第百七十三話・道三の憂鬱と蟹江の賦役開始

side:斎藤道三


「織田はなにを考えておるのか、分からぬな」


「左様。少し調子に乗っておるのではあるまいか?」


 愚か者が。帰りの船に乗った途端に悪口を口にするとは。わしの機嫌を取っておるつもりか? それならばまだいい。まさか本当に理解しておらぬのではあるまいな?


「それにしても、信秀め。あのような南蛮の大女に茶を点てさせるとは。我らを愚弄しておる証」


「舐めた真似をしおって」


「止めぬか。容姿だけで人を愚弄したなどと言うやつがあるか」


 やはり理解しておらぬのか。


 人の容姿を批判などしていかがなるというのだ。それよりも信秀に久遠家の者が重用されておることを考えぬか。


 自らが口にする茶を任せるばかりか、わしらの前で茶を点てさせたのは、信秀がなにより久遠家とあの南蛮の女を信頼しておる証。


 だが何故一介の家臣の、しかも女にあの場を任せたのだ? ただの酔狂ではあるまい。


「しかし殿。南蛮の大女の茶など……」


「作法は素晴らしかった。あれが南蛮の女でなくば誰も騒がぬはずじゃ。いつも言うておるであろう。物事は本質を見極めよと。己らが信秀ならば、何故あの女に茶を点てさせる?」


 平手五郎左衛門も茶は点てられるはず。それをあえてあの女に任せたのは理由があるはずだ。それが分からぬ。


「それにあの花火と言うたか。あれはいかなる代物で、いくら掛かるのであろうな」


「そうだ。花火だ。あれこそいかにしたのか考えねば!」


「分からぬが、明か南蛮のものであろう」


 やれやれ、いちいちわしが教えてやらねば物事を考えることも出来ぬとは。童と同じではないか。信秀にあざ笑われておるような気がするわ。


 花火。あれもまた我らではまったく真似できぬこと。久遠家が信秀の命でやったと噂しておったが、いかにすれば空に火を打ち上げられるのだ?


 まさか本当に南蛮妖術の類いか?


