第七十九話・家臣の結婚

side:織田信秀


 まさか利政から和睦、出来るならば同盟という話が来ようとはな。数年前に美濃を攻めた時には負けたというのに。すでに戦のみで勝敗を決めるのは時代遅れだということか。


「随分と銭と兵糧を使いましたが、価値はありましたな」


「蝮が和睦や同盟を守るか怪しいがな」


 戦をしておらぬのだ。敗けを認めたわけではあるまい。されど、このままならば美濃を制することもあながち夢ではない。


 懸念は蝮が信用出来るかだ。わしは奴に娘をやる気はない。奴のやりかたでは人がついてこぬのは明らかだ。


「守らずとも、それはそれで構わぬのではございませぬか?」


「美濃を攻める大義名分になるか」


「はっ、斉藤は大垣を認めるということ。それさえあれば検討する余地はあるかと思いまする」


 五郎左衛門は和睦に賛成か。現状の織田は単独でも美濃と戦をする力がすでにある。されど斉藤と今川の双方を相手にするのは、少し早計というもの。それに美濃を攻めるには岩倉が欲しいな。


 うむ。ここで要らぬ欲を出すのは悪手か。元々この冬は戦をせぬつもりだったのだ。和睦の交渉をしてる間は、蝮も攻めてくることはなかろう。


 今は時を稼ぎ、一馬のやることが上手くいくか見極め、相手を岩倉に絞るとするか。


「良かろう。交渉をしてみるがいい。そちに任せる」


「はっ」


 五郎左衛門ならば、蝮に一杯食わされることもあるまい。蝮がいずこまで本気でなにを考えてるか見極めねば。




side:久遠一馬


「これが噂に聞く、瀬戸内の水軍の焙烙玉ですか」


「それはウチで作った物なんで、完全に同じかは分かりませんけどね」


 この日、佐治さんがウチに訪ねてきた。どうも先日送った、船の設計図や羅針盤とか、木綿の帆のお礼に来たみたい。


 ちょうどいいので村上水軍の焙烙玉について聞いたら、見たことはないが存在は知っているというので、ウチで試作した焙烙玉を見せることにした。


 焙烙玉自体は別に村上水軍が開発した物ではなく、元々は明などの大陸から流れてきた技術だろう。ただ火薬が高いからね。そうそう頻繁に使えるものじゃない。


 佐治さんが知っていたのは、水軍として各地の情報が手に入るからだろう。


「これを使われると厳しいですな。久遠殿の大砲ならば、このようなもの使う前に沈めてしまえるでしょうが」


「大砲は、なかなか命中しないんですよ。小さな船だと尚更」


「なるほど。されど相手の武器が分かれば、対処出来ますからな。ありがとうございまする」


「あと、別件ですが、捕鯨をしてみませんか?」


 せっかく来たのでお互いに情報交換していたんだけど、佐治水軍強化策の第二弾をエルたちとすでに考えてたんだよね。


 まあ実際には第二弾というほどじゃないけど、和洋折衷船で捕鯨をすることだ。


「鯨ですか? 確か久遠殿が売っておると聞きましたが」


「結構いい値で売れますからね。それに鯨は肉以外も使い道がありますから」


 少し気が早い気もするけど、速度の上がった船の使い道が難しいんだよね。


 速いからってあちこちに荷物を運んで、他の水軍とか物流に影響を与えても困るし。


 新しい船を作る費用も必要だろうし、船を使った効率的な資金稼ぎの方法も必要だろう。捕鯨ならば他の水軍とかに与える影響が大きくないはず。


 ついでに製塩技術も教える予定だ。流下式塩田はまだ早いとしても、入浜式塩田は教えてもやれるはずだからね。


「船での捕鯨のやり方は教えますから」


「しかし、いいのですか? 久遠殿の儲けが減るのでは?」


「売れる品物は他にもいろいろありますから。尾張で採れるものは尾張でやってもらわないと、運ぶにも限度があるんですよ」


 先日からあれこれと技術を渡して頼んでるせいか、佐治さんは少し困惑してる。


 今のところウチの船の輸送力はまだ余裕だけど、湊の能力に限界がある以上はウチの船で運ぶ品物から尾張で入手可能なものは少しでも減らさないとね。


 捕鯨で実入りがあれば新しい船を造りやすいだろうしね。将来のために頑張ってほしい。


 結局、佐治さんはお土産に焙烙玉を幾つか持ってこの日は帰っていった。威力をテストしたり対策を考えたり、いろいろ使い道はあるからね。




「へぇ。結婚するのか」


「はい。わざわざ報告するほどでもないと思ったんですが。仕えてる以上、殿の許しを頂けと言われまして」


 さて最近はようやく清洲も落ち着き、やることが増えているウチの仕事をしてたら、信長さんの悪友でもある家臣が突然結婚すると報告に来た。


 相手は同じ村の娘らしい。幼なじみというやつですか? 羨ましい……。


 信長さんの悪友は大半が継げる田畑がないような、次男や三男とかそれ以下だ。まあこの時代だと村がひとつの共同体なんで、生きていくことは可能らしいけど。


 とはいえ田畑がある者とない者では違いは当然ある。ただ、この時代だと結婚の価値観が違うし、結婚自体は普通に可能みたいだけどさ。


 いわゆる貞操観念とか庶民はあまりないみたいだしね。


「良かったじゃないか。式はいつやるんだ?」


「いえ、そんな式だなんて。ウチは貧しいんで、やったことないですから」


「それじゃあ、ウチで式を挙げようか。なあ?」


「いいわね。ウチで初めての結婚だもの。お祝いしてあげたいわ」


 ちょうどこの時は、メルティが一緒に書状の整理をしていたんで聞いてみたら、嬉しそうに微笑んで賛成してくれた。


 オレたちはこの時代の結婚式とか知らないし、あんまり堅苦しくやる必要もないだろうけどさ。みんなでお祝いしてやるのは必要だろう。


「あの。殿?」


「大丈夫、大丈夫。日ノ本の結婚とかよく知らないけど、八郎殿に聞いて上手くやるし。費用はウチで出すから」


 報告に来た家臣は何故か心配そうにしてるけど、心配しなくても費用はウチで出すのに。


 せっかくだから花嫁さんと家族とかも呼んで、みんなでお祝いしよう。


「結婚式ですか。こっちでは初めてですね」


「いいわね。若い人は」


 その後はエルたちや資清すけきよさんたちと話し合って、日取りや規模を決めることにした。


 ただ、正式な結婚式にするといろいろ面倒なようなので、最終的にみんなで宴会のようにお祝いすることになったみたいだ。


 そもそもこの時代の結婚式には、花嫁の家族が参加しないらしいしね。


 今回は両家の家族も呼んじゃえばいいとオレが言ったんで、呼ぶことになったらしいけど。


 それはいいんだけどね。結婚式の話題が出てからエルたちの様子が、ほんの僅かだけど微妙だ。


 もしかして結婚式やりたかったのかな? とはいえ百二十人もいるしなぁ。


 気のせいだよね? そういうことにしておこう。


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