第三十話・滝川一族現る。

side:滝川資清


 彦右衛門から文が届いた。便りがないので案じておったが、尾張で仕官したのか。良かった。本当に良かった。


 されど、禄が百貫とは驚きだ。仕える主は南蛮船をいくつも持つ御方だと書かれておるが、南蛮船とは堺や博多に来ると噂の異国の船のことか?


 人を幾人でもいいので寄越してほしいとあるが、確かに百貫も頂いたのに小者の一人もおらぬのでは、恥をかくであろうな。


 さて、誰を送るか。我が滝川家は所領はあるが、食うのが精一杯の土豪でしかない。


 一帯を治める六角家は由緒ある家柄で力もあるが、我が家のような直臣でもない土豪では、立身出世どころか暮らしていくことすらままならぬ時さえある。


 彦右衛門も表向き追い出したことにしたが、実のところ外に出たがったのは彦右衛門なのだ。今の暮らしより楽になるならば望む者はそれなりにあろう。


 ひとつ気になるのは、わしさえよければ一族郎党すべて受け入れるとあることか。


 彦右衛門の主。久遠様は日ノ本の出でないとか。久遠様からも仕官を誘う文と支度金として良銭が見たこともないほど届いたのだ。我が目を疑ったわ。


 さて、いかがするか。一族の主立った者を集めて話さねばなるまい。まさかこの歳で新たな仕官を考えることになるとは。


 今年も米の実りが良うない。このままではまた一族の者を外に働きに出さなければならなくなる。


 ならば、いっそのこと……。




side:久遠一馬


 秋も深まったこの日。賦役の現場から那古野の屋敷に戻ると、見慣れぬ団体さんが屋敷で待っていた。


 お年寄りからまだ乳飲み子までいる団体さん。百人以上は軽くいるな。


「某、滝川資清すけきよと申します。近江の甲賀郡から参りました。久遠様の御尊顔を拝謁する機会を頂きまして、まことに恐悦至極に存じます」


 歳の頃は三十後半だろうか。真面目そうな人が代表をして名乗ってくれた。


 そろそろ来る頃だったから、到着したら屋敷に上げて休んでもらうようにしていたんだよね。


「よく来てくれました。ウチに仕官してくれるんですよね?」


「はっ。よろしくお願い致しまする」


「歓迎します。細かい話は後にして、今日はゆっくり休んでください。食事の用意をしていますから」


 彼らについては、一益さんが実家と文のやり取りをした結果、一族郎党で尾張に来ることになった。


 もちろん一益さんからは事前に相談されたんで、希望するなら全員を受け入れることにして支度金も出した。


 ひとりでなんでもやれるはずはない。史実の滝川一益だって、きっと一族郎党呼んだんだと思う。彼らは史実で織田四天王の活躍を支えた人たちなんだろうし、大いに期待している。


「殿、もうひとり来ました」


「もうひとり?」


「こら! 慶次郎! それはなんだ!!」


「猪ですよ。南蛮の者は肉が好きだとか。土産に良いかと狩って参りました」


 一族の代表者である資清さんも他の皆さんも、オレが歓迎したからかホッとした表情をしたけど。身の丈ほどある大きな猪を担いだ、体格のいいワルガキが屋敷に来ると表情を一変させた。


 うん。ちょっと待って。今、慶次って言った?


「どちらさまで?」


「申し訳ございませぬ。某の甥の慶次郎にございまする」


 滝川の慶次郎って、まさか史実の前田慶次か!?


