第十一話・変革の始まり
side:久遠一馬
「問題は仕官して、なにをするかだよね」
突然のことだったけど、仕官する以上は今後のことを考えないといけない。すぐにエルたちと相談することにした。
「まずは銅銭を作るべきかと思います。この時代の問題点のひとつに、良質な貨幣の不足がありますから」
エルが第一にあげたのは貨幣か。確かにあんまり質が良くないんだよね。オレたちも市に買い物とか行くので銭は手に入れたけど、使い減りしてすり減ったり欠けた
歴史としては知っていたことだけど、実際に見ると驚く。貨幣価値が定まってないしさ。これが正規の通貨だときちんと定めてもいないんだから。
この時代の貨幣は基本的に明からの輸入に頼っているけど、明からの輸入する銅銭の質が落ちたとも言われるし。日本国内でもあちこちで銭を私造していたらしいのは知っている。
結果として、貨幣が足りないのに悪銭や鐚銭ばっかり増えるもんだから、経済が回らなくなったとも言われる。しかも悪銭を大量に国内にばら蒔いたのは、足利幕府だった説もあったような。
まあ良質な貨幣を増やすのは、織田家の大きな力になるのは確かか。
「銅は貿易用として集めて、その銅で銅銭を造りましょう。この時代の粗銅は精錬技術が未熟なために、金や銀が含まれたままです。金と銀の抽出を合わせて行えば、利益は莫大になります」
「南蛮吹きか。確かにあれなら、この時代でもやれるか」
そこにさらに粗銅からの金銀抽出か。
「南蛮吹きは織田家にやってもらうか。オレたちばっかりあれこれやると、問題になりそうだし」
「それがいいと思います。銅銭の鋳造は、私たちと同時に織田家にもやっていただきましょう。技術を扱える職人は育てねばなりませんので」
そうか。人も育てないとダメなんだな。問題は今の織田家が信長さんではなく、父親である信秀さんが当主だということだ。説明するには南蛮吹きを見せないとだめだよな。その準備も必要か。
「次の船では献上品を主に運びたいと思います。あと船も増やしましょう。実際に蝦夷やルソンなどと、交易をしてみる必要もあります。ガレオン型の輸送船を十隻は建造するべきです」
「さすがに一隻じゃ足りないよね」
「船の数と交易ルートは秘密にしましょう。本物の南蛮人が来たら疑われるでしょうが。この時代だと密貿易だらけなので、誤魔化せますよ。東アジアに限定しても、すべての密貿易を掴んでる人なんていませんから」
後世の歴史になんと書かれるか怖いね。倭寇の一族とか書かれるのかね?
「そういえば史実通りだと、信長さんは尾張統一まで苦労するけど。どうしようか?」
「そこは史実に拘らなほうがいいかと。同じ流れにはまずなりませんから。ただ、三河の次の戦は、少し考える必要があると思いますが」
「ああ、負けるんだっけか」
「はい。第二次小豆坂の戦いが来年に起こればですが」
「三河かぁ。あそこ貧しくて一向衆ばっかりなイメージだな」
史実が当てにならないのか。信秀さんは三河が欲しいのかな? 個人的には尾張統一を先にしたほうがいい気もするが。まあ、それも簡単じゃないんだよね。身分があるこの時代だと。
なにはともあれ、信秀さんとは会ってもいないのでどうしようもないか。
「とりあえず伊勢長島と今川には積極的に品物を売りたいね。両方ともお金持ちみたいだし。金と品物の流れの主導権を握れたら、今川と一向衆を相手にでも優位に立てるはず」
「優位どころの話ではないですよ。堺や大湊もありますので、それほど単純な話ではありませんが。品物とお金の流れを多少でもコントロール出来れば相手の情報は筒抜けになりますし、戦の勝敗も戦う前にかなりの割合で決まりますよ」
「硝石は不味いよね。やっぱり絹とか木綿とか食べ物がいいかな?」