「そういえば、嫡男の大うつけは何故臣下と混じって、あのような粗末な格好で物売りなどしておったのだ?」


「うつけの考えることは分からぬな」


「たわけ。あれがうつけなものか。祭りにて家臣と共に働いておっただけであろうが。城から出ぬような者よりよほどいいわ」


 こやつらは駄目だな。この期に及んで大うつけだと? 誰も奴をうつけだなどと見ておらなかったことが何故分からぬ。


 神仏を祀る祭に嫡男が自ら働く姿を見てうつけだという、己らの方がうつけだわ。


「……遠くないうちにわしは、信秀の門前に馬をつなぐことになるかもしれんの」


「なっ。なにをおっしゃいます!」


「そうでございます! 織田がいい気になっておれるのも今のうち」


 話しても無駄か。今のところ織田と久遠の間に付け入る隙はない。少なくともそれを示しておったのは明らか。


 嫡男と親しく随分と厚遇されておるようじゃ。その意味をこやつらは理解出来ぬか。


 皮肉なものだな。わしも信秀も同じく主家を蹴落として今があるというのに。わしは嫌われ、信秀は好かれておる。


 尾張者は信秀を仏と呼び慕っておるのに、わしは陰で畜生呼ばわりされておるのであろう。


 いかに考えても勝てぬ。そもそも織田は戦をして勝つ必要などないのだ。


 調略を仕掛ければ美濃の国人は織田に降る者も多かろう。名目は元守護の美濃守に従うと言うてな。


 それをせぬのは今は美濃より尾張を固めたい、それだけであろう。逆に考えれば信秀が尾張を固めた時に、わしにいかほどの力があるかに掛かっておる。


 無論のこと上手く立ち回れば、同盟相手として生き残れるかも知れぬが……。


 織田はこれからも大きゅうなるのであろうが美濃は難しい。遅かれ早かれ臣従せねばならぬ時が来るのであろうな。


 倅の新九郎は織田との和睦すら異を唱えるうつけだ。奴では駄目だな。事は慎重に運ばねばならぬ。


 美濃がいかがなろうが我が子孫と斎藤家は守らねばならぬからな。




side:久遠一馬


 花火は良かったなぁ。


 翌日には早くも一部の商人が花火を売ってほしいと言ってきたが、線香花火以外は売るわけにはいかないんだよね。そもそも打ち上げの技術もない、金額も合わない。その上、他国の商人で売って貰えると思うなんて。それとも情報が引き出せたら儲け物と思ったのかな?


 あまりの轟音に雷様が怒ったとか、仏様が現れたとか、騒ぎになった近隣の村もあったらしい。ちょっと悪いことをしたかな。


 お詫びに尾張の村には線香花火を贈ろう。ウチの家臣に届けてもらい、火事とか起こさないように線香花火の正しい楽しみ方を教えることにしよう。


 直轄領以外は領主がいるので許可を得ないと駄目だけど、反対する人はいないだろうし。


 後は道三とか今川が花火をどう評価するか楽しみだね。


「これはまた奇妙な形の城でございますな」


「殿から南蛮風の城をと言われたんだ」


 この日は、早くも長島から人足が派遣されてきたので対応に追われていた。


 蟹江の港町の建設が始まったんだ。


 織田家からは願証寺や派遣してくれた国人衆に礼金を払うし、やってきた人足の領民にも日当とご飯を提供する。


 織田も願証寺も領民もみんなが得をする計画だからね。先日の戦の対立なんかなかったかのように落ち着くだろう。


「南蛮風の城でございますか」


「うん。本物の南蛮の城はちょっと日ノ本には合わないからね」


 蟹江について縄張りはエルたちが行った。


 伊勢から呼んだ人たちには土地の造成や港の建設を頼むことにしている。特に土地の造成などは土を運んだりと人海戦術が欠かせないからね。


 肝心の蟹江の城については、信秀さんから意外な注文がついた。南蛮人が驚くような南蛮の城を建てるように言われたんだ。


 南蛮と言っても広いし、土地によって文化風習が違うことも教えた。日本は地震が多いから西洋のような石造りの城は、あまり向かないことも説明したんだけどね。


 エルと相談して星形の城にすることにした。


 史実だと幕末期に函館に造られた五稜郭が有名だが、ヨーロッパではすでに星形の城郭や要塞はあるみたい。


 星形城郭の利点は、鉄砲などの火力による防衛のしやすさだろう。現行の城は火砲の運用や防衛をまったく考えられていない。


 おそらく現在改築中の清洲城が、鉄砲の運用と防衛を考えた最初の城になるはず。ただ清洲城もこの時代には存在しない、城の基礎に石垣を用いることに少し苦戦しているけど。


 史実で最初に石垣を組んだとも言われている、近江の穴太衆でもいればいいんだけど。さすがに他国の人はなかなか呼べないらしい。技術流出の懸念もあるしね。


「城は後回しでいいから、土地の造成と港を造っちゃおう」


「はっ!」


 ウチの家臣と織田家家臣で、派遣された人足たちを使い蟹江の港町造りを始めることになった。


 ただ商人なんかは早くも集めた人足たち向けに物を売りに来ているし、遊女なんかも集まってきている。


 ほっとくと勝手に町が出来そうだから、こっちも統制が必要だろう。他国の間者もいるみたいだしね。


 商人とか遊女はひとまず望月さんに任せよう。間者対策という面では本当に有能なんだよね。


 蟹江の港が完成して、清洲・那古野・津島・熱田と一体で開発が出来れば、日本の商業を握れるかもしれない。


 まあ敵が増えるから当面は大人しくしている予定だけど。


 蟹江に送られてきた人足たちも一向宗の信者なんだろうし、これを機会に尾張にいい印象を持ってもらえればいいな。


 とにかく食わせる。それが出来る強みを生かしたい。


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