第九話・戦国の日々と信長の変化

side:一馬


 尾張に来て二週間が過ぎている。


 信長さんはよくウチに来るようになった。土産に鹿や猪に鴨などの肉が多いのは、南蛮人が肉を食べると噂になっているからかもしれない。


 大橋さんからも、肉が欲しい時は言ってくれれば調達すると言われたしね。


 家の改築は順調に進んでるし、庭の家庭菜園も広くないが出来たので、なにを植えるか考え中だ。


「楽しそうだね」


「はい。今ある食材でどう料理するか。考えるのが楽しいんですよ」


 尾張に来てから変化があった。まずエルが楽しそうに料理をしていることか。この時代では家事も重労働なのでみんなで分担しているんだけど、何故か火加減の難しいかまどでの調理や限られた食材で料理をすることに燃えている。


 そこまで長居する気もなかったんで、調味料と保存出来る食材を少しか持ってきていないんだよね。


「もう一番いくよ」


「いいでしょう」


 ジュリアとセレスは木刀や木槍などで武芸の訓練を始めた。ギャラクシー・オブ・プラネットには軍用の接近格闘術があるものの、この時代の武器と武芸に対応したものではないので改良するつもりらしい。


 メルティは趣味の絵を描きたいと言い出して、描き始めている。ケティはこの時代の人の暮らしについて興味があるらしく、大工さんたちにいろいろと聞いたりしているね。


 不便を楽しむというつもりもないけど、みんなそれぞれに生きている今を楽しんでくれているのは素直に嬉しい。




「これは美味い!」


「このピリっとくるのが癖になるな!」


 そして信長さんたちだけど、最初に来た時に大福を出したからか、すっかりウチに来ると美味しい物が食べられると味をしめた気がする。


 この日は猪肉のステーキを出してるけど、胡椒で味付けしたら評判は上々だ。


「そなたら、胡椒は高価なのだぞ。味わって食え」


 料理は基本的にエルとケティで作っているけど。この時代では貴重な砂糖やみりんにお酒などを筆頭に、胡椒や唐辛子などの香辛料も使っている。なのでウチの料理は別格なんだろう。


 信長さんたちにこんなに贅沢させていいのか、エルに聞いたんだけどね。どのみち歴史は変わるから、細かいことを気にしても無駄ですって言われた。


「かず。今日の菓子はなんだ?」


「今日はようかんですよ」


 ああ、オレのことはいつの間にか、一馬の名前からかずと呼ぶようになった。史実でも家臣にあだ名付けてたらしいし、まだマシかね。


「これがようかんか? 味がまったく違う。なめらかで甘くて美味い。砂糖も入っておるな」


「エルが作ったんですよ。エルは南蛮とか明の料理も作れますから、日ノ本のようかんと違うのかもしれません」


 そんな信長さんがウチに来たら楽しみにしてるのが菓子だ。元の世界の歴史にあったみたいに甘党だったらしく、特に甘いお菓子を喜ぶんだよね。


 今日は練りようかんだ。この時代にはなかったんだろうか? よく分からないから、エルが作ってると言って誤魔化しておいたけど。


「南蛮との商いはそれほど儲かるのか?」


「儲かりますけど、船が沈めば何もかも失います。お武家様が戦をするのと同じようなものです」


「やはり危険もあるか」


「まあ、そうですね」


 デザートに麦茶とようかんを食べた信長さんたちは、お腹いっぱいになったのかゆっくり寛いでいる。


 お腹が膨れたからか、信長さんは商いの話を始めた。本当よく海の向こうの明や南蛮の話とか、商いの話とかいろいろと聞きたがるんだよね。


 しかも信長さんは意外に商いの話に詳しい。この前に来た大橋さんが言ってたけど、商いの話をよく聞きたがることで津島では有名なんだってさ。


 困った時とか父親の信秀さんに話してくれた時とかもあって、津島の商人とは親しいみたい。


「かず。お前とオレとこいつらで、銭を稼げぬか?」


「若様の家は裕福だって聞きましたけど? しかもお城と領地があるんでしょう?」


「領地は爺が差配していてな。オレの勝手に出来る銭はあまりないのだ」


 元の世界の信長公記だと、確か若い頃の信長さんは、馬とか水泳とかやって鍛えてたはずだよね。しかも領主の若様が怪しい連中と働いてお金稼ぐとかダメでしょ?


