第五十九話・領地の問題と武衛様
side:久遠一馬
ああ、
領地は削られたけど、唯一重臣で許されたのは
河尻さんはどうやら清洲に自ら出頭して、自分は敗者なので裁いてくれと言ったらしい。ただ信友さんがわざわざ彼だけは助命嘆願をしたことと、女の忍びに負けたとの理由を隠さずに語ったことを、信秀さんが気に入り許されて仕えることになったみたい。
あとは小領の武士がいるらしいけど、そっちは織田弾正忠家の家中に親戚や縁者がいたりと様々らしく、許された者もいれば、追放された者もいる。少し聞いたが、あいにくと名前を知らない人ばかりだから歴史に影響はないだろう。
さて牧場を領地に貰ったけど、領地ということは自分たちで治めなくてはならない。エルたちと相談することにした。
「基本的な計画は変わりませんね。ただ領地として治めるのならば人が足りません。あそこは新品種の栽培法の研究や、
「足りないというのならば兵も足りません。現状では屋敷と私たちの護衛で精一杯ですから。この際、専業の兵士を百名は育てるべきです。戦に参加する場合に、小隊長となる人材が必要ですから」
「医師と看護師の見習いも欲しい」
エル、セレス、ケティと次々に意見を言ってくれるけど、どこも人手不足なようだ。まあ当然か。もともとオレたちはバイオロイドとロボット兵があることで少数精鋭の方針であり、尾張に来てからも積極的に人を増やしたわけではない。
領地ももらい、そろそろこの地に腰を据えて動くためには、人手が足りないことはオレでも分かる。
領地となる牧場予定地に関しては荒れ地と一部に沼や湿地があるけど、意外に広くてその辺の村よりは遥かに広い。現在は予定地と近隣の村との境界線に空堀を掘り終えていて、
牧場内の整地と牛馬の
「元々、人がいない場所だから既得権もなくて楽だけど、人は集めなきゃならないよな」
「土地は分けられませんからね。いわゆる小作人のような形で雇わねばなりません。賃金は小作人より良くしますが、それに納得して働いてくれる人を集める必要があります」
問題の人なんだけど、試験栽培も輪栽式農業も牧場も、効率を考えると土地を細かく区切って農民に与えるわけにはいかない。特に牧場は広い放牧地が必要だしね。
それにまあ農業の集約とか効率化に産業の多様化は、少しずつやらないと駄目だからなぁ。
「医師と看護師も育てないと駄目か。学校と病院でも作るべきかな?」
「そうですね。医師をはじめ医療従事者は確実に足りなくなります。清洲の平定により那古野はより安全になりました。この際、那古野に病院と学校を造り、新技術と新しい試みを集約するべきでしょう」
次に医師不足というか、この時代の医療レベルとケティたちの医療レベルの違いが地味に問題になり始めている。
昨日の戦でも火傷や怪我の応急処置をしたけど、臨時雇いの兵よりはオレのほうがまだマシなレベルなんだよね。
今のところはケティとパメラが主に織田弾正忠家の領内を対応しているけど、医療レベルの違いが噂になる前に人を育てないと、織田家の領地が拡大したら対応出来なくなるか。
「ただ、大工さんが足りなくないか? 清洲の焼けた家も再建が必要だろ?」
「それは順にやるしかないですね。擬装ロボットで建ててもいいのですが、それをやると今後あてにされる可能性があります。尾張の人で出来ることは任せるべきです」
来年の春までは病院と学校の建設は無理だな。
牧場のほうも厩舎と孤児院だけではなく、領民となり働く人の家とか管理棟も必要になるから大工さんは大忙しだ。
尾張には津島神社や熱田神社があるから、優秀な宮大工もいるけどさ。彼らも頼み込んで牧場や工業村の建築に参加してるほどだ。
織田弾正忠家は直轄地を中心に好景気になってるからな。ウチだけ優先でってわけにはいかない。
side:織田信秀
「終わってみれば、あっけないものよのう」
「はっ、まことに」
清洲の処遇も一段落して守護様が清洲城に戻られた。いかに勝敗が明らかとはいえ、一日で清洲城が落ちるとは思わなかったのであろう。守護様はいかんとも言えぬ表情をされておる。
「弾正忠よ、わしはいかがなる?」
「守護様は守護でございましょう」
「まっ、形はな。また城から出られぬのか?」
「いえ、某はそのようなつもりはありませぬ」
喜びとまで言えぬ表情なのはこの先の懸念からか。考えるまでもなく実権を与える気はないのだが。
されど城に軟禁する気もない。清洲方は守護様が他に行かぬように軟禁していたが、わしにはそのようなことをする気はない。行きたければいずこなりともいけばいい。
無論、粗末に扱う気はないがな。
「大樹も管領も相変わらずじゃ。連中は地方のことなど頭にない。守護が領地を奪われ滅んでも、己らに利が入り、必要とあらばあっさりと許してしまう。誰がかような者に忠義を誓うものか」
愚痴か。愚痴のひとつもこぼしたくなるのであろうな。側近も返す言葉がないのか誰も口を開かぬ。
「父は自らの力でやろうとしたが、今川に負けた結果が現状じゃ。ここでわしが過ぎたる栄華に夢を見れば行く先は父と同じか、それとも鎌倉の世の北条家のように滅ぶか。いずれにしても、この年まで戦に出たこともないわしでは結果は知れておるの」
「なにをお望みで?」
「恥をかかぬ程度の暮らしが出来ればよい。ただ鷹狩りくらいはしたいの」
「承知しました」
「そなたが尾張をいかに治めるのか、見届けるのも一興じゃろうて」
本当に肝が据わっておられる。時勢も見えておるし、頭も悪くない。
上を見ればきりがないが、下を見てもきりがない。守護が没落し実権を持たぬのは今時珍しくもないが、ここまで達観出来る者は多くはあるまい。
尾張を統一するまでは守護でいてもらい、頃合いを見計らい隠居して相談役にでもするか? なにか趣味のようなモノを見つけていただければそれが一番いいのだが。
「殿。いかがでございましたか?」
「当面は大丈夫であろう。鷹狩りに行きたいと言われたが、自ら実権が欲しいようではなかった」
「そうですか。では予定通りに今夜は金色酒と鮭や椎茸で、夕食をお出しします」
守護様のことは一応上手く収まった。後は酒と食べ物で以前との違いとわしの力を見せるか。
聞けばまだ金色酒も飲んだことがないとか。清洲にも随分出回っておるはずなのだがな。
信友も大膳もつまらぬところでケチるから、不興を買うのだ。
あとは守護の体裁を保つ銭を与えれば今は良かろう。
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