第百七十四話・その頃、宇宙は……

side:太原雪斎


「花火とは……、それほどのものか?」


「はっ。夜空を見事に明るく照らすものでございまする。文字通り夜空に花が咲いたような有り様でございました」


 また尾張か。津島天王祭に行っておった商人から聞いた話に、思わず耳を疑うてしまった。信じられぬところもあるが、かような嘘をつく男ではない。


「さすがに現物は手に入りませなんだが、線香花火という土産品は買えました。中身は鉄砲の玉薬だとか」


 危ういかもしれぬと思い、小者にやらせてみる。


 いかがなものかと思いつつ見ておったが、線香花火とやらは確かに美しい。まさに火で花を作り出したわ。尾張ではこれを桁違いの大きさで夜空に打ち上げたとは。


「花火の中身も玉薬か?」


「花火は久遠家が持ち込んだものとのこと。詳しくは分かりませぬが、恐らくそうではないかと思われまする」


 高価な硝石をかようなものに使うとは。名を売るために無理をしたのか? いや、信秀はそんな安易な男ではない。費用に見合う理由があるはずだ。


「すべてを数えたわけではありませぬが、四百以上は花火を打ち上げておりました。さすがは南蛮から直接硝石を買い付けておる久遠家でございまするな」


「海の向こうは安いか?」


「少なくとも日ノ本よりは安いと思われます。されど、いきなり我らが船で行っても安くは買えますまい」


 安いと言うても莫大な銭が掛かりしはず。それを祭りの一夜で使うてしまうとはな。


「駿府に明や南蛮の船を呼ぶのは難しいか?」


「はっ、南蛮商人と明の商人を駿府に招こうとしたのですが。尾張ならば興味があるようでしたが駿府は……」


 今川家は硝石を堺から買わねばならぬ。


 尾張では久遠家が海の向こうから買い付けており、伊勢商人にも少し売っておるようだが、今川には売らぬ約束があるようで売ってくれぬ。


 堺まで行けばもちろん買えるが、堺では硝石の値が高すぎて話にならぬのだ。あの強欲な商人どもめ。こちらの弱みに付け込んでおるのやもしれぬ。


 織田に対抗するためにも、明や南蛮の船を直接駿府に呼びたいのだが。


 堺の商人の手前、あからさまに呼ぶことも出来ぬので、御用商人に駿府まで招くようにと命じたが上手くいかぬか。


 無理もないな。わざわざ駿府まで来るには堺より高う買うか、駿府でなくば買えぬ品が必要なのはわっぱでも分かること。


 だが、いずれも無理な話だ。




 さて御屋形様にいかに報告するか。


 織田の勢いは依然として強い。だが織田もすぐに三河に来る気がないのはこちらにとっても悪うない。


 西の織田に東の北条。そして北には武田か。


 因縁や道理や血縁を考慮に入れねば、東の北条を叩くのがもっとも利があるのやもしれぬ。北条は周りを敵に囲まれておるのだ。疲弊しておる上、御しやすかろう。


 織田と争うのは避けたいところだ。織田からの荷が止まるばかりか、下手をすれば伊勢や堺からの荷までもが織田に止められかねぬ。


 されど今川家ではそれを理解しておらぬ者も多く、長年の因縁から織田を憎む者や見下す者も多い。


 いかがするべきか。困ったことになった。




side:アンドロイド


「太陽系及び近隣の宙域・星系に生命体の痕跡なし」


「警戒網及び簡易基地の建設は完了してるわ」


 宇宙は暇ね。敵対勢力どころか宇宙空間に生命体も存在しないんだもの。


 一応太陽系を最終防衛ラインとして設定して、早期警戒網と簡易基地を幾つか作ったけど要らない気がするわ。


 鉱物資源なんかは太陽系の外から採掘している。司令から太陽系の資源は将来の為に残したいって指示があったから。


 まぁ、私たちにはワープ航法があるから距離はあんまり関係ないけどね。


 要塞シルバーンは開店休業状態で、火縄銃や青銅砲に砂糖とか蜂蜜とか作ってるだけだし。ああ、絹織物も作ってるわね。


 宝の持ち腐れよね。


「小笠原諸島の各島に久遠家が領有するとの石碑を設置しました。なお沖ノ鳥島などの一部の島は有人島にするための造成工事も進んでいます」


「父島と母島と硫黄島の各種施設の建設は終了していますね」


 本当、地上のほうが面白そうなのよね。


 小笠原諸島の硫黄島を宇宙港にしていて、オーバーテクノロジーはほとんどそこに纏めてある。


 父島と母島が基本的に久遠家の本領になるのよね。表向きには。


 農業は果物やコーヒー豆に野菜や芋も植えている。ほとんど史実と同じ作物ね。


 小型の高炉と反射炉とか工業施設も少しだけある。あと船を修理するかんドックも一応作ったのよね。


 ガレオン船の建造は木材調達の問題から小さな島だと無理だし、別の拠点で作ったことにするしかないけれど。




「ウチのガレオン船が南蛮人の間で話題になっていますよ。極東に所属不明の黒いガレオン船があると」


「そりゃ、あれだけ派手に使えばね」


 この時代ではまだ使われていないコールタールを腐食防止のために塗ったこともあり、久遠家の船は黒いのよね。


 コールタールは石炭からコークスを精製する際に出来るものだから、理屈的にはウチが使ってもおかしくはない。


 ただ、この時代のガレオン船は戦略兵器なのよね。それが自分たちとは違う黒い色をして、何隻も未開の地だと思っていた場所にあるんだから騒ぐはずよ。


「白鯨型無人潜水艦とクラーケン型無人潜水艦も順調です。海の魔物と恐れられてます」


「一部では早くも宣教師が乗ると船が事故に遭うと噂も流れてますからね」


 無論、こちらも対策はしてある。


 史実でも実在が確認された白鯨とダイオウイカに似せた無人潜水艦で、主に宣教師が乗る船を沈めている。新大陸行きの船は宣教師を乗せていなくても沈めているけど。


 あとは状況を見つつ、勢力拡大しない程度に沈めているわ。


 早速、史実よりも南蛮人の動きが鈍くなり始めたし、このまま自然な形で南蛮人を追い払いたいわね。




「薩摩の島津家と接触に成功しました。今のところ久遠家の名は伏せていますが、絹や硝石など売れそうですよ」


「南蛮人と宣教師の噂は流してね。宗教の押し売りは後始末が面倒になるわ」


 一応、すべての情報はシルバーンの中央司令室に集まるから、会議を開いてるけど。要らないわよね? 重要事項は地上の司令たちが決めるし。


「それにしてもパリは汚いですね。夢が壊れました」


「ヨーロッパでも特に不潔な街なのよ」


 地球の軌道上には偵察衛星を配備したから、要塞でも地上の様子が見られる。


 中世ヨーロッパの華やかなイメージを期待して見ると幻滅するけど。


 窓から汚物を投げ捨てるなんてこと、本当にやってるんだもの。そりゃ病気も流行るわよ。


 面白そうだからヨーロッパの黒歴史を記した書物をあちこちに残してやろうかしら。


 他にもいろいろとあるのよね。



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