第百八十一話・そうだ旅に出よう・その二
side:織田信秀
「殿。よろしかったので?」
「構わぬ。三郎も他国を見聞することが必要であろう」
三郎と一馬が伊勢に行った。
家臣の中には先日戦をしたばかりであり、危ういのではと懸念を口にする者もおる。されど桑名を除く伊勢・志摩の者には事前に知らせは出したうえで、話も筋も通っておるのだ。大きな懸念はあるまい。
あとは船が沈むことくらいは案じてしまうが、一馬の様子を見ると大丈夫であろう。伊勢湾の内海から出るわけでもない。
それに久遠家の者は女でも船で外海に出るのだ。織田が海を恐れるなどあってはならぬ。
「最早、尾張半国にも満たぬ弾正忠家の嫡男ではないのだ。広い世を見ておかねば織田に先はないぞ」
本当はわしも行きたかったのだがな。統一したばかりの尾張を離れるわけにはいかぬ。
伊勢は尾張に似ておるところがある。神宮と大湊・宇治・山田などは共に発展してきたからな。学ぶべきことは多かろう。
「そういえば久遠殿は紙芝居とやらにて、民に津島神社と熱田神社に詣でることを勧めたりしておりましたな」
「あれも評判でございますな。民が非常に喜び楽しんでおりまする。しかも活躍すればその者の名が領内すべてに広まる。家中では早くも次の戦を待ちきれぬ者がおりまする」
紙芝居か。確かにあれの評判は驚くほどいい。
いずこかの坊主が絵説きで勧誘しておるのは噂で聞いたことがあるが、一馬はあれを娯楽にしおった。しかも、領内への知らせや戦の原因から結果まで知らせて歩くのだから、武士もまたあれに注目しておる。
近頃では佐治水軍と森三左衛門があの戦では活躍したと、紙芝居で絵にして見せて歩いておるからな。当人たちが一番驚いておろう。
それが噂となり、次は己がと騒ぐ者がおるほどだ。褒美も欲しいが、名を売る機会も欲しいということか。
「近頃では津島神社や熱田神社に行く者も増えたとか」
「熱田神社の千秋殿が、来年は花火を熱田神社でもやってほしいと久遠殿に頼んだようでございます。さすがの久遠殿も困っておるでしょう」
「花火は津島と熱田で交代でやればよい」
寺社の対策においては、一馬とわしは考えておることが似ておる。一馬は津島神社と熱田神社を立てることで、一向宗などの寺社に対抗するつもりであろう。
神宮もそれと同じ。朝廷と繋がりの深き神宮を詣でることで、織田の立場を朝廷や世にはっきりと示せるはずだ。
花火は毎年やれるだけの備えは出来ておるらしいが、さすがに二回はやりすぎだ。津島神社と熱田神社で毎年交代しながらやれば良い。
side:久遠一馬
やっぱり船は速いね。確か江戸時代の記録だと那古野から伊勢神宮までは徒歩で三日だっけ? まあ史実の江戸時代は今みたいに関所が乱立していないから、旅が楽だったみたいだけど。
この時代だと伊勢神宮に行くまで関所が数十ヶ所あるらしいので、着くまでにどんだけお金がかかるのやら。
「刀、邪魔だね。持たなきゃ駄目?」
「駄目ですよ」
船はなんの支障もなく大湊に着いていて、大湊が多くの人で賑わっているのが見える。
ただ、オレたちは降りる前に着替えなきゃならない。
信長さんは放っておくとうつけ殿スタイルだし、オレは清洲城に登城する時以外は、その辺のちょっと金持ちな商人のような服装だしね。刀もほとんど持ち歩かない。なんか慣れないから邪魔なんだよね。
「ようこそおいでくださいました、大湊へ」
大湊にてオレたちを出迎えたのは湊屋彦四郎さん。会合衆のひとりでウチとも少し取引のある人になる。
歴史に名前が残っていない人だけど、少しふくよかな体型をしていて温和そうな人だ。そこまで阿漕な商売もしていない。
「わざわざ出迎えありがとうございます」
「いえ、滞在のお世話から船の荷降ろしまで、すべてはお任せを」
面識もあるし荷物をちょろまかしたりする人でもないと思う。いろいろ船に積める荷物は積んできたからね。荷降ろしには少し時間が必要だ。
その間は湊屋さんの屋敷に泊まらせてもらうことになっている。
オレたちは下手な旅籠なんかに泊まれないんだよね。人数も人数だし襲われたりする可能性もゼロじゃない。
「さすがは大湊だな。凄い賑わいだ」
「いえいえ、織田様のおかげでございます。明や南蛮の品が堺よりも手に入るおかげの賑わいでして」
大湊の町はやはり津島とは規模がまったく違うね。船も湊の蔵の数もまったく違う。信長さんを筆頭に連れてきたみんなは、田舎から上京したおのぼりさんみたいに圧倒されている。
ちなみに当然ながら南蛮船とオレたちも目立っていて注目を集めている。他の船とは大きさが違うし形も違うからね。
大湊といえど南蛮船は珍しいのだろう。南蛮船、いわゆる西洋帆船はこの時代だと堺にも来ていないかもしれないくらいだ。九州あたりの噂を聞くくらいだろう。
他には一緒に同行しているエルたちも目立ってる。今回はエルとジュリアとケティに、セレスとシンディが同行した。
エルたちのような日本人離れした風貌の女性はやはり珍しいのだろう。あまりに多くの人が集まってしまい、湊屋さんが人を使って散らしている。
「これほど大きい湊だとはな」
「蟹江も負けないくらい大きくしますよ。将来を考えると大きくて困ることはないですから」
湊屋さんの屋敷で休息して、この後の予定を話し合う。
湊や町の散策くらいは許されるはずだ。あとは宇治と山田にも伊勢神宮を詣でた後に行ってみたいなぁ。他にも大湊や宇治・山田の商人が訪ねてきそうだから、彼らの相手もしなくてはならない。
名目はお伊勢参りだし、立場は信秀さんの代理になるんだよね。
本当はお忍びで遊びに来たほうが気楽で良かったんだけど、エルたちがいる時点で無理だよね。信長さんの立場もあるし、服部友貞との戦があって微妙な時期であることもある。
現在の織田の状況と信長さんやオレたちの立場から考えると、お忍びは不要な問題を招きかねない。下手するとあちこちに迷惑を掛けたり疑念を与えかねないので、大人しくお伊勢参りにしたんだ。
どっかの御隠居みたいに印籠出して解決するならいいんだけど。現実はそう甘くはないらしい。あれだってたまに印籠の後に斬りかかってくるし。
相談している時には、信長さんとオレは迂闊すぎると、エルたちと政秀さん資清さんにお説教されたのは秘密だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます