第六十話・虎が仏となるころ

side:斎藤道三


「清洲が落ちたか」


「はっ。守護代は隠居。重臣も討ち死にか切腹したようでございます」


 一族に甘い信秀にしては思いきったの。大和守家が愚かだったことを加味しても早いわ。


 やはり動かずに良かったわ。


「なんでも雷のごとき轟音を響かせて、城を落としたとか」


「いかなる手を用いたのか気になるの」


「はっ、では探らせまする」


 清洲を手中に収めて守護代を隠居させた事実は、城ひとつ以上の価値がある。信秀がいよいよ尾張統一の大義名分を得たのだからな。


 大垣おおがきの政も上手く行っておる。銭と糧食を民に分けて賦役ふえきをするなど愚かと美濃者は笑うておったが、今では顔が青くなるほど大垣と周囲の国人衆は信秀に懐柔された。


 上手い手だ。民を直に釣ることで領主を操るとは。とはいえそれが出来るのは、信秀に銭と力がある証。


 知多半島の水野も臣従し、三河の安祥城あんじょうじょうの後方も磐石となった。楽ではなかろうが、とにかく押さえた領地を治めることに腐心しておるか。


「噂の南蛮人連れはいかがしておる?」


「那古野近くの大掛かりな普請と、流行り病の差配をしておる様子。先日の戦にも兵五百ほどを率いて出陣しております」


「ただの物好きな南蛮渡りではなかったか」


 困ったの。南蛮渡りは、虎に翼を与えたということか。


 向こうから攻めてくるのならばやりようはあるが、こちらから攻めるのは避けたいの。大垣は取り返したいが、万が一負けると状況は更に悪うなる。


 美濃でさえ、わしよりも信秀がいいのではと考え始めた者もおろう。病に侵され捨てられた年寄りと子を受け入れ、粥と薬を与えたと聞いた時はわしですら信じんだが、今や信秀は仏のようだと美濃でも評判だ。


 現状でも織田に降った国人衆と領地を接する、こちらの国人衆の動きがいささかおかしい。ひとつ向こうの村では飯が食えておるのに、己らの村では食えぬというのはまずい。


 小競り合い程度ならば、わしも信秀も相手にするほど暇ではないが。美濃国内には未だに守護を慕う者や、わしを疎み蔑む者が多い。


 無論、戦をして勝てばいい。だが万が一にも負けたら、わしが寝首をかれるやもしれぬのだ。


「信秀め。なにを考えておるのだ?」


「尾張を制することでは?」


 信秀が尾張統一に目を向けたのは確かであろう。だが懸念はそこではないのだ。奴の動きと考えが読めなくなった理由が分からぬことなのだ。


 奪うのではなく与えることで領地を治められるのならば、それがいいのは幼子でも分かる。されど与えるものは、いかにして手に入れる?


 確かに南蛮船の商いは儲かるのであろうが、それだけでやれることなのか? 明や南蛮船は博多辺りには来ておると聞くが。奴だけが得るものではないはず。


 分からぬ。わしには分からぬ理由で動いておる。それが分からぬ以上は、わしも清洲の二の舞になるやもしれぬ。知らねばならん。信秀がなにを考えておるのか、知らねばならんのだ。




side:久遠一馬


「そろそろだね」


 津島の屋敷の庭に植えたじゃがいもが、ようやく収穫の頃合いになった。元の世界と違い生育が少し遅かったけど、無事に収穫までこぎ着けることが出来たね。


 津島の屋敷の庭では、この日も召し抱えた若い衆がうすきねで酒造りの為の精米をしている。精米機がないから大変な作業なんだよね。本当。


「ほう。それが前に食った芋か」


「ええ。連作は出来ませんけど、寒い土地でも育ちます。いずれ日ノ本にも広めたいですね」


 まあ酒造りはいいとして、今日はじゃがいもの収穫だ。


 どうやら信長さんも参加するらしい。好奇心旺盛というか、とりあえず自分でやってみたいらしい。


「殿。かような話は、迂闊になさりませぬように。いずこで聞き耳を立てておる者がいるか分かりませぬ」


「ああ、ごめん。ごめん」


「くっくっくっ。八郎を見てると、爺がいかに苦労をしたか分かるな」


 ついでにじゃがいもの説明をしたら、資清すけきよさんに怒られたよ。機密にするべき情報を簡単に話し過ぎだって、時々注意されるんだよね。


 オレからしたら当たり前の情報だけど、じゃがいもの価値と情報はこの時代の人からすると驚くものらしい。


 無論、周りに部外者がいないかくらいは把握して話しているけど、それでも迂闊と言えるようだ。この時代では。


 信長さんにそんな資清さんとのやり取りを笑われつつ、みんなでじゃがいもの収穫をしていく。


 この時代の人には収穫は特に喜ぶべき出来事みたいだね。寒冷化したり台風や洪水で収穫出来ないことも珍しくないからか。


 ここも広い庭だから土地を遊ばせておくのももったいなくて、結構な量を植えたから収量も多い。




「せっかくだから、収穫したのをみんなで食べてみようか」


「それはいいネ。すぐに準備するヨ」


 大きい芋から小さい芋まで様々だけど、大きいのは保存用にして小さいやつは蒸してみんなで食べよう。


 少し前から拠点が那古野に移りつつあったんで、津島の屋敷を任せるために呼んだリンメイに準備を頼む。


 リンメイはアジア人をイメージした技能型アンドロイドだ。俗称として生産型とも言われていたタイプで、技術研究や開発生産が得意になる。


 見た目は二十歳くらいの黒目黒髪で、スレンダーな体型の白衣が似合い、ちょっと怪しげな研究をしそうな感じだ。


 専門は遺伝子工学になるけど食品開発も得意で、津島の酒造りを指導するために常駐している。


「これは塩辛か? こっちの白いものはなんだ?」


「バターという牛の乳で作ったもので、若様は前に料理で食べていましたよ」


 蒸した大量の小さなじゃがいもを、信長さんたちや屋敷で酒造りをしているみんなと一緒に、おやつ代わりに食べることにする。


 味付けは塩とバターとイカの塩辛。じゃがいもといえばこれだよね。バターはそのまま見せるのは初めてか。ウチの料理に使ったりしているから、信長さんたちは知らず知らずに食べてるんだけど。


 塩辛は現代のより塩分が多目だけどこの時代にもある。まあウチの塩辛は味を調整してるから、他のより美味しいけどね。


「これは美味いな! 里芋と違うが美味い」


「このバターってのいいな」


「某は塩辛が好みですな」


 収穫したてのじゃがいもだから、皮を剥かなくても食べられるし、じゃがいもの風味が感じられて美味しい。


 無論、ちゃんと芽になるところは取るように説明してある。


 味自体は少し置いておいたほうが、味が凝縮して更に美味しくなるけどね。ぶっちゃけ今回のじゃがいもはこの時代の品種じゃないから、収穫したてでも美味しい。


 少し肌寒いこの季節に熱々の新じゃがに、塩とバターや塩辛をつけてハフハフと頬張るのはいいね!


 津島の畑は連作出来ないから来年は無理だけど、牧場でも少し作りたいな。津島の畑は来年は大豆でも植えるか? ビールも作って、来年の夏には枝豆とビールを飲みながら涼むってのもいいな。


 こういう楽しみはかつてはなかった。なかなかいいもんだね。


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