第二十八話・千里の道の第一歩
side:久遠一馬
結果だけ見れば味方は手傷すら負わずに泥棒を始末出来た。
何人か生きたまま捕らえたけど、食うに困り他国から流れてきた者たちのようで、尾張でも珍しくはないらしい。
ああ、政秀さんが泥棒を見極めた理由は単純な話だった。乾燥途中の稲をあのような男ばかりで担いでいくのは、まず泥棒だという経験則からくる判断らしい。
事実、政秀さんが馬を走らせたら警戒したので、一喝したとのこと。政秀さんが有能なのは今更だけど、尾張はオレが思う以上に治安が良くないのかもしれない。
この時代は知らないけど、史実の織田信長の時代は戦国時代にしては治安が悪くなかったはず。
ただ、領主がいるこの時代だと場所によるんだろうな。今後の課題になるかも。
尾張の稲刈りもほぼ終わる頃になると、信秀さんは高炉を中心とする工業村と牧場の建設を始めることにした。
動員されたのは信秀さんと信長さんの直轄領の領民で、名目は賦役ではあるものの報酬が支払われることになった。
これは公共事業のようなものだ。お金はかかるけど経済を回していかないといつまでも発展しないし。費用はウチも出す。
工業村と牧場の管理は、オレが代官の名目で任されることになっていて、利益の五割を納めることで話がついている。
建設に関しても命令を出したのは信秀さんだけど、実際に建設を差配するのは政秀さんで細かな指示はオレたちが出さねばならない。
報酬に関しては多すぎず少なすぎない範囲で、政秀さんと話し合い決めた。
銭に関しては、現状では宇宙で鋳造を始めたばかりの段階だ。ウチも大量に領民にばら蒔くほどはないし、領民も銭よりは現物がいいという意見もあるので、当面は米に大麦や蕎麦に粟や稗などと塩を報酬として配ることにした。
「今日も穴堀りなんですね」
「貴重な場所なのだ。堀を掘らねばなるまい」
牧場も工業村も予定通り信長さんの直轄地の那古野郊外に作ることになったけど、最初は整地と工業村や牧場を守る堀を堀り始めている。
一部の者に津島で作らせた鉄製のツルハシやスコップを使わせて評判は上々だけど、絶対数がまったく足りていない。
工業村は動力に水車を使うので庄内川沿岸になる。水害防止のためにも防備のためにも堀で囲み堀から出た土で、堤防を堀の内側に造ることにした。
正直なところ重機が使えたらどんなに楽かと、思わなくもないね。
お年寄りから子供まで頑張ってくれているけど、まるで強制労働でもさせてる気分になる。みんな、どっちかと言えば喜んで参加してるけど。
「お昼の用意が出来ました」
「そっか。じゃあ、みんなに配って。お昼食べたら少し休憩にするから」
それと今回の賦役には報酬が出るからか、女の人も参加している。なので彼女たちには、お昼ご飯の支度をさせている。
「お前のやり方はよく分からん。報酬を払うのだ。もっと働かせたらどうなのだ?」
「休憩を入れたほうが、長い目でみれば作業は捗ると思うんですよね」
実はこれは予定になかったんだけどね。朝集めたら日暮れまで、ただ働かせるだけみたいだったから、お昼ご飯の提供と午前と午後に一回ずつ休憩を挟むように頼んである。
労働環境がどうとかまで考える段階じゃないけど、やる気を出してもらうためにも肉体的にも休憩は必要だろう。
こればっかりは、信長さんも理解出来ないみたいだけどね。
食事は、買い集めている米や雑穀を味噌で雑炊にしたものだ。ふたつの現場で千人以上働いてるからね。さすがに毎日米を炊いて出すのも大変だし、一般的な農民にはちょっといい食事程度になるようにした。
ちなみに信長さんは自ら志願して作業に参加しているので、信長さんのお供の皆さんとかオレも一緒に作業をしている。
お昼も同じ雑炊食べてるけど、正直味は微妙かも。不味いわけじゃないんだけどね。
料理自体は衛生指導も含めてエルたちが指導しているし、もうひとつの現場には一益さんとメルティやセレスを送っている。
地味だけど、こういう機会に食中毒とか起こさないような料理指導するのは必要だからね。
見上げるとうろこ雲と青い空が広がってる。
オレたちがこの空の先から来たなんて、誰も思わないだろうね。
「これは、作ったのか?」
「はい。鉄を溶かすための炉に使う煉瓦というものですよ」
「まるで石のようだな」
午後になると川舟を使って、早くも高炉に使う耐火煉瓦が運ばれてきていた。
まだ整地も終わっていないので、耐火煉瓦は高炉予定地に積み上げておくけど、新しい物好きの信長さんがさっそく興味を示した。
耐火煉瓦自体は焼き物職人だった人を雇い、こちらで指導しながら煉瓦を焼いてもらっていて、必要な個数が多いことから今も製造が続いている。素材は結局ガレオン船で運んだけどね。
出来れば現地で揃えたかったけど、誰の領地だとかどうとか国内はめんどくさい。商人に頼むにしても説明するだけで一苦労だしさ。本当なにをするにも大変だよ。
「南蛮には面白いものがあるな。城造りに使えぬか?」
「これ地揺れにあまり強くないんですよね。南蛮でも地揺れがない場所なんかは石とかで城を作りますけど」
「ほう。地揺れがない国があるのか」
「日ノ本は地揺れが多いと聞きますね。ない国は本当一生に一度もないことが、当たり前なんだとか」
煉瓦が固いからか、信長さんは城造りに使ってみたいようだけど。耐震性が今一つらしいから、日本にあんまり合わないんだよね。
使い方次第では、使えないこともないだろうけどさ。
しかし、ここ数日工事してて思うのは、大八車とか孤輪車っていうか猫車でも作ったほうが良さげな気もする。
荷物を運ぶ荷車がまったくないわけじゃないんだけどね。道路事情も良くないから活用というか、あまり使われていない。
工事に関しては、人海戦術が一番楽で手っ取り早いのは理解するけど。大八車とかあるだけでも違うはず。
ゴムを使ってタイヤ作れば、乗り物系は劇的に変わるんだけどさすがにね。
まあ工事云々言うなら、本当は鉄製のつるはしとスコップを人数分用意するだけでも違うし、そっちが先だけどね。
結局あれも欲しいこれも欲しいとなるけど、それを揃えるための高炉なんだよね。鉄が圧倒的に足りない。
実際作業が遅いと感じてるのは多分俺だけだし、他はむしろ早いとすら感じているかもしれないけど。
食事も出るし報酬もあるから、みんなやる気になって頑張ってるんだよね。
春までに牧場と工業村を完成させれば、いいってことかな。
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