第五十八話・清洲落城
side:坂井大膳
「たわけ! 何故もっと町に火を付けなかった!」
「油もないし、敵の多さに兵が逃げ出したのだ! 仕方ないではないか!」
町に引き込み、乱取りをしておる最中に火を放ち、敵を退けることも出来ぬのか。最後の策だったというのに。
味方の兵は五百を切った。町の外に布陣した信秀の軍はおよそ三千から五千。火付けをさせた味方の兵は半数が逃げ出した。
あとは籠城するしかないな。幸いなのはもうすぐ日暮れ。それまで耐えれば一息つけるであろう。
「なんだ!? 地揺れか!」
「申し上げます! 敵方から投石と思わしきものが城内に撃ち込まれました!」
「投石だと!?」
「詳細は不明です!」
「ええい。役立たずどもめ! わしが確認しに行く!」
味方の士気は低い。さらに籠城することさえ難しい程度の兵しかおらん。
そんな状況で突然、聞き慣れぬ轟音が響くと、地揺れのように揺れた。
いったいなにがあったのだ!?
「申し上げます! 敵方の攻め手により城壁が破壊され、坂井甚介様討ち死に!」
「なんじゃと! もう堀を越えられたのか!?」
くっ、甚介が死んだだと!?
こうなれば、わしが直に行くしかあるまい!
「これはいったい……」
城壁が破壊されたことからは、信秀の兵がすぐに見えた。
だが正面におるのは誰ぞ? 見知らぬ旗印だ。青地の布に、なにか絵のようなものが書かれておるが、……あれは船か?
「殿ー!」
理解出来なかった。目の前で起こったことが。
無数の矢と鉄砲と同時に飛んできた大きな丸いものが、先程までわしがおった館を打ち壊した。
「あれは……なんだ? これはなんだというのだ……」
これが戦だというのか? これでは籠城も出来ぬではないか。
信秀はいったいなにをしたのだ!!
side:久遠一馬
大砲が撃たれるたびに、味方からは歓声があがり、敵からは混乱の喧騒と悲鳴が聞こえる。
正直あまり気持ちがいいもんじゃないね。とはいえオレがこの程度で一喜一憂するわけにはいかない。
家臣もいるし、ウチを信じて兵として志願してくれた人たちもいる。命を懸けて戦ってくれている人たちのために、オレは平然としている必要がある。
「お味方、弓と鉄砲も投入して一気に決めるようですな」
資清さんはさすがに落ち着いている。やはり慣れているんだろうか。町を焼くなんて暴挙をしてなきゃ、気持ちが少し揺らいだかもしれない。
もうすぐ日暮れだ。信秀さんは弓と鉄砲も投入して、一気に決めるつもりのようだ。
城門もさっき破壊したし、そろそろ兵を突入させてもいいんだろうけどね。
「あいつ偉そうだね」
ウチの鉄砲と弓も当然それに参加するんだけど、ジュリアも混じっていて、特製の強弓で狙い打つつもりらしい。確かに雑兵よりは身分の高い武士を狙って、早く終わらせてほしいよ。
清洲方は日暮れを目前に降伏した。
やはり大砲で心が折れてしまったようで、兵たちが次々と堀に飛び込み逃亡を始めては、どうしようもなかったみたい。
信秀さんはそのまま清洲城に入城して勝鬨を上げた。
「凄まじい威力だったな! おかげで手柄を立て損ねたぞ!」
「あの状況では誰がやっても、結果は同じでしょうけどね。大砲の運用を試せたのはよかったです」
清洲城は稲葉山城などと違い堅固な城とは言い難いが、それでも史実では信長さんも兵の数が違うものの、力攻めを出来なかったはず。
それが大砲であっという間に降伏したことで、味方は大喜びだった。
信秀さんは城にあった米や銭を、乱取りを禁止した代わりの報酬として兵たちに分配すると宣言して、一気に兵の信頼を勝ち取っている。
オレたちも見てきたけど、米は結構あって兵たちも満足するだろうと思う。
「アハハ! 初陣で試しただと!? これは面白い!」
オレはみんなから大砲のことで声をかけられ、特に信光さんには何故か分からないけど、ご機嫌な様子で背中をバンバン叩かれながら誉められたよ。