「美味しそう。貰っていいの?」


「もちろんでございまする」


「じゃ、解体するから手伝って」


「お任せを」


 傾奇者の前田慶次だよ。滝川一族の扱いは、傾奇者ってより変人扱いな気もするけど。


 一族のみんなが顔色を青くしてるのを見て、少し楽しげにも見える表情を見せた慶次は、猪を担いだままケティに連れられて台所に行っちゃった。


 一益さんは怒ったけど、滝川さんたちを出迎えるために同席してたジュリアは人目も気にせず大笑いしてるし。エルたちもクスクスと笑っている。


「本当に申し訳ございませぬ。後できつく言うておきます故、何卒ご容赦を」


「怒らなくていいよ。面白いじゃないの。若様が好きそうな手合いだし。他の皆様も、そんなに畏まらなくていいから」


 この時代だと本当、異端なんだろうね。へそ曲がりとも言えそうだけど。


「面白いね。鍛えてやるよ」


「ジュリア。程ほどにな」


 一益さんとか他の皆さんたちは、理解出来ないと言いたげな表情をしている。でも前田慶次は傾奇者でないと面白くないと思ってしまう。


 ジュリアなんか、某漫画みたいに強くしてやろうって考えてるようだし楽しみだ。




 滝川さんたちの家はすでに用意してある。主に那古野城下で、屋敷や一部は長屋になるけどね。


 ただ、今日はウチに泊まってもらおう。さすがにちょっと狭いけど、美味しいご飯とお風呂で旅の疲れを取ってもらいたい。


 布団はさすがに人数分はないし大半が雑魚寝になるけど、旅の途中は大抵そんな感じだから大丈夫みたい。


 まあこの人数をもてなすのは大変だけどね。テーブルはこの人数には対応出来ないし食器も足りないから、食器とお膳とかは那古野城から借りてきた。


「米だ。白い米だ」


「魚だ。なんの魚だろう?」


 お風呂は入るのに時間がかかるから、先に夕食にしよう。


 夕食は白米のご飯に焼き鮭と、この時期出回っている新鮮なきのこと高野豆腐の煮物に、漬物と味噌汁だ。


「それは鮭だ」


「こっ、これが鮭なのか!?」


「初めて見た」


「皆さん冷めないうちにどうぞ。お代わりはたくさんありますから」


 滝川さんたちは真っ白いご飯に驚き、誰も見たことがなかったらしい鮭を一益さんに教えてもらい、さらに固まっている。


 鮭は太平洋側だと関東以南で採れないから貴重なんだ。ウチは漁業で獲って塩漬けにして運んでいるから、たくさんあるけどね。


 この時代だと身分や立場で違いがあるみたいだけど、今日はみんながお客さんだから、滝川さんの郎党の人たちにもみんな同じ料理を出している。


「ほう。これが鮭ですか。なんと美味い」


 身分の低い人たちは食べていいのかと、一益さんや資清さんをチラチラと見ているけど、オレとエルたち以外で真っ先に箸を付けたのはやはり慶次だった。


 豪快に鮭にかぶりつくと、白いご飯を掻き込むようにして食べて、満面の笑みを見せてくれた。やっぱり慶次は面白い。


「ありがたや、ありがたや」


「いい冥土の土産になる」


 まあ、慶次はいいんだ。端に座ってる郎党のお爺ちゃんとお婆ちゃん、拝んでいないで食べなさい。冥土の土産なんて言わなくていいから。


 飽きるまで毎日食べさせたらどうなるのか、見てみたい気もするね。


「お代わりをお願い致す」


「フフフ。食べないと慶次に全部食べられそうだね」


 最初にお代わりをしたのもやはり慶次で、そんな慶次の様子に、半ば遠慮して食べてなかった人たちが触発された。ジュリアが煽ったのもあるけど。


 奉公人のみんながお代わりをあちこちに運び働いてくれるおかげで、エルたちもゆっくり食べられるんだよね。


 もちろん彼女たちにも、あとで同じ料理を食べられるようにしてる。余り物なんて可哀想なことはしないよ。


 食後は金色酒を振る舞って、お風呂に入ってもらう。


 でも、疲れてたんだろうね。ほとんどの人は、お風呂からあがると早めに寝ちゃった。


 数日はゆっくり休んでもらい、尾張とウチのことを知ってもらうことから始めよう。


 新しい仲間だ。大切にしないとね。




◆◆


 久遠家初代筆頭家老。滝川資清が尾張に来たのは天文十六年秋のことであった。


 『わしは甲賀で田畑を耕して生涯を終えるはずであった』という言葉を残した人物であり、武芸も用兵も並み以下であると本人が語ったという逸話も残っている。


 事実、甲賀においては名を知られるほどでもなく、久遠家仕官以前の記録はまったくといっていいほど残っていない。


 ただ、織田信秀には余人をもって代えがたいと言われ、忠義の八郎という通り名を得るほどの人物であり、久遠家には欠かせぬ人物であった。


 一馬は元々、独立勢力の跡取りであり、一説には戦国一の立身出世を果たした人物として知られている。




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