第六十五話・年末年始

side:織田信秀


「まことか?」


「はっ、どうやらまことのようでございます」


 今年は一馬が来てからは騒がしい日々かと思うておったら、最後の最後でまた一馬か。


 妻が百人以上おったただと? しかも年の瀬ということで揃ってやってくるとは。


「それで一馬殿の島から挨拶に来た者がおります」


「すぐに会おう。待たせるわけにはいくまい」


 ワシも妻は何人かおるが、百人もおるとは。あの男は本当に分からん。


「殿。わざわざ正装なさるので?」


「一馬は本来、日ノ本の外から来た者ぞ。小さな島だと言うておるが、見方を変えればいずこにも属さぬ国とも言えるのだ。粗末に扱うわけにもいくまい」


 慎重に考えねばならぬことは、本領から人が来たことであろう。


 独立した国と取るか、離島の島民と取るか。難しいところだが、礼は尽くさねばならん。そもそもあのような船を幾つも持つ者を離島の島民とは思わぬがな。




「久遠一馬が家臣。清十郎にございます。織田弾正忠様のご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じまする」


「清十郎殿。遠路はるばるよう参られた」


 うむ。挨拶も立ち振る舞いも同じか。姿も日ノ本の者と変わらぬ。元は日ノ本の民か?


「挨拶に来ることが遅れたこと、まことに申し訳ございません」


 礼儀作法を知る者を寄越したということか。


「遠方の島では無理からぬこと。気にしておらぬ。それよりひとつ聞きたいのだが、一馬が当家に臣従したこと本領で騒ぎになっておらぬか?」


「一切騒ぎになっておりませぬ。我らは交易をせねば生きていけませぬ。織田弾正忠様には多大な御配慮を頂き、感謝しかありませぬ」


「そうか。それは良かった。こちらとしては商いに力は貸せるが、そのほうらの島が他国に攻められても、船がないのでこちらからは助けに行くことも出来ぬからな」


 久遠家本領の懸念はあまりないようだな。交易が重要ということはまことであろう。そこを押さえておけば、良好な誼は続くと思うて間違いないな。


 銅は集められるだけ集めるか。あれは儲かる。那古野でも銭は作らせるが半分は一馬に回すべきだな。




side:滝川資清


「ハッハハハ!」


「慶次郎。笑うてる場合か!」


「よいではありませぬか。久方ぶりに会うのです。邪魔をするなど野暮というもの。呼ばれるまで大人しくしておればよいのです」


「そういうものか?」


 殿の奥方様が百名以上来たと聞いた時は、正直にわかには信じられなかった。侍女もおるのかもしれぬが、それでも多い。以前、流行り病で多く妻を持っていると聞いてはいたが、まさかこれほどとは。


 困ったことはお世話をする人がまったく足りぬことだが、慶次めは笑うて不要だと言いおる。この男はおかしな男だが、要領がよく人の心を読むのに長けておる。


 特に堅苦しいのを好まぬ殿や織田の若殿には、大層気に入られている。確かに慶次の言う通りかもしれぬ。


「風呂は沸かしたほうがいいでしょうな、長旅で来たのですから。後はそのうち尾張を見物にでも出掛けるでしょう。その時の供を用意すれば、いいと思いますぞ」


 久遠家では食事は御方様が作られておる。わしらが用意するのは風呂と寝所くらいだが寝所はいかがするのだ?


 まさか広間でも寝所にして、皆を一緒にすればいいのか? 考えてみれば慶次郎の言う通り、余計なことをせぬほうがいいかもしれんな。


「尾張の見物か」


「するでしょうな。御方様がたは自ら出歩くことを好む故に」


「なるほど」


 真面目にやればいずこに出してもやっていけるであろうに、気に入らぬ者には仕えたくないと言うのだから困った男だ。幸いなことに久遠家には文句もないようで働いてるからいいのだが。


