第六十四話・年末と全員集合

side:久遠一馬


 天文十六年も残り数日となると、それぞれの家の年越しもあり清洲の件は年明けまで棚上げにされた。


 ウチはないけど借金の清算とか、あとは正月の支度とかでみんな忙しいからね。


 いろいろ世話になった津島神社と熱田神社には少しばかり銭を寄進して、信秀さん以下織田弾正忠家の重臣とか関わりがある人たちには、金色酒・鮭・昆布・椎茸に鯨肉なんかを贈っておいた。


 なにをどのくらい贈るかは、資清すけきよさんに頼んだ。織田家中の立場や地位に序列とか、いろいろあるみたいで調整が大変だからさ。


 あとは大掃除とか正月の支度とかも、みんなでやった。武家の当主は普通やらないみたいだけど、見てるだけってのもね。性に合わない。


 正直、元の世界ではあまり経験しなかったことだ。正月も特に準備とかしなかったからなぁ。




「面白いものを考えるな」


「碁とか将棋って、気楽に出来ないじゃないですか。遊びくらいは気楽にやりたいんですよ」


 そんな諸々の仕事を終えたウチでは、すでに最低限の警備を残して、家臣とか下働きのみんなに休暇を出した。お正月のための餅米・鮭・昆布・椎茸・金色酒なんかを支給して、滝川一族以外は尾張に実家があるから帰省させた。


 ウチの家臣はほとんどが信長さんの悪友だからね。最近は資清さんとかに教育されて立派に働いているんだから、胸を張って実家に帰ってほしい。


 信長さんのほうも小姓や護衛を最低限だけ残して、あとは実家に返したらしく、ウチに来てのんびりしている。


「確かに碁や将棋は面倒だが、これなら面白い」


 ああ、オレはちょっと余裕が出来たから、暇潰しにとリバーシを作ってみた。ただし色は白と黒ではなく、縁起を担いで白と赤にしたけど。


 自分で作ったからね。駒は木の板を丸く削り、赤と白の紙を貼っただけの簡素なものだ。名前はまだ付けてないけどね。


 囲碁とか将棋はこの時代にもあるけど、あんまり得意じゃないし頭使うから好きでもない。おまけにこの時代では統一されたルールもないんだよね。のんびりと楽しむにはリバーシくらいがいい。信長さんも割と気に入ってくれたようだ。


 他に気軽にゲームといえばトランプか。確かこの時代の頃に南蛮人が日本に持ち込むはず。量産して売り出すか?


 カルタとか花札もまだないしな。アイデアはいっぱいある。カードゲームはあってもいいかもしれない。




「殿。これはいったい……」


「正月だからね」


 そして大晦日を前日に控えた二十九日。家臣が減って静かな屋敷が賑やかになった。


 船でアンドロイドが全員やってきたからね。表向きは全員が妻として、正月のために故郷の島からやって来たことにしているけど。


 ただやはり人数が多かったんだろう。津島で騒ぎになったし、滝川一族のみんなも驚き唖然としてしまったようだ。


「そなた、本当は南蛮の国の王か、その嫡男ではないのか?」


「違いますよ。小さな島の領主というなら、その通りですけど。いろいろ事情がありましてね」


 騒ぎを聞き付けた信長さんは、割と真剣にオレの素性に疑問を感じたらしいけど、変な誤解はしないでほしい。


「元々は私たちの祖父母や両親は、遥か遠い異国から流れて来ました。ですが私たちがまだ子供の頃に、島の外から疫病が島に持ち込まれたのです。まず水夫が倒れてしまい、老人や女性だけでは手が足りず、島に残っていた若い男児も手伝い、病に倒れてしまったのです。殿と私たちは患者に接触しないように離されたので無事でしたが。その結果、男女の数がおかしくなってしまいましたので、島の纏め役で裕福だった殿に嫁ぐことになったのです」


「そうか。なかなか苦労をしておるのだな」


 説明に困ったからエルに視線を向けたら、なんとかこの時代の人に理解出来るように説明してくれた。


 ちょっと苦しい言い訳にも聞こえるが、信長さんや資清さんは納得してくれたらしい。




「全員が一度に来る必要あったのか?」


「なにかあるたびに新しい子が増えるよりは、一度に来てしまったほうがいいでしょう。人は慣れますから」


 宇宙要塞も小笠原諸島も、別に敵らしい敵はいないからね。バイオロイドとロボット兵を置いておけば、十分といえば十分なんだけど。


「ところで、この人は?」


 それとアンドロイドのみんなは、何故か船員じゃない偉そうなお年寄りの偽装ロボットを一緒に連れてきた。


 さすがにオレは見抜けるけど、知らないロボットだな。


「島の家老として新たに作った、タイプC型の擬装ロボットです」


「タイプC型って、AI特化型か」


「はい。さすがにそろそろ島から重鎮が挨拶に来なければ、不自然ですので」


 元がSFゲームだからか、ロボットもまたバリエーション豊富なんだよね。人類仕様の擬装ロボットは、肉体労働タイプのA型。戦闘タイプのB型。知的労働タイプのC型とある。


 どのタイプも日常会話や人に紛れて生活できる程度のAIはあるし、飲食も栄養にはならないが体内で分解出来る。


 信秀さんに挨拶に行くなら、C型のほうがいいのは確かか。




「私たち、歴史になんて残るのかしらね」


「さあ? 旦那さまは史実の秀吉以上に、女好きにされることは間違いないけど」


 みんなは初めての本土と尾張を楽しんでいるらしい。


 家老ロボットはそのまま貢ぎ物を持って、清洲に向かったけど大丈夫かね?


 屋敷の中では滝川一族の皆さんが大慌てになっている。一応事前に島から人が来るとは教えたけど、まさか百人以上も妻が来るとは思わなかったんだろうなぁ。


 妻の数は教えていたけど、一挙に来るとはオレも思わなかったし。


 別に放っておいてもいいんだけど。そういうわけにはいかないか。エルが説明に行くらしいので任せよう。


「秀吉以上の女好きって、嫌だな。酒池肉林みたいに言われるのか?」


「酒池肉林の意味には女性は含みませんので、酒池肉林とは言われないでしょう」


 アンドロイドのみんなは、歴史に名を残せるかもしれないからワクワクしているけどさ。出来れば止めてほしいなぁ。


 エルには冷静に言葉の使い方の間違い指摘されるけど。そんな場合じゃないよね?


 今更ながらに気付いたけどさ。百二十体って創りすぎだね。アンドロイド。宇宙要塞の維持と無人艦隊での行動とかを考えると必要な人数だったんだけど。


 まあこんなに妻がいると他家から嫁が来ないだろうし、それは楽でいいか。いろいろ秘密があるから、他家から嫁が来ても困るんだよね。


「うふふ。全員揃うと、よりどりみどりね」


 メルティも久々にみんな揃ったことで楽しげだ。


 でも、なにを言っているのかと思えば、夜のことか? エロゲーじゃあるまいし、ここまで多いと困るんだよね。本当。


 確かに一巡したし、最近は一晩の人数を増やしたけどさ。嫌いじゃないよ。でもバランスとか全員の気持ちとか考えないとダメだし大変なんだよ。


 ファンタジーみたいにステータス画面でも欲しいなぁ。




◆◆

 天文十六年の年末に、久遠諸島から久遠家家老が挨拶に来たと『織田統一記』に記されている。


 この際に一馬の妻が、久遠諸島から来たとの記載もある。正確な人数はこの時の記載にはないが、南蛮船で来た女性は百人もいたという話があり、後の記録から推測するに百二十人はいたと思われる。


 女性にはアジア系もいたがヨーロッパ系の女性も多く、太田牛一著の『久遠家記』や滝川資清が私的に残した『資清日記』には、南蛮からの流民を久遠家が保護して生まれた者たちだとの記載がある。


 この件は当時の人たちの間でも相当話題になったようで、久遠家とその保護した流民について、当時から様々な噂があったと伝わっている。


 中には流民たちは南蛮の王家の末裔で、一馬はその王家の継承者なのだという噂など、様々な噂があった。


 それらの噂は一馬の妻が高い教養を持ち、各方面で活躍したとの事実に基づいていて、現代でも一部で主張されている東ローマ帝国の末裔説の有力な根拠のひとつにもされている。


 もっとも久遠家は当時からそれらの噂を否定しており、明確な証拠はなにひとつない。


 ただし滅亡した帝国の末裔だと言えなかったのだと、語る研究者はヨーロッパでは多い。


 日本圏では、東ローマ帝国説は久遠家が現代でも否定していることもあり、俗説に過ぎないというのが定説である。


 そもそも歴史の学術研究の分野においても日本圏とその他は交流がほとんど持たれていないので、事実誤認や拡大解釈が多いという事情もある。



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