第八話・新生活
side:大橋重長
那古野の若様は、世間では大うつけとも呼ばれている。
確かにご自身の立場に相応しくない装束と態度で出歩くので、大うつけと呼ばれる理由も分からんではないが。
されど他の者は知らぬのであろう。若様が誰よりも津島での商いに興味を持ち、自ら足を運びあれこれと聞いておることを。銭や品物の流れから、商いのやり方すら覚えてしまわれておることに。
織田家中でも知らぬのが当然であるのだがな。
それに若様は今でも津島をよく訪れては、尾張領外のことを聞いておられる。
家中では元服もしておらぬ弟の信行様を後継ぎにと望む者がいると聞くが、津島に来ることすらない信行様よりは、若様の方が後継ぎに相応しいと私は思うのだがな。
少なくとも津島衆の中で若様を侮る者はおらぬ。若様の物覚えと勘の良さは津島の商人ですら舌を巻くほどだ。
いつ商人になってもやっていけるのでは、などと笑い話になることもある。
信行様はまだ元服すらしておらぬゆえ比べるのは可哀想であるが、品行方正で家臣が扱いやすいのだろう。
若様は一馬殿に興味を抱いた様子。これから一馬殿のもとに自ら足を運び、あれこれと話を聞きたがるだろう。
悪いお人ではないのだ。
鷹狩りや獣狩りをしては、獲物を皆に分けておられる。さらに貴重な酒や茶が手に入れば土産に持ってきてくださるのだ。顔の見えぬ信行様よりは、津島衆は若様に親しみを持っているだろう。
物事の見方が我らと他の家臣では違うので仕方ないがな。
あまり案ずるほどでもあるまいが、一馬殿の様子はしばらく見たほうがよいかもしれぬ。慣れない土地で若様の様子に困るやもしれんからな。
side:織田信長
ずっと知りたいと思うておった。あの広い海の向こうになにがあるのか。鉄砲を作り出した国はいかなる国なのか。
そんな折に尾張にやってきた者らは、立ち振る舞いからして他の者とまったく違う。武士とも坊主とも商人とも違う者らだ。
故に知りたかった。日ノ本の外のことを。
あの者らに尾張はいかに見えておるのであろうか。争い奪い合うばかりのこの国を。親父に従うと言いつつ、陰でこそこそと勝手なことをする家臣どもを。
親父は捨て置けと言うが、それでよいのか?
知らぬならば学べばいいだけだ。南蛮人と会うたところで親父は怒るまい。家臣らが騒いだところで今更なことよ。
「よし、獣狩りにいくぞ」
「獣狩りですか? 津島に行くんじゃないので?」
「南蛮人は肉を食うと聞いたことがある。津島でも魚は手に入るだろうが肉はあるまい」
土産は猪か鹿で良かろう。遥か南方から来る南蛮人は、魚より肉を好むと重長が言っていたことがあったはず。
昨日も戸惑うておる様子であったが、土産があれば嫌がることもあるまい。
side:一馬
夜の生活は、とりあえず反重力エンジンの飛行機でこっそりと夜に来て夜明け前に帰ることになった。ただ、島から定期便として荷物を今後も運んでくる予定なので、直にそっちに乗って尾張にくることになりそうだけど。
津島の屋敷については、当面生活するつもりで本格的に改築をすることにした。エルたちとお風呂の増築とかトイレの改築の話をしたら、あれこれと改築したいところが増えたんだよね。
台所も直したいんだってさ。あと部屋に畳を入れたいし、障子もこの時代では貴重らしくないところが多い。
それとオーバーテクノロジー関連のものは、可能な限り持ち込まないことにした。通信機とか最低限のものは持ち運べるし、いつここから撤退してもいいようにしないと。
大橋さんは信用出来そうな人だ。とはいえ用心に越したことはない。通信ひとつで数分後には迎えが来るように手筈は整っている。
「この庭さ。家庭菜園にしたらダメかな?」
屋敷をあちこち歩いて見ているけど、広い庭が気になる。前の持ち主が庭園にしていたようだけど、さすがにそこまでは手を付けていないので若干荒れて雑草が伸び放題になっているんだ。
「いいですよ。特に見栄を張る必要もありませんし」
エルと相談して、庭園にするよりは家庭菜園にしようと思う。かなり広いから、オレたちが食べる野菜とかは育てられるかも。
昨日、ジュリアとケティが津島神社で市が開かれているからと聞いて行ったんだけど、正直あまり野菜とかなかったんだ。山菜とか食べられる野草などの自生しているものがいくつかと、わずかな野菜しかなかった。
この時代ではまだ栽培されていない野菜も多く、また栽培していても田んぼの片手間でやっているようなものがほとんどらしい。
流通が未熟なことと食べるだけで精いっぱいな時代なので野菜栽培とかにはあまり力を入れていないようなんだ。
そうと決まれば草むしりだ。人に擬装したロボット兵を屋敷の下働きに使っているので、そのロボット兵とオレで草むしりをしよう。
草刈り機とか使えば早いんだけどなぁ。この時代だと草刈り鎌ですら割と貴重なんだよね。農具を見かけたけど、木製に申し訳程度に金属の刃があるだけだ。あれだと効率も悪いなと実感した。
「なにをしているのだ?」
「草むしりですよ。ここを畑にしようと思って……って、若様じゃないですか!?」
草刈り鎌を片手に草むしりをすること数十分。集中して居いたからか、気が付けば信長さんとお供の皆さんが、庭に入ってきている。
「用があるのならば、呼べば参りますよ」
「構わん。城は落ち着かんからな。そうだ、土産だ」
「あっ、ありがとうございます」
何事かと思えば。大きな鹿を一頭のお土産付きだ。お供の皆さんが四人で運んできたみたい。昨日の今日でまた来たのね。結構暇なんだろうか?
