第八十三話・農業試験村
Side:久遠一馬
冬の一大事業で一足先に完成したのは、
村人の家を建てながら、同時に人海戦術で湿田の埋め立てと遊水池の造成とかしたけど、難しいことはしなかったから早かったみたい。
「これが田んぼでございますか……」
パズルのように地形や村人次第で、バラバラな形が当たり前の田んぼが普通のこの時代に、まっすぐな長方形の田んぼ。オレには懐かしいが、この時代の人には驚きらしい。
ついでに米蔵と水車小屋もサービスで作っておいた。食料の備蓄と精米とか粉挽きが楽になるはずだ。
村人たちは再建された村に喜び涙を流している人もいる。良かった。
「牛を貸し出すから、さっそく耕してみましょう」
引っ越しは荷物がほとんどなかった。鍋や釜を持っていればいいほうで、着の身着のままの人が多い。
村人の家は配置が適当だったのを整理したけど、家の形なんかには今回は手を付けなかった。慣れ親しんだ家が一番かと思ってさ。
村の真ん中に広場を設けて、そこから真っ直ぐな道を四方に伸ばしながら道沿いに家を建てて、元々村にあった小さな寺も再建した。
「これは?」
「
引っ越しも必要ないので、さっそく新しい農業のやり方を教えよう。牛と史実の
あとは津島や熱田に作ってもらった魚肥を粉にして、田んぼに肥料として加えていく作業になる。
そんなに難しくないし、農業が本職の人たちだからね。すぐにコツを掴んだみたい。
「エル、そっちは?」
「ええ。順調です」
それと年配者と女性向けの仕事にと、機織りを冬の間に教えていた。機織り機は貸し出すことにして、当面はウチから木綿糸を提供して布を作ってもらう。
難しい柄や配色はまだできないけど、真っ直ぐな布くらいは織れるようになったみたい。
それと内緒だけど肥料をウチが提供する代わりに、新しい肥料の材料としてこの村の糞尿は別の場所に運ぶことにしている。
硝石丘法の実験のためだ。
現状で織田家の硝石はすべてウチが格安で提供しているけど、多少でも自給させることを目的に硝石丘法を伝えた。
信長さんも信秀さんも半信半疑な部分があるらしいけど、駄目なら肥料にすればいいということで、テストすることにしている。
オレたちも実際にやったことないしね。それも伝えてある。時間はかかるがたいした手間は掛からないから、やってみようってことだね。
「この度は多大なお力添え、本当にありがとうございます」
「ああ、和尚様。春に間に合って良かったですね」
「はい。本当に良うございました」
子供たちも家の裏にある土地を畑にすべく、鍬で耕したりしていて、みんなイキイキと働いている光景を眺めていたら、村にある寺の和尚様がやってきた。
小さな村の寺の和尚様だ。自ら田んぼを耕すし畑も作るような半農の和尚様になる。
「文字の読み書きのほうはお願いします。紙や墨は用意しますから」
「お任せくだりませ。しかし何故、読み書きに拘りなさるので?」
「糧を得る道を増やしてやりたいんですよ。読み書きができれば写本も作れますし、働き口も見つかるでしょう?」
当初考えていた文字の読み書きは、まだあまり進んでいない。男衆は冬の間は賦役で働き、女衆には機織りを教えていたし、年配者は流行り病の現場で働いてもらったからね。子供たちも年長さんが小さい子の面倒を見たり、食事の準備を手伝ったりでやっぱり時間が取れなかった。
村に戻れば文字の読み書きを教えられるのは、年老いた和尚様だけなんだ。
本音としては教育と宗教は切り離したいんだけどね。現実的には和尚様にお願いせざるを得ない。もっともこの村の和尚様は人格にも問題はないし、清く貧しくという理想の宗教家なのもあるけど。
皮肉なことだけど、歴史に名前が残らなかった宗教家のほうがまともな人が多い気がするね。悪名高くないと歴史には名前は残らないのかな?
「殿、村の皆と夕食を共にいたしましょうか?」
みんな働いているけど、オレは農業も素人だし立場的にも見ているだけになっていた。なにかしようかなと思っていると、エルがこの後のことを相談しにきた。
「いいね。手伝うよ」
せっかくだからご飯を一緒に食べていろいろ今後のことを話してみよう。忙しいこともあり、村のみんなとゆっくり話したことないからね。
「そうだ、親父。竹千代のことだが、オレのほうで預かっていいか?」
「竹千代か。あれも扱いに困る者よな」
農業試験村の報告をするために信長さんと一緒に清州城に登城したが、報告が終わると竹千代君の話になった。
嘘か本当か銭で売られて、織田家に来たらしいけど、父親の
あそこは家臣が今川の人質になっているし、織田家に臣従するのは無理な気がするけどね。まあ、史実だと人質を捨てるところもあったのでありえなくはないのか。
三河の織田領はもともと松平領だったこともあり、松平宗家に臣従していた者や縁がある者が多い。粗末な扱いをすれば、三河の統治に影響が出るだろう。
「松平広忠は、家を分ける気なのか?」
「そのつもりかもしれぬな」
息子を見捨てる親を立派と見るか、人でなしと見るか。少なくとも信長さんも信秀さんも、人でなしとは見てないみたいだ。
この頃より少し後になると、どちらが勝っても家が残るようにと、親子や兄弟で敵味方に分かれて家を分けることはよくあるんだよね。
本当にそれを狙っているとしたら、広忠も優秀な人なのかもしれない。この時代なら当然の考えなのかもしれないけど。
広忠は最初から厳しい境遇の武将だし、無能には思えないけど、義元に頼ったのは個人的にどうかと思う。他に選択肢がなかったのは分かるけど。
「まあ好きにするがいい。屋敷に閉じ込めておくよりは良かろう」
今一つ扱いが厄介なんで、今までオレたちは関わらなかったけど、信秀さんは信長さんに任せることにしたらしい。
小姓待遇の家臣扱いでも現状よりはマシだしね。史実の色眼鏡で見なければ、それが無難だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます