天文17年(1548年)

第六十六話・新年会

side:久遠一馬


 年が明けて二日目となるこの日は、新年の挨拶のために清洲に来ていた。


「やっぱり清洲は違うね」


「そうでございますな」


 オレは一益さんと数人の護衛と共に清洲に来たけど、清洲には早くも津島や熱田の商人が進出しているせいか、賑わいが凄い。


 信秀さんは旧来の清洲の商人の商いを許したけど、津島や熱田の商人も呼んだらしい。


 この時代だと商業は、どうしても寺社の領域で行われることが多い。理由は寺社には様々な特権があることや、強力な武力で守られていることなどだ。


 清洲は商都ではないものの、人口が多いので当然ながら商人もいる。そんな清洲の商人たちは既得権を形成し、余所者を排除したりすることで利益を独占しているんだ。それが事実上の座として旧大和守家やまとのかみと結託していた。


 信秀さんは彼らを排除しなかったけど、自身と関係の深い津島や熱田の商人を入れることで、彼らの既得権を破壊したんだよね。


 旧大和守家の家臣には彼らに近い者もいるし、お金を借りたりしている人も多い。


 清洲を名実共に織田弾正忠家のモノとするために、信秀さんは旧体制の既得権を緩やかに破壊したんだと思う。


 実際、清洲の商人も一方的に損をしているわけではなく、織田弾正忠家の領内との商いは盛んになるし、上手くやれば津島や熱田に進出も出来るだろう。


 ただ、そうなれば彼らは旧大和守家の家臣たちと離れて、織田弾正忠家に従わねばならない。


 信秀さんは重臣以下の者には、気前よく所領を安堵した。でも代官などの役職は解任しているし、商人との繋がりを絶つ気なんだろう。


 楽市楽座とは違うけど、商業を重視する信秀さんらしいやり方で、旧大和守家とその家臣を従えようとしている。


 なかなかエグいね。伊達に守護代の下の地位で、尾張を事実上支配をしていたわけじゃないってことか。


 まあ、旧大和守家の家臣には不満を口にする者もいるらしいけど、彼らには纏めてくれる人も担ぐ御輿もない。


 旧大和守家の重臣は排除されているし、織田信友さんはその気はないようで隠居料と屋敷を貰い、清洲城下で悠々自適の生活を始めたみたいだし。


 一応信秀さんは相談役を打診したみたいだけど、器じゃないからと断られたらしい。どうも下手に相談役になって、暗殺されるのを恐れたみたいだけどね。 


 ジュリアとセレスが臆病な人だって言っていたし、下手な地位でまた厄介な立場にされるよりは、素直に隠居したかったんだろうね。


 元守護代の体裁を維持するだけの隠居料はあげたみたいだし、家を継がせる子もいない。気楽なもんなのかも。


 旧大和守家の家臣に出来ることは、戦で功績を上げるか内政で結果を出すかだ。ただ現状を見ればどちらも出来ない程度の人が、ほとんどみたいだね。こうして歴史の中に消えていくのかなって思う。




「明けましておめでとうございます。なんかまた知らない人が増えましたね」


「ああ、岩倉に近い者も今日は来ておるからな」


 清洲城はいつにも増して人が集まっている。


 オレはとりあえず信長さんに挨拶に来たけど、今日は織田弾正忠家の重臣や直臣ばかりではなく、岩倉の織田伊勢守家おだいせのかみけや、美濃の大垣や三河の安祥のほうからも来ているらしい。


「信用ならん連中だ」


「いいじゃないですか。皆、生きるのに必死なんですよ。それに挨拶に来るということはこちらを上だと認めていることですからね」


 信長さんもやはりまだ若いね。すり寄るように来た人たちに、あまりいい感情を抱いてないみたい。


 でも自ら上に立つとか野心がない以上は、誰かに従わなきゃならないし、挨拶に来るくらいは問題ないだろう。元の世界でも、ほとんどの人はサラリーマンとして企業に仕えており、自ら社長として事業を起こす人は少数派だからね。誰かに従うこと自体は悪いことではない。しかもこっちには守護様がいるんだ。仕える先としては悪くないんだろう。


 信用の有無より使える人材を集めなきゃならないし、いい傾向だと思う。




 新年の挨拶は上座に守護の斯波義統しばよしむねさんがいて、以下信秀さんや織田一族が並び、続いて重臣とそれ以外の人が並んでいる。


 オレの座る位置は後ろのほうだ。重臣の最後尾でオレの後ろには知らない人ばっかり。


 実権がない義統さんにみんなで頭を下げている姿は、少し理解に苦しむ部分もある。まあ義統さんに従う家臣もいないわけではないし、孤独には見えないけどね。


 冒頭に挨拶をした後は、すぐに料理とお酒が運ばれてきた。




「おお!」


「これはまた豪華な」


 料理は御節料理に似た縁起物の料理とお雑煮だ。


 鯛と伊勢海老があるし、椎茸・昆布・アワビ・鯨肉など豪華な縁起物の食材をふんだんに使っている。ああ、栗きんとんみたいな料理とかもあるね。


 味付けは醤油とみりんと砂糖を使っていて、お酒は金色酒だ。食材と調味料はウチが納めたものが大半だろう。


「なっ、なんだ。この味は!? 塩でも味噌でもない!」


「いかにやれば、かような味になるのだ!?」


 調理は城の料理人がしたみたいだけど、味付けは現代風のものにかなり近い。


 信秀さんとか信長さんには前々から醤油や砂糖を納めているし、醤油や砂糖を使った調理法も簡単にだけど教えている。あとは料理人が、信秀さんや尾張の人の好みに合わせたんだろう。


 この時代でも出汁を取る文化はあるし、料理もそこまで原始的じゃない。だけどそれはあくまでも上流階級の話であって、土豪や土豪に毛の生えた程度の国人が食べられるものではないんだ。


 塩や味噌はあるにはあるが、元の世界のような塩や味噌と比べるとまったく違う。保存の問題から魚介類も沿岸部以外では、干物や塩漬けが多く味も濃い。


 それが現代風の料理を出されるんだから、驚き騒ぐのも無理はないね。




「美味いの。同じ尾張ながら弾正忠家の飯は格段に美味い。悪いが大和守家の飯には戻りとうない」


「それはようございました」


「じゃが高いのであろうな」


「それを皆が食べられるようにするのが、某の役目」


 義統さんもご機嫌な様子で料理を食べている。前の料理はそんなに美味しくなかったのか? 信長さんの那古野城で食べている食事は何回か食べたけど、それなりに美味しかったけどな。


「役目か。流行り病に罹った子や老人までも、食わせるのが役目か?」


「御意。それが人の上に立つ者かと」


「戦で奪わずとも食わせてゆけるか。それが、そなたの強みじゃの」


 賑やかな新年会の中で、信秀さんと義統さんは和やかに話してる。本当に領民に食べさせるのが、この時代の武士の仕事なんだね。


 領民は病人や老人ですら食わせて、武士はこの時代では破格の味で持て成す。そしてそれを戦わずしてやれることに、周りは驚き畏怖している。


 それほど難しいことはしていないはずなのに、そのからくりを理解しているのはごく一部か。


 やっぱり家臣を育てることは必要だね。



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