「お酒や甘味なんかが特にいいでしょう。売れる品物をリストアップしておきます」
普通にやったら無理でも、ガレオン船と運んできた品物があれば、長島と今川くらいなら品物とお金の流れをコントロール出来る気もする。
特に長島は織田家の鬼門だしね。上手いこと坊主の力を削ぎたいところだ。
まあそれが駄目でも、今川と長島のお金で織田家が富んで強くなるなら、悪い話ではないだろう。
side:織田信秀
「親父。南蛮船の主を召し抱えたぞ」
こやつが来るのはいつも突然だ。この日も突然来たと思うたら、なんの前触れもなくとんでもないことを言い出したではないか。
「ほう。よく仕えさせたな」
「ああ。武士にはないものの見方をしている。それに日ノ本の外を知る者たちだ」
南蛮船が津島に来て商人が住み着いたことも、三郎が会いに行っているのも知っている。
まさか召し抱えるとは思わなんだがな。聞けばまことの南蛮人は細君の方で、男は離島生まれだとか。
「甘くて美味いな」
この日、三郎が持参した土産は砂糖饅頭だ。
どういうわけか南蛮人の細君の作る菓子は、他の者の菓子とはまるで違う甘さと上品さがある。
「親父! この尾張と日ノ本に必要なのはあの者たちなのだ!」
家臣にうつけと言われても素行が直らぬ三郎に、周りは眉をひそめているが、わしはこのままでいいと思うておる。
ものの見方というならば、三郎もまたわしとも武士とも違うのだ。
「日ノ本か。まさか自らの力で戦乱の世を終わらせる気か?」
「ああ、そのつもりだ」
真っ直ぐな目をしておるな。確かな信念を持ち、戦乱の世を自ら終わらせたいと語る三郎に、期待しておる。
誰しも若い頃に一度は夢を見るものだ。気が付けば、わしはもう三十半ばだ。夢を見るには歳を取り過ぎた。
されど、三郎ならば……。
「好きにするがいい。だが五郎左衛門には、そなたの考えを話しておけ。他はともかく五郎左衛門だけは、そなたが本気ならば最後まで裏切らぬからな」
三郎の欠点は他者の気持ちを今一つ理解出来ぬことだ。
聡明な頭で自らの答えを持つが故に、己とまったく違う頭の悪い者のことを理解出来ぬことはいいことではない。
五郎左衛門を守役にしたが、この男は守役の五郎左衛門ですら自らの考えを語らず、納得させるということをせんのがまた問題だ。
はてさて南蛮人連れの男は、三郎になにを見せたのやら。
一度会うてみる必要があるか。
side:大橋重長
まさか若様が一馬殿を召し抱えるとは。
「大橋様にはこれからもいろいろとお世話になるかと思いますが、よろしくお願いします」
「一馬殿。なにをなさるつもりで?」
他の者がなんと言うか分からぬが、 わしが若様の立場でも同じく召し抱えようとするだろう。
南蛮船と交易から得られる利と知恵が手に入るのだ。されど一馬殿はなにを得るのだ? 地位や権威など欲しておるようには思えぬが。
「品物と銭の流れを変えてみたいなと、思っております」
「それは……」
「私どもには南蛮や明の知恵や技がありますから」
そうか!? 織田家と津島でより大きな商いをする気か!? 変わるぞ。南蛮船と南蛮や明の知恵や技があれば確実に変わる。
大湊を抑えて、津島が伊勢の海の交易を握ることも出来るはずだ。
やはり只者ではないな。この若さで、あのような大きな船を己の思うままに使えるわけだ。
「では、津島衆が力になりましょうぞ」
返事は早いほうが良かろう。他の者が一馬殿の力に気付いてからでは遅いのだ。
面白くなるぞ。今までかような大きな利をもたらす者が津島に来たことなどないのだ。
いかになるのか楽しみで仕方ないわ。
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