第八十話・結婚式
side:久遠一馬
結婚をするのは金次という名前の家臣だ。勝手に某お奉行様の通り名である金さんとオレたちは呼んでいるけど。
あまり派手にやる必要はないみたいだけど、金さんもウチの家臣になっているから武士であることに変わりはない。武士としての正装と花嫁さんの白無垢はプレゼントすることにした。
場所はウチの那古野の屋敷で。金さんの家族も花嫁さんの家族も貧しいからと、恥をかかせるわけにはいかないので、家族には新しい着物をプレゼントする。
内緒だけど信長さんは刀をプレゼントするみたい。友人の結婚を喜んでいた。
少し話は逸れるけど、信長さんから二百人の悪友の皆さんを銭で召し抱えるつもりらしく相談された。どうもウチの家臣の様子を見て、銭での雇用をしようと思ったみたい。
工業村は元々信長さんの領地にあるし、そこの警備をしてもらうのには最適だしね。禄として支払う銭もウチからの上納金で賄えるだろう。オレも賛成しておいた。
「ひえぇ!?」
そして結婚式当日。村からやってきた花嫁さんと新郎新婦の両家族の皆さんに、ウチの屋敷の門の前で土下座をされそうになった。
到着したと聞いて出迎えに出たのが不味かったらしい。身分ってほんと難しい。
花嫁さんには準備に行ってもらい、家族の皆さんにも着物をプレゼントして着替えてもらおう。余計なお世話かもしれないけど、資清さんに上手く話してくれるように頼んだし大丈夫だろう。
「そなたの考えることは変わっておるな」
「いいじゃないですか。祝い事はみんなで祝えるほうが」
結婚式は本来は新郎の家で行うものであり、家と家の儀式という意味合いが強いみたい。この時代の価値観では、女性が相手の家に行けば結婚、実家に帰ったら離婚だからね。元の世界で言う事実婚の様な考え方だ。だから家臣が結婚するからって、主家がお祝いに結婚式を挙げてやろうなんて考えはないんだろうね。
信長さんにも不思議そうな顔をされた。
もちろん、この時代でも三三九度を行う、固めの儀というのはあるみたいなので、それはやる予定だ。あとは宴会をして、流れに任せる形でいいだろう。
いよいよ式となると、新郎新婦が上座に座って両家の家族とかウチの家臣に親しい友人も来ている。
ただまあ、信長さんと政秀さんが参加しているからか、新郎新婦を筆頭に両家の家族は緊張しているみたい。信長さんなんか珍しく正装に着替えたし、緊張するのも無理はないか。
それにしても新郎新婦ともに見違えたね。新郎は立派な武士に相応しく見えるから、家族や友人がポカーンとしているし。新婦は生まれて初めての化粧だったみたい。
ああ化粧と言えば顔を白塗りする
せっかくだから信秀さんに進言して献上しておこう。白粉で病気になるなんて滅茶苦茶だよ。
さて、今夜の主役はあくまでも新郎新婦だ。ただ本来新郎の家が行う結婚式を仕切り、進行しているのは資清さんだ。
新郎新婦や家族の皆さんの気持ちを汲んで、それなりの形を整えつつマナーや堅苦しさがあまりないように上手くやっている。
本人は自身も似たような立場だったからよく分かると言っていたけど。派手な成果はなくとも、地味に痒いところに手が届く良い仕事をしてくれているんだよね。資清さんって。
新郎新婦の家族は早くも泣いている。ちょっと早くない?
一通り式が進むと宴となる。
「白いな」
「ケーキという南蛮の菓子ですよ。白無垢と同じ白だからいいかなと思いましてね」
せっかくだからと宴に出した生クリームのケーキに、一同不思議そうな顔をした。
いや、結婚式と言えばウェディングケーキだからね。この時代にはそんなものはないけどさ。白無垢はあるんだし、白無垢ケーキってことでいいかなって。
「甘い……」
「こんな美味いものがあるなんて……」
驚くのはいいけど、料理の前にケーキ食べるのおかしくないか? 珍しいから我慢出来ないのかな?
あいにくとイチゴがないので、純白一色のケーキだ。この時代だとヨーロッパにもないかもしれない、バニラエッセンスも使ったケーキの味は、彼らにどう受け止められるんだろう。
みんな騒がないで静かにケーキを食べている。驚きや衝撃もあるんだろうけど。出すタイミング間違ったかな?
