第十二話・尾張の虎
side:久遠一馬
仕官して半月ほど過ぎると、ガレオン船が津島に二度目の入港をしていた。
積み荷は織田家への献上品と、前回好評だった砂糖や胡椒に、今回は木綿織物を運んできた。
献上品にはお酒が必要かなと思ったんで、手軽にできる蜂蜜酒を献上することにしてる。後は絹織物・塩鮭・干し椎茸・昆布・砂糖と品数と量を多くした。
本当は信長さんに先に献上しようかと思ったんだけど、信長さんと相談した結果、献上品はすべて父親である信秀さんに献上することになった。
仕官の挨拶も献上品が届いてからということで、まだしていないんだよね。信長さんは信秀さんや周りを驚かせたいようなんだ。
「随分と持ってきたな」
「最初ですからね。驚かれるくらい、派手に贈らないと」
数日の荷卸しを経て、いよいよ信秀さんに献上しにいくことになった。献上品の運搬は大橋さんに頼んでいて、あんまりに量が多いので尾張中の馬借を呼んだようで、農閑期で良かったと笑いながら話してくれた。
「ふふふ。面白くなってきた」
「うつけに得体の知れない金蔓が出来たと言われるだけな気もしますけど」
「よいではないか。とことん言わせてやれ」
オレは献上品を運ぶ行列の先頭を、信長さんと百人ほどの兵と一緒に古渡城へ向かってる。
兵はすべて信長さんの悪友たちらしく、槍と鎧で武装をさせてる。名目は献上品の警護だけど、派手好きだから見せ付けたいんだろうね。尾張の人々に。
もしかするとうつけと陰口を叩く家中に対する、戦のつもりなのかもしれない。
「久遠一馬です。拝顔を賜り恐悦至極に存じます」
信秀さんの居城である古渡城に着くと、献上品の多さに城の者たちがざわついていた。信長さんはそんな者たちを無視して礼儀もなにもないまま、館の奥へと入っていった。
「ふむ。日ノ本の外の者と聞いていたが、挨拶は同じか?」
「あっ、いえ。挨拶は大橋様に教わりました。実は挨拶以外はさっぱりでして」
謁見したのは多分私室だろうね。オレと信長さんと信秀さんの三人で会っている。
確か三十代半ばくらいだと思うけど、貫禄あるな。今のところ好意的ともそうでないとも言えない。
得体の知れない男とは思ってるかも。
「なるほど。面白い男だ。その若さにしては、肝も据わっておるようだな」
実はエルからは下手に取り繕わず、普通にしたほうがいいって言われてるから普通にしている。
正直、怖さや恐れよりも、歴史上の偉人と会える好奇心が勝ってるかもしれない。
「何故、三郎に仕えた?」
「若様がなにを成すのか興味がありましたので」
「お前がその力になると?」
「そのつもりです。数年で織田弾正忠家の力を数倍にはしたいと考えております」
「くっくっくっく。うつけに相応しき、大ほら吹きにでもなる気か?」
「ええ。それは願ってもないことです」
探り合いや化かし合いで勝てる人じゃないね。でも数倍ってのは謙虚な数字なんだよ。上手くいけば数倍どころではないだろう。
ただ、意外に優しく接してくれてるのは理解している。多分信長さんのためなんだろうけど。
「実はやりたいことがありまして」
「ほう。なにをする気だ?」
「明との交易などに粗銅を日ノ本から売っておりますが、実は粗銅には微量の金と銀が含まれています。私どもにはそれを抽出する、南蛮渡りの技術があります。なので交易を名目に粗銅を集めて、金と銀を抽出しませんか?」
「それは……まことか?」
「はい。ついでにその金と銀を抽出した銅で銅銭を作れば、一石二鳥になります」
挨拶も済ませたし、さっそく南蛮吹きの話と銅銭の鋳造の話をしたんだけど、信秀さんは唖然としちゃった。
信長さんには一足先に説明して、快諾してもらえたんだけど。まあ、当然の反応か。
「とんでもない男を連れてきたな」
「金と銀の抽出は、明や南蛮の商人がやってることですし、銭の鋳造もあちこちでやってるでしょう。その真似事です」
「鐚銭と悪銭ばかりなのは理解しておるが……」
