第百八十四話・そうだ旅に出よう・その五

side:久遠一馬


「ここですな」


 港から町の視察に移ると、オレたちは大湊の商家を見たいからと会合衆にリクエストして、慶次が町で聞いてきた評判のいい商人の店に来ていた。


 ちゃんと情報収集もしていた辺りはさすがだね。大湊の商人たちも驚いている。


「手前は丸屋善右衛門まるやぜんえもんでございまする」


「こちらは織田三郎様。私は久遠一馬です。実は丸屋殿の扱う品を拝見したく参上しました」


 商人の視察に信長さんは嫌がりもせずに一緒に付いてきた。そういえば津島でもよく商人のところに行き、あれこれと質問したりしていたって、大橋さんが言ってたっけ?


 丸屋さんは雑穀を主に扱う問屋だ。扱う商品の値段と質を見ればいろいろ分かることがある。


 情報なら超小型偵察機や忍び衆でも十分なんだけどね。こうして現地に足を運んだ以上は、実際に商品の現物や商人の人となりを見るのは、オレや信長さんの勉強になるだろう。


「なかなかいいものですね」


 会合衆の根回しもあってか、蔵を見せてくれた。


 麦俵の詰まった蔵から無作為にサンプルの麦を取ると見せてくれたが、エルが思わず笑顔になるくらいに品物の質がいいらしい。


「あっちこっちから買っているんでしょう? 混ぜ物がしてあったりするのでは?」


「はい。そういうのは選別しております。他はあまりやらぬのでございますが、私のこだわりでして……」


 この時代だと品質が不良なものや、下手すると小石なんかでカサ増しする人が平然といる。というかそれが当然といえるだけまかり通っているんだ。


 あまりに質がいい麦に驚き、理由を聞いたけど、まさか自分で選別しているとは。


「値が少し高いが手間賃か?」


「左様でございます」


「若様。手間賃にしては安いです。選別は手間ですから」


 信長さんは麦の相場と値が違うことから、その価格差を考えていたようだけど、エルが即安いと言い切った。


 安心出来る商品を買える手間賃にしては確かに安いだろう。ウチもこの手のことには人を割いているから分かる。


「丸屋殿。この麦。織田に売っていただけませんか?」


「いかほど入り用でございましょう」


「売っていただける分はすべて買い取ります」


「……まことでございますか?」


「ああ、おまけでウチの商品も売りますよ。金色酒や砂糖なんかどうです?」


 この商人は当たりだ。さっそく交渉して味方に引き入れないと。こちらが命じななくても品質をきちんと管理する商人なんて、銭を払って引き抜きたいほどだ。


 もっとも突然の話に、同行している湊屋さんや会合衆の商人たちは驚き固まっている。こちらからそんな話を持ち掛けるとは思いもしなかったんだろう。


 正直、丸屋さんはそんなに大きな商人ではない。大湊でもあまり目立たない商人なんだろう。


 質のいい割高な商品を売ることで、評判はいいみたいだけどね。取り扱い量はそこまで多くないのは店を見れば分かる。


「是非、よろしくお願い致します」


「他にも質のいい品物があれば、津島か熱田のウチの屋敷に持ってきてください。丸屋殿がいいと思う品なら必ず買い取りますから」


 尾張の商人も頑張っているけどね。麦や蕎麦なんかの買い付けは、扱う量の違いもあり大湊のほうが良さそうだ。


 信長さんと話して、丸屋さんにはオレと信長さんの署名の入った書状を残して帰ることにした。


 買い付けは織田家名義だけど、受け取りと支払いはウチでやる。蟹江の普請もあるから、食糧は買い付け増やさないと駄目だったんだよね。


 いい商売が出来た。慶次には帰ったら褒美をあげよう。




 丸屋さんのあとも、この日は大湊の視察をして終えた。中小の商人の店で、あれこれと買い付けも出来たし有意義な時間だった。


「あの丸屋という商人。引き抜く気か?」


「可能ならば。ウチに欲しいですね。駄目でも蟹江に店を出す誘いは掛けてみます」


「確かに津島や熱田以外の商人も必要か」


 信長さんには見抜かれたけど、今回の旅では商人を何人か引き抜く計画をエルたちと立てている。


 理由は信長さんも口にした、津島や熱田以外の商人が欲しいこと。別に津島と熱田に不満があるわけじゃないけどね。


 可能ならば久遠家のお抱え商人を一定数は作りたい。フランチャイズみたいなイメージかな。既得権益を持つ勢力とのしがらみの少ない、中小の商人が理想なんだよね。


「昨日は危ういところを助けていただき、まことにありがとうございました」


 そのまま湊屋さんの屋敷で今日の成果について話をしてると、意外な人物が訪ねてきた。昨日の夜中に慶次が助けたお年寄りらしい。


「よう。じいさん。わざわざ来なくても良かったのに」


「いえ、あの時は弟子の給金など大金を持っておりました。あれが盗られていたら大変なことになっておりました」


「気にしなくていいんだが」


 このお爺さん。善三ぜんぞうさんといい、船大工の棟梁らしい。そこまで弱そうには見えないけど、数人で夜道で襲われたらたまったもんじゃないだろうね。


 大湊は造船も盛んなこともあり、今日も少し見学したけど。まさかそんな船大工の棟梁と知り合えるとは思わなかった。


 気まぐれで騒動に首を突っ込んだ慶次はちょっと困っているみたいだ。相手があまりに真剣な様子でお礼に来たからね。


「善三殿。船造りの経験は長いので?」


「もう四十年になりますな。そろそろ隠居しようと考え、最後の仕事の代金を昨日持っておったのでございます」


「隠居ですか。では船造りは止めると?」


「はい。そろそろ力仕事は体に厳しく……」


「善三殿。尾張に来ませんか?」


 慶次が困っているみたいだし、少し興味があったんで話をしてみたけど。まさかのチャンスだ。


 実は船大工さんも欲しかったんだよね。さすがに引き抜きは出来ないからそんな話はしていないけど。


「もしかして、南蛮船を造らせてもらえるので?」


「南蛮船を造れるなら来てくれますか?」


「それはもう! 弟子も連れて直ぐに参ります!」


「当面は南蛮船そのものではなく、南蛮船の技を用いた船を造るつもりですが。いかがです?」


「是非、お願い致します!!」


 あれ? あまりにあっさり釣れた。そんなに南蛮船が造りたいのかな。善三さん。瞳を輝かせているよ。


「南蛮船の技は外に出せません。ウチに仕官することになりますが構いませんか?」


「もちろん構いませぬ!」


「では、善三殿を武士として召し抱えます。一緒に尾張に来る者もすべてウチで面倒見ますから。弟子一門に家族や親戚。善三殿が連れていきたい人は遠慮なく連れてきてください」


「ははっ!!」


 まさかのまさかだね。この場で船大工のスカウトに成功した。こういう形なら大湊の会合衆も怒ることはないだろう。


 佐治さんも和洋折衷船を造るみたいだし、善三さんにも和洋折衷船から造ってもらうか。


 ゆくゆくは南蛮船も尾張で造る必要もあるだろうし。職人はいくら多くてもいいんだ。


 慶次は本当に福の神みたいだ。おかげでスカウトが捗ったね。




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