でもこの時代の宴は長いみたいだからなぁ。後で出すと食べられなくなりそうだしさ。それに本膳料理って、一度に料理を出すからね。ケーキも一緒に出したんだ。
「……オレ。一生、殿についていきます」
「そんな大袈裟な。誓うなら妻と家族を守ることじゃないか」
ケーキを食べ終えると宴が始まった。
途中から新郎新婦がお酌をしたり接待する側に回っていた。どうもそんな風習らしい。そういえば元の世界でも、新郎新婦が来客のテーブルを回っていたな。
新郎の金さんはオレのところに来ると、お酒を注いでくれて強い確固たる瞳で決意を語ってくれたけど。オレとしては家族を守る人になってほしいな。
せっかく築いた家族なんだからさ。
side:金さん
初めは若に言われたから、仕えることにしただけだった。
若にはよく飯を食わせてもらっていたし、ウチは家族が多いからオレに分ける田んぼもなかったしな。
殿は裕福な南蛮船の商人だとは聞いていたから、本音を言えば少しは期待していた。でもそれだって小さな所帯を持って、あいつとふたりで食っていければいいなってくらいだ。
それでもあり得ないことなんだ。オレみたいな読み書きも出来ないし、武芸も得意でない農民の子なんてさ。
最初はどっかに売られるのかと少し警戒したほどだ。若を信じてないわけじゃないけど、悪い奴はどこにでもいるからな。
白い飯を初めて腹一杯食べたのは、殿のところに来たその日だった。
滅多に食べられない魚や、見たこともない料理と共に出された白い飯は今でも忘れられない。
それが特に珍しいことでないと知ったのは、仕えてすぐのことだったな。
仕事はいろいろだ。屋敷の警備と殿や奥方様の供をすること。あと酒造りも何度かやった。
あとは読み書きや武芸の訓練もしたが、とにかく仕事中は美味い飯が腹一杯食えるので嬉しかった。
無我夢中で働くと、あっという間に時は過ぎて正月には実家に帰ることになった。
家の者には織田の若様の知り合いに仕えると話していたが、まさか仕えた先が久遠様だとは教えていなくて、帰ったら本当に驚かれた。
オレが仕え始めた時はあまり知られていなかった殿も、今は尾張で知らぬ者などいないだろう。ウチの村でもケティ様が一度来て、流行り病の治療の指示を出してくれたらしい。
正直ウチの家族も最初は信じてくれなかったが、混じり物のない金色酒にもち米などの土産を山ほど見せたら、信じざるを得なかったみたいだ。
そんな正月に聞かされたのが、お紺が同じ村の奴に嫁入りを誘われているという話だった。
相手は長男でそれなりに田んぼもある。お紺の両親は乗り気だったらしい。オレみたいな男じゃ、なにも言えなかった。
ただ諦めたくなかった。家族には言えない。誰か相談する相手が欲しくて、オレは那古野に戻り親しかった慶次郎に相談をした。
「なにを悩む必要があるんだ? 相手の家に行けばいい。お前は今や尾張で知らぬ者はおらぬ久遠家の者だぞ」
「だけど信じてくれねえ。家族だってやっと信じてくれたんだ」
「ふむ。相手の娘はお前と所帯を持ちたいと思っているのか?」
「ああ、何度も約束した」
「よし。ならオレに任せておけ」
殿に仕える滝川様の一族である慶次郎は、どういうわけか殿や若に気に入られ覚えもいい。それなのにオレたちと一緒に酒を飲んだり遊んだりする。
助けて欲しかったわけじゃないが、オレは自信ありげな慶次郎を信じて任せることにした。
村が騒ぎになったのは翌日だった。
なんと慶次郎が村に行って、ウチとお紺の家族に話を通してくれたんだ。
いつもと違い、まるで別人のように立派な武士の姿をした慶次郎が、あっさりと話を纏めてくれた。
後でお紺に聞いた話だと、慶次郎はオレが殿に目を掛けられてるとか、将来は間違いないとか、有りもしないことを話したらしい。
慶次郎にはあんなことを言って大丈夫なのかと聞いたが、殿ならば笑って許してくれると自信ありげに言われた。
そして今日。オレの家族もお紺の家族も泣いていた。
信じられないほど立派な武士として祝ってくれた、殿に感謝して泣いていた。
慶次郎の嘘から出た話が、まるで本当のことになったみたいだ。
だから……、オレは殿と久遠家のために、本当の武士になろうと心に決めた。
でも殿に言われた妻と家族を守ることも、必ず成し遂げねばならない。
◆◆
ウェディングケーキ
かつては白無垢ケイキと呼ばれた、結婚式には欠かせない縁起物である。
由来は諸説あるが一番有力なのは、戦国時代の武将久遠一馬が家臣の結婚式に、ホイップクリームのケーキを振る舞ったことが最初と言われている。
当時の物は正確には不明ながら、類似する記録から現在のバターケーキか、生クリームケーキに近いものと思われる。
ヨーロッパでもこの頃にはホイップクリームがあったようで、久遠家もそれを日本で作っていたようである。
純白の白いケーキは縁起物として、結婚式の料理の前に静かに食べるのが現在のマナーとなっているが、何故そうなったのかは不明。
一説には長い宴会を行う当時の結婚式にてケーキを振る舞うのに、冷蔵庫もないので完成したものをすぐに振る舞ったためと言われるが確証はない。
ただこれ以降、織田家の結婚式などでは白無垢ケイキが見られるようになったのは確かである。
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