貰った鹿は台所に運んでもらい、信長さんたちは屋敷の縁側に案内する。
「麦湯か。冷たいな。南蛮でも飲むのか?」
「井戸で冷やしてたんですよ。南蛮で飲むとは聞いたことありませんね。私たちはむしろ日ノ本のほうが近いので、暮らしはこちらと似ていますよ」
来てしまった以上は、なにか出さないとダメかなと思ったら、エルが麦茶を出してくれた。
「若! この餅、甘いですよ!」
「うわ! 本当に甘い!」
「確かに甘いな。中身は小豆か? 何故甘いのだ?」
「砂糖が入ってるからですよ」
お供の皆さんは麦茶と一緒に出した大福を食べて驚いてる。エルがおやつに作ったんだ。エルの趣味は料理とお菓子作りだからね。
「ブフォ!?」
「さっ、砂糖!?」
「若! オレ銭持ってません!」
「いや、銭は取りませんよ」
この時代って砂糖は輸入しかしてない貴重品だからか、みんなこっちがビックリするほど驚いちゃった。元の世界だと砂糖って安いんだよね。それに料理にもお菓子にも砂糖がないと厳しいので持ち込んでいる。
「……いいのか?」
「どうぞ。大橋様に売った以外にも、私たちが使う分の砂糖は確保してますから」
さすがに信長さんは砂糖を食べたことがあるのかと思ったけど、意外なほど驚いてるね。甘い饅頭とかこの時代にはあったと思うんだけど。
「餅も柔らかいな!」
「ああ、その餅にも砂糖を入れてますからね」
皆さん麦茶と大福を食べながら子供みたいに喜んでるよ。って子供か。みんな十代半ばの子供だからな。
「あの、それで本日の御用件は?」
「うん? ああ、南蛮や海の話を聞こうと思ってな」
ひとりに二個ずつ出した大福をペロリと平らげてしまい、幸せそうに麦茶で一息ついてる信長さんに用件を聞いたけど。たいした用件じゃなかった。
南蛮の話って言われてもなぁ。
「そもそも何故、堺に行かなかったのだ?」
「他の人と同じことをしても、儲からないからですよ」
信長さんに堺に行かなかった理由を聞かれたけど、ごめんなさい嘘です。本当は貴方を見物に来たんです。なんて言えないよね。
「なるほど。商人も競い合うのだったな」
「単純に商いは、間に人を挟まないほうが儲かります。堺で売ったら尾張に届くまでに、輸送費やら通行料に関所の税やらが掛かります。しかし直接尾張に売ったら、差額は他人にはいきませんからね」
「うむ。確かにそうだな」
あんまり南蛮のこと聞かれても困るから、商売の話をしようか。これなら元の世界だと当たり前の知識で話せるし。
実際に大橋さんに売った値段は尾張の相場より高めに買ってくれたから、堺の相場よりはかなり高かったんだよね。
この時代はそもそも貨幣が不足してるから一概に言えないけど、あちこちで好き勝手に税を取るから物が高いんだ。品物の品質も良かったのもあるんだろうけど。
次に売る時は、尾張の相場より安く売るべきだろうね。どうせ宇宙要塞で作ってるから、元値はあってないようなものだし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます