
「硝石と違うて、いくら売っても織田に向けるに刃とならぬ。織田も砂糖と金色酒は気前よく売っておるからな」
本来、武士は領地と城を中心に物事を見るのだが、織田は我らと同じく商いで物事を見るようになった。商人である久遠がおるからであろう。
他にも商いの利を求める武士はおる。されど自ら進んで商いをして利を増やす武士は織田だけかもしれぬ。それ故、いささか困っておるのも事実であろうな。
「織田はまだまだ大きくなるであろうな。近隣に脅かす存在がおらぬ」
「北畠に六角と今川がおるではないか。美濃は駄目かもしれんが」
「六角は確かに織田に勝るが畿内の争いで忙しい。それに海が欲しいのは明らか。北伊勢に手を出さねば動かぬよ。北畠は悪くはないが長野に勝てぬではないか。今川は一番脅かす恐れはあるが、北条や武田に囲まれており身動きがとれぬ。それに、織田が荷留をすれば困るのは今川だ」
そう。今のところ織田を脅かす存在は周囲にはおらぬ。
六角には手を出さぬであろうし、織田には三河と美濃を攻める口実がある。少し前までは互角か今川が上に思えたが、今では立場が逆転しておる。
戦の勝敗はともかく荷留をされれば今川とて厳しかろう。我らとて織田の荷留に従わねば商いを止められるばかりか、水軍に船を奪われる。そこまでして今川に加担するのは難しい。
織田が他では扱えぬ荷を扱う以上は、敵対する者に堂々と売ることは出来ぬ。考えれば考えるほど恐ろしいな。
領地や銭よりも遥かに怖いわ。大湊の中にも織田が関東と商いを始めたことで商機が広がった者もおる。従えば我らにも利を寄越すことも敵に回れぬ理由だ。
「我らは織田に従わねばならぬか」
「逆らえば桑名の二の舞だからな」
大湊は神宮の湊にして北畠に従属しておる。さすがに露骨に命じることはなかろうが、すぐに許されると高を括った桑名の現状は悲惨そのものだからな。
しかも、織田はここのところ戦でも負け知らず。こちらも織田との取り引きで儲かる以上は、敵に回すのは避けるしかない。
「やれやれ。とにかく無事に帰すしかありませんな」
「分かっておる。宇治と山田とも話をして内諾は貰っておる。護衛の兵も集めており懸念はない」
織田一行はただの名代ではない。弾正忠の嫡男と久遠の当主だ。弾正忠と同等の扱いをせねばならぬ。
大湊や宇治山田を見て歩きたいと言うておるらしいが、そのくらいならば認めねばならぬな。
side:久遠一馬
大湊に到着して休憩した後は、大湊の会合衆の商人との面会などが行われた。
大したことは話していないんだけどね。先日の戦の件もあるから挨拶に出向いてきたんだろう。観光したいから後でとも言えないしね。
まあ主に相手をするのは信長さんだから、オレは横で控えてるだけなんだけどさ。実際、信長さんはこういう仕事も意外と慣れている。
普段はあんまりやらないけど、そういう教育を受けてきたからだろうね。
「これは……醤油か?」
「ですね。畿内ならばあるとは聞きましたが、さすがに伊勢の商人ですね」
結局、この日は観光が出来ずに夕食となるが、メニューは魚介中心だ。ただ、信長さんと共に驚いたのは醤油に似たものが使われていることか。
醤油の歴史って、微妙にはっきりしないんだよね。この時代の製造法が秘伝だったこともあって後世には伝わっていない。
とはいえ
まだ時代的にそんなに普及はしていないはずなのに手に入れてあるのは、大湊の力の大きさを示しているんだろう。
「若様も遊びに行かれれば良かったのでは?」
「行けるわけがなかろう。親父の名代だ」
「立場があるとこういう時、損ですよねぇ」
連れてきたみんなには信長さんから小遣いを与えて、遊びに行かせた。無論、問題を起こさないようにとキツく言ったけど。
護衛としてそれなりの人数が残ったけど、全体的に若い衆が多いからね。ちょっとは遊ばせてやりたいという信長さんなりの気遣いになる。
歴史をよく知らないと史実の織田信長は厳しく苛烈な独裁者に感じるけど、意外に家臣に気遣いを見せたりする逸話はあるんだよね。
ただ、オレと信長さんはやっぱり自由に遊びには行けない。出歩くとなると尾張から連れてきた護衛ばかりか、大湊の用意した案内役兼護衛も付く。
まあ当然だよね。なにかあれば困るのは大湊の人たちだし、元の世界の日本だって国賓のVIPがふらふらと遊びに出歩くのは無理なことだ。
「芸子でも呼びましょうか?」
「いや、いい。つまらぬ弱みを見せたくないからな」
信長さんに気を使ってか、エルは芸子さんを呼ぼうかと提案したがやはり断ったね。まだ十代だし遊んでも問題ないんだけど。根が真面目だからなぁ。
「じゃあ、みんなでカードでもします?」
「なんだ。それは?」
「この絵札で遊ぶ南蛮の遊びですよ」
ここはひとつ新しいものを信長さんに披露しよう。なんとなく暇をするかなと、試作品のトランプ持ってきたんだよね。
絵はメルティに描いてもらって、エースからキングまで動物の絵にした。ちなみにエースは鷹でジャックは馬、クイーンは象でキングは虎。ジョーカーは鯨だ。
本当はジャックからキングを武将にしたものにしようかとも思ったけど、売るなら動物のほうがいいかなとなってね。
とりあえずババ抜きなら、みんなすぐに出来るはずだ。
「うげっ! また鯨が来た!」
「それ言ったら駄目ですって」
信長さんもオレたちも勝三郎さんたちも、みんなで輪になりトランプで遊ぶ。シンプルだけどこの時代にはなく、みんな楽しんでくれているみたい。
なんか修学旅行の夜みたいになったなぁ。
なんでだろ?
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