「そういえば近江に文は出したので?」


「出したがあまり詳しいことは言うてない。ほら吹きと思われても騒ぎになっても困るからな」


 年の瀬も迫り、殿からは近江に帰省してもよいと言われたが、帰省はしないことにした。帰省して下手なことを言えば、騒ぎになるからな。


 言えるわけがなかろう? 連れてきた下働きの者まで当たり前のように腹いっぱい飯が食えて、金色に輝く酒や貴重な生の魚をよく頂いておるなどと。


 わしに長年仕えてくれておる者など、日々欠かさず殿と久遠家のために仏に祈ってるほどなのだ。死んでくれと言われても喜んで死ぬだろう。


 飢饉になり食うものがなくて、泣く泣く子供を捨てたこともあるのだ。


 それが尾張に来てからは御方様がたが子らを集めては、身分に関わらず読み書きを教え、甘い菓子を食べさせてくれておる。喜ぶ子らの顔を見られるのが皆にはいかほど嬉しいことか。


 確かに久遠家は人が足りぬが、あまり近江から連れてくれば、さすがに織田家中に懸念を持たれることにやもしれぬ。


 それに銭次第で平気で裏切る輩もおるのだ。要らぬ話は広めぬほうがいい。



 

side:久遠一馬


 みんなで集まったその日は結局、宴会になった。


 戦国時代は娯楽もほとんどないからね。資清さんたちも気を使ってくれたのか、あまり顔も出さずに自由にさせてくれたから楽で良かったよ。


 翌日の大晦日ものんびりと過ごすことが出来た。寝不足にはなったけどね。


 理由? 聞かなくても分かるでしょうが。男と女の行き着く先はひとつだ。ただし、いろいろな話をしたりもした。直に顔を見てゆっくりと話をすることが久々の子もいるからね。みんなと話が出来て良かったよ。


 でもね。あんまり楽な生活をしてると、このまま宇宙に帰って引きこもりたくなりそうだけど。




「明けましておめでとうございます」


 新年明けて天文十七年。元旦のこの日は滝川一族と郎党を招いての新年会だ。


 あと三日ほど自堕落な生活をしたら、戻れなくなりそうだし、予定していた新年会をすることにした。


 この時代の一般的なものとは違うけど御節料理も作ったし、お酒もたっぷりある。ついでにこの時代では何故か『いか』とか『いかあげ』という名前の凧とか、コマに羽子板とか遊び道具も用意した。


 滝川一族と郎党には子供も多いからね。お酒が飲めない小さい子供なんかにはちょうどいいだろう。


 でもあれだね。オレたちと滝川一族で三百人近くの人が集まると、さすがに広い屋敷も狭く感じる。


 オレはみんなの所に顔を出して、お酒を注いで歩いてるからいいけどさ。ただし、拝むのは止めてほしい。


「勝った奴には、この南蛮の葡萄酒を飲ませてやるよ」


「おお!」


 最初はみんな御節料理を食べるのに夢中になっていたけど、お腹が膨れると子供は遊び道具で遊び始めて、大人は酒が主体となる。


 ジュリアのやつ、一益さんとか滝川一族の男衆と博打なんか始めているし。サイコロでやる丁半博打みたいなやつだね。


 まあ、お金は賭けていないみたいで、勝ったらお酒をあげているだけだからいいけどさ。あまり変なことを教えないでほしい。


 他でも飲み比べをしたり、囲碁とか将棋に先日作ったリバーシをやったりとみんな自由に楽しんでいる。


「ロボ。美味いか?」


 我が家の大切な家族であるロボにも、犬用の御節料理を作ってやったからバクバク食べているよ。


 ウチで一番元気なのはロボだね。寒さにも負けずに屋敷の庭を走り回っているし。まあ最近はオレたちのいる室内に入れたりしているから、火鉢の近くで丸くなってお昼寝していることも多いけど。


「いくぞ!」


「任せとけ!」


 ああ、庭では滝川一族の子供たちが凧揚げを始めたみたい。


 みんなウチに来た時はガリガリに近かったけど、尾張に来てからはちゃんと食べさせているから、栄養状態が良くなっている。


 早いほうが覚えもいいから、勉強も教えてるしね。将来が楽しみだ。


 他に滝川一族の女衆とウチの女性陣は、大半がおしゃべりを楽しんでいる。意外にこの辺りは時代が変わっても同じなのか。


 その後夕方近くになるとお開きになり、若い男たちはそのまま清洲に遊びに行くらしい。


 目的はまあ聞かないでおいた。若いんだしね。ただ、病気とかもらってこなきゃいいけど。


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