「信用出来る人を集めて、少しずつやってみてはいかがでしょうか? どのみち交易用に銀と銅が必要です。銅を集めて良銭を造らせれば交易にも使えます。織田家で処理出来ない分は、私どもの島でやりますから」
「拒否する理由はないか。無理ならそのまま明との密貿易に使えるということか」
言っていることはそんな難しいことでもないし、革新的な取り組みでもない。他でやってるいいとこ取りの二番煎じだ。
でも津島と織田家の経済力を背景にして、オレたちがガレオン船で運ぶ貴重な物があれば、その効果は計り知れないはず。
「そういえば澄み酒も造るらしいな?」
「本日お持ちした蜂蜜の酒とか絹とかと一緒に売り出すつもりです。長島の坊主とか今川とか、お金持ちが近くにいますからね」
「今川から銭を得る気か!?」
「酒は飲んだらなくなりますが、また欲しくなります。尾張に周りの国から銭が集まれば、それだけ織田家の力になるはずです。座が煩いので畿内には売れぬでしょうが、伊勢から東国までは十分やれるはずです」
「良かろう。やってみるがいい」
信秀さんの許可は意外にあっさりと下りた。
失敗してもあまり織田家に損失はないし、半信半疑だろうけどね。銭の力はよく理解してるのだろう。
この先のことを考えるとやるべきことは多い。
ただ、オレたちを信用してもらうには、交易品と粗銅の件を成功させて明確な成果を示すのが先だろう。
実際に明と密貿易までする必要はないし、貿易に使うために得る銀や銅銭を後で密かに尾張に流せば、尾張の景気はさらによくなるはずだ。
現状でも津島と大橋さんは味方になってくれるみたいだから、海から手をつけるか?
魚肥とか作れるように大きな網でも用意しようかな。
side:織田信秀
本当にとんでもない男を三郎は連れてきたな。
言っておることは理解するし、他でやっておることをやろうというだけだ。だが重要なのはそこではない。他でやってることを、正確に知っておることだ。
しかもあの男はものの見方が武士とも商人とも違う。三郎が気に入るはずだ。
もしあの男が本当にすべてをやれるのならば、むしろあの男よりもわしのほうが、ものの見方を考え直さねばならぬのやもしれぬ。
美濃での敗戦でわしも悟った。この先いくら戦に勝とうとも、わしでは美濃も三河も手に入れられまい。
勝っていれば従う者たちは、負ければ従わぬのだ。それでは駄目なのかもしれぬと思い知らされた。
一段落したら三郎とあの男にも、その辺りを考えさせるか。
わしには思いもよらぬ策を持ち出すやも知れぬ。
正直なところ、今まで多くの者に理解されなかった三郎が、その心中を明かせる者が現れたことが大きい。
三郎もあの男も若いのだ。無理をさせる必要もない。やりたいことをやらせておくべきだな。
◆◆
天文十六年、夏の終わりの頃。久遠一馬と織田信秀の対面が行われたことが『織田統一記』や『久遠家記』にある。
一馬が信秀との謁見に際して島から運んできた、献上品の品々とその量には津島の人々も驚き、信秀の居城である古渡城に運ぶために尾張中の馬借が集められたと記されている。
織田信長はその品々の輸送に自ら兵を率いて警護に当たったとも記されていて、都の朝廷や大樹もこれほどの品々を贈られたことはないであろうと噂されるほどだったという。
信秀と一馬の謁見は、信長を含めた三人だけで行われたとされ、具体的な内容は記されていない。
しかしこの後から久遠家は、津島を中心に商売を広げていったことから、交易を含めた今後の方針の話し合いが行われたと言われている。
日本で初めて粗銅から金と銀を抽出していたのが織田家だというのは周知の事実であるが、一説には一馬がこの時に伝えたとも言われていて、織田家が銭の鋳造をしていたことも含めて、久遠家が得た技術を織田家に伝えた結果だとも言われる。
ただし、それらは織田家の中でも長らく秘匿されていたこともあり、具体的な資料は一切残されておらず詳細は未だに不明である。
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