「さて、申し開きがあれば聞こう」
「わしは先代から仕えた
翌日になると城門や城壁に館も一部破壊された清洲城にて、首実検と評定が行われることになった。
味方は坂井甚介と織田三位など清洲方の重臣の半数以上を討ち取ったらしい。ほとんどは弓と鉄砲で討ち取ったようだけど、坂井甚介は大砲の余波で吹き飛ばされて亡くなったみたい。
ただ敵の大将としてこちらが見ていた
「守護代様は隠居なさることになった。大和守家はわしに好きにせよと仰せだ。それほど大和守家に尽くしたいならば、大和守家を終わらせた己は腹を切るがいい」
守護代の
オレは直接聞いていないけど、どうやら信友は大和守家に未練も愛着もないみたいだ。ただし、実家の
坂井大膳の命乞いもなく、信秀さんは誰に遠慮する必要もなくなったんだろう。
「最後にひとつ聞きたい。城を打ち壊したあれはなんだ?」
「大砲だ。鉄砲を大きくした代物と言えば分かるであろう」
「なるほど。やはり南蛮の品か」
毅然とした態度を崩さない坂井大膳の切腹前の最後の言葉は、大砲についての質問だった。
史実でも清洲を織田信長に取られて今川に逃亡したとされるが、以後歴史に名前は出てこない。
無能ではないものの有能でもなく、時勢も読めない。多分、今川家でも使いどころがなかったんだろうね。
「わしは清洲に移ることにする」
坂井大膳は切腹後、首を晒されるらしい。好きだね。この時代の人。首を晒すの。
その後、論功行賞が行われた。
一番手柄は、守護と守護代を清洲城から連れ出した信光さん。ジュリアとセレスのことは、ややこしくなるから秘密にしてもらった。
他も何人かの人は、清洲の町を制圧する際に手柄を立てていて褒美を貰っている。今回はあまり大きな手柄がなく信光さんの所領が僅かに増えた以外は、みんな銭による褒美みたいだね。
一日で終わった戦だしなぁ。大砲と火縄銃と弓で降伏をさせたから、大きな手柄がないのかも。
「最後に一馬。そなたは三郎からあとで褒美を取らす。あの大砲は使えるが、とにかく銭がかかる。それを加味して考えねばならぬからな」
最後にオレの番になったと思ったら、後回しにされちゃった。そういえばオレって信長さんの家臣だったね。いろいろあって忘れていたよ。
「かず。領地をやる。牧場村だ。どうせお前たちにしか使えん村だ。そのほうがよかろう」
「ですが、あそこも普請に多くの銭を使ったはずですよ。よろしいのですか?」
「新しく領地をやっても管理出来まい? それに上手くいって銭になると分かってから与えると、煩い輩が出てくるからな。今なら誰に憚ることもあるまい。近頃まで荒れ地だったのだ」
評定も一段落して那古野に戻ったオレに、信長さんは今回の褒美をくれたけど少し予想外だった。
「確かに焼かれた村の再建もありますし、新しい領地を貰っても困りますけど。でもあそこも落ち着けば、利益は他より確実に出ますよ」
「構わん」
「私は銭の加増でいいんですけど」
「そうもいかんのだ。領地を与え過ぎても煩いが、与えなくても煩い。要は次に己が手柄を立てた時に、貰えぬ理由になるのを嫌がる」
「出来れば土地は殿と若様で治めていただき、家臣は銭の禄を増やすほうがいいんですけどね。土地と違い銭は裏切ったら貰えませんから」
「親父もそれは分かっている。清洲から取った領地はほとんど直轄領にしたしな。三河から美濃まで治めねばならんのだ。領地が足りんのは確かだ。しかし今はそなたに領地をやらねばならん」
うーん。牧場は確かにウチが管理しないと駄目だしね。那古野から近いから手間も増えない。悪くないか?
領地は要らなかったんだが。いっそ一旦貰っておいて、頃合いを見計らい返上する仕組みにしたほうがいいかもしれないな。
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