「幾らか献上しましょうか?」


「そうではないのだ。こいつらは農家の二男や三男で、農繁期以外は暇をしておる。こいつらに銭を稼がせられぬかと思うてな。お前も船以外の稼ぎがあったほうが良かろう」


 遠回しにお金の無心をされたのかと思ったんで、気を利かせたつもりだったけど違ったらしい。


 確かに言ってることは正論だね。本当の貿易はリスクが高いから、他の稼ぎも欲しいとこだろう。信長さんと遊び仲間の収入にもなればみんな得するってわけか。


 みんな得するいい考えだけど、武士らしくない気も。でも史実の織田信長は、安土城で入場料取って見学させてたって逸話もある。ちょっとしたきっかけでこの時代でもそういう思考が出来るのかな。


「うーん。メルティ、なにかある?」


「うふふ。あるわよ。いろいろと。時がかかる物も、かからない物もあるわ。どんなのがいい?」


 いきなり言われても困るから、信長さんたちに麦茶を運んできてそのまま近くに座ってたメルティに話を振ると、意味深な笑みで逆に質問しちゃった。


「それほどやれることがあるのか?」


「ええ、あるわよ。そうね。今の時期から始めて早めに銭が手に入るなら、お酒造りとかどうかしら? 澄み酒なんかいいわよ」


「澄み酒?」


「濁ってないお酒よ。もうじき稲刈りだから、米を安く仕入れて造れば年明けには売れるわ。これは儲かるわよ」


 メルティのやつ、子供たちにお酒造り勧めちゃって。大丈夫なのかね?


「酒か。確かに好きな奴は好きだな」


「飲めばなくなるものだもの。幾らでも売れるわ」


「よし。かず。お前がこいつらを雇ったことにして始めてくれ」


「いいんですか? あまり勝手なことをすると、お立場が悪くなるのでは?」


 信長さんったら、メルティの話にすっかりその気になっちゃった。でも大丈夫なのかね? 大名の若様が商売なんぞに関わって。


「構わん。姿形だけ取り繕って威張ったところで、張り子の虎と同じではないか。お前たちを見てそれがよく分かった。稼げばそれだけ己の力になるのだ」


「まあ、そうおっしゃるなら。でも尾張に来たばかりのオレたちが、勝手なことをしてよいのですか?」


「親父と重長にはオレから話しておく。津島で造って尾張国内に売るなら構わぬ」


 決断が早いというかせっかちというか、まだよく知らないはずのオレたちの話を、そんなに真に受けて大丈夫なんだろうか。


 確かに酒造りは冬がいいし、ウチの屋敷には蔵があるからね。ちょっと準備すればこの冬の仕込みに間に合うだろう。




「メルティ。良かったのか?」


「大丈夫よ。お酒なんてあちこちで造ってるもの。清酒の歴史ははっきりしないけど、戦国期から出回るのは確かだもの。放っておいても誰かがやるだけよ」


 信長さんは話を具体的に進めるつもりらしく、土産に持っていくからとようかんを何本も持って帰っていった。最近来るとお土産に菓子を持ち帰りたがるから、多めに作ってるんだよね。


 まさか全部自分で食べてないよね? 食べ過ぎは身体に良くないって教えたけどさ。


「まあ蔵は空いてるし、いいんだけど」


「うふふ、恩ってのは売れる時に売るべきよ」


「メルティって、時々腹黒いよね」


 それにしても酒造りか。メルティは信長さんに恩を売る気らしい。まあ信長さんが現状に不満を抱えていることは確かだろう。


 あまり詳しく聞いてないが、本当にうつけと呼ばれてるみたいだしね。反抗期かな?


 うーん。信長さんと取り巻きの皆さんたちに多少お金が入っても、今後の歴史に大きな影響はないか。大橋さんに頼んで桶職人を紹介してもらわないと。


 あとウチに来ている大工さんたちに、蔵の中を改築してくれるように頼まなきゃならないな。


 適当に品物を売ってお金を稼ぎつつ、縁側で居眠りする日々を過ごすつもりだったのに、忙しくなるじゃないか。


 しかしオレたちの立場を考えれば、今のうちに信長さんに協力するのは悪いことじゃないんだよな。


 仕方ないから大橋さんの家に行ってこようか。






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