第二十九話・賦役の日々

side:久遠一馬


 何事もやってみるもんだね。土木工事に参加して十日ほどになるけど、おかげで打ち解けて話せる人が増えた。


 今までは大橋さんや商人とか信長さんの悪友以外は、オレを少し怖がるような人もいた。氏素性も怪しい余所者だ。仕方ないとは思っていたけどね。


 それが、一緒に作業をしていると反応が良くなった。


 よく考えたらガレオン船を持って、見たこともない外国人を連れてるオレって、一般の領民からしたら未知の怖い存在だったのかもしれない。


「ありがとうございます」


「二日はそのままにして」


 そして数日前には工事現場に付き物の怪我を治療する救護所を作ったら、これがまた評判がいい。


 織田家の陣幕と天幕を借りて即席のテントを作り、救護所にして無料で治療している。大半はかすり傷とか小さな怪我だ。傷口を消毒して綺麗にすればいいだけだし、手間もあまりかからない。


 織田家の評判も上がるし、オレたちも領民と打ち解けて一石二鳥だね。




「あの南蛮漆喰は凄いな」


「遙か西の、今は滅んだ国にあったものらしいですよ」


 あと川辺のところは治水の実験と職人の反応を見ることも兼ねて、一部をローマン・コンクリートで補強をしている。怖いのは水害と地震だからね。見た目から南蛮漆喰なんて呼び方が定着化しつつあるけど。


 機密保持のために、材料の内訳は今のところ職人にも秘密にしている。治水は特に日本列島の課題のひとつだからね。


 ただし、治水をするならば、史実を参考に河川の流れを変えるべき場所もあるし、遊水地やため池の設置に堤防造りとか、単純にコンクリートで補強していればいいわけでもない。


 まあ大々的にコンクリートを使うなら、将来的にはセメントを使ったほうが効率は良さげな気もするね。


 今回はせっかくなんで、多少失敗してもいいからと、職人の練習と実験を兼ねてこの時代でもできる新技術を少し使ってみているんだ。


「若。少し妙な連中がうろついてますな」


「どこの間者だ?」


「清洲の者は分かりますが、他は分かりませぬな」


 そんな話をしていると政秀さんが信長さんに気になる報告をしていた。大規模な工事をしてると、当然ながら他から注目を集めるようで、周囲に間者、いわゆるスパイが来ているらしい。


「大方、城造りだと勘違いしておるのだろうが……」


「見ただけで真似できるものではありませんよ」


 この時代に大規模な堀を掘るのは、城造りとか寺社造りくらいしかないんだろう。織田家がやるなら城造りだと勘違いして探りに来ているみたい。オレには分からないけど、政秀さんが目星を付けた者がいるようだ。


「では追い払っておきまする」


 明確なスパイとして敷地内に侵入でもすれば斬り捨ててもいいのかもしれないけど、現場の周囲には見物人や物売りに娼婦なんかが集まっているんだよね。


 先日の泥棒の時もそうだったけど、地元の人とそうでない人は見分けがつくみたいで、素性を確認して更に怪しげなら捕まえるか追い払うかのどっちかなんだろう。


「物騒ですね。おかげでウチも人が増える一方で」


「お前たちは少なすぎだ」


 ああ。商人から勧められていた女中は十人ほど雇った。


 あれ実は妾として勧められてたみたいだけど、妾じゃなくてエルたちの付き人と屋敷の雑用に雇っている。いわゆる奉公人という扱いだ。


 妾は要らないよ。百二十人も妻がいるのに。


 エルたちの場合は普通の商家や武家の奥さんと違い、今みたいにオレや信長さんと出掛けて現場で仕事とかするからね。外出時には女性の付き人と護衛がいる。


 雇ったのは商家から妾でなくてもいいならと紹介してもらった人と、ウチで雇った信長さんの悪友の家族や親戚の後家さんだ。


 エルたちも形式的には武家の嫁になるから、侍女とまではいかなくてもお付きの女性は必要みたいなんだよね。


 今のところ織田家家中との付き合いはないけど、今後は少しずつ付き合いも出てくるだろうし。


 尾張に来た頃は、オレとエルたちだけで散歩したり釣りしたりしてたんだけどな。正直なところ、常に人が周囲にいることにはまだ慣れない。




side・滝川一益


「それにしても馬や牛を育てるとは……」


「うふふ。いい牛馬はいい子を産みやすいの。それに多くの子を残した方がいいのは、人も牛馬も同じよ」


 メルティ様・セレス様・パメラ様という殿の奥方様のお三方の供として、わしは尾張郊外の荒れ地に来ている。


 織田の大殿様による賦役をしておるのだが、造っておるのは南蛮の知恵で新しく牛馬を育てる場所だ。集められた者らは詳しく知らされておらぬので、砦でも造っておるのだと考えているようだがな。


「はーい、おしまい。今日は無理しちゃダメよ? この人には、簡単な作業をさせるようにしてあげて」


「はっ」


 それにしても殿の奥方様は変わった御方ばかりだ。


 今日お供をしているお三方も見ているだけのメルティ様に、自ら領民を差配するセレス様。それと医術にて怪我人を診ているパメラ様と、それぞれ思うままにされておられる。


 現場の差配は平手様の家中の者がしておるが、日ノ本にない知恵の場を造るということで奥方様らでなくば分からぬこともあるのだ。


 南蛮では女が差配するのは、よくあることなのだろうか? それとも久遠家のやり方なのであろうか?


「お主ら、いずこの者だ?」


 それはさておき、気になるのは物珍しさから奥方様を見に来る者が集まってくることか。


 まあ珍しいことではないのだがな。なにかあると見物に集まる者はおるし、戦ですら見物に来る者はおる。されど明らかに近くの民ではない、他国の者が混じっているのは見過ごせぬ。


 手荒な真似はするなと言われておるので深追いはせぬが、十中八九はいずこかの間者であろう。


 素性を確かめるにしても、わしと今の家臣だけでは人手が足りず、いかんともしようがない。


「今の人たちは今川かしらね」


「お分かりになられるのでございますか?」


「少しだけあっちの人の訛りがあったわ」


「報告をしておきまする」


 怪しげな者は追い払って終わったが、相手の素性は意外に早く分かった。メルティ様が間者の言葉から、駿河訛りを感じたらしい。


 現場を差配する平手様の家中の方に報告をしておくか。特に急がねばならぬ話ではないが、今川の間者がすでに那古野近辺をうろついてるのはいいことではない。


 久遠家は人が足りずに伝手を使い雇ってはいるものの、言い方は良くないかもしれぬが、農民の子ばかりでは少し心許ないな。


 わしの文を見て、甲賀の里から益氏だけでも来てくれると助かるのだが。殿から支度金を驚くほど頂いた。まさか誰も来ぬとは思わぬのだが。はてさていかがするべきか。


 殿と奥方様らは己のことは己でしてしまう。武芸も嗜み、わしも武芸で勝てぬほど。されどもう少し人を召し抱えねば織田の若殿の面目もある。


 冬の前に来てくれるとよいのだが……。



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