第六話・交わる運命

side:織田信長


 変わらぬ日々。変われぬ日々にうんざりするわ。


 元服したとて、なにひとつオレの思うままにならぬ。すべては爺らが差配しておって、そこにオレの考えなどない。


 筆頭家老の林佐渡など、よほどオレが疎ましいのか陰で大うつけと蔑み、弟の信行を跡継ぎにしようと企てておるくらいだ。


 オレが知らぬとでも思っておるのか?


 家老という身分の分際でオレを理解し察することもせずに、己の思うままの主にしようとする。


 家中でさえ本当にオレのことを考えているのは、爺くらいであろう。


 装束がいかがだというのだ? 礼儀作法がいかがだというのだ? これはこれで役に立つのだ。まことに忠義をある者となき者を見定めることにはな。


「若。聞きましたか。津島に見たこともない黒い大船が来たみたいですよ」


「ほう。いつのことだ?」


「えっと、昨日と聞きました。なんでも大橋様が自ら屋敷に招いたとか」


 この日も城を出て、近くの川辺で小姓や気心の知れた者らと一緒におると勝三郎が面白き話を持ってきた。


 勝三郎は小姓としてオレに仕えておるが、一番オレを理解しておるやもしれぬ。


「何用で参ったか、聞いておるか?」


「なんでも商いのついでに津島神社と熱田神社に参拝に来たとか。噂に聞く南蛮から来た船じゃないかって騒いでおりますよ」


 巷の噂などを時折拾ってくる勝三郎だが、今日の話は今までにないほど面白いかもしれぬ。


「よし。津島に行くぞ」


「若!?」


 南蛮とは遥か南だと聞いたことがある。だが、そのようなことはいかようでもよいのだ。


 見てみたかった。海の向こうを。


 あの広い海を走る黒い南蛮船を。




side:一馬


 家も借りられたし、船の交易品は全部大橋さんに売ることにした。


 後は船に積んである布団とか食料を下ろせば、すぐにでも住めるんだけど。積み荷の荷下ろしに時間が掛かってる。


 河川湊だから船もあまり陸地に近づけないしね。小舟に荷物を移して降ろしている。津島の人も手伝ってくれてるから、そのうち終わると思うけど。そりゃあ時間がかかるよ。


 オレとエルたちは大橋さんに案内してもらって、津島神社に来ていた。


 津島神社って島というか、川の中洲みたいな場所なんだね。しかも広いし立派な鳥居とか社殿があるわ。


「さすがに賑わっていますね」


「ええ。南蛮の方は初めてですが、津島に訪れる商人の方などはよく来られますよ」


 多分、未来の津島神社より土地は広いんじゃないかな。行ったことないけど。そのくらい広くて立派なところだ。


 津島神社を見ると、この時代の津島の凄さが分かるね。湊は正直イマイチだったけど神社は凄い。


 一向衆とかもこの時代だ。神仏が信じられている宗教天国の時代だもんな。


 そんな津島神社で参拝を済ませると、帰りの参道にはガラの悪いヤンキーみたいな集団がいる。あまり得意じゃないんだよね。あの手の人たち。


「これは若様。お久しゅうございます」


「息災なようだな」


 驚いたのは大橋さんがヤンキーの中心人物に頭を下げたことだ。大橋さんも少し驚いるみたいだけど。


 荒っぽく纏めた茶筅髷に着物は着崩していて、腰には荒縄に瓢箪と巾着に太刀をぶら下げた、ヤンキーのリーダーみたいな相手に。年齢は十代半ばだろう。元の世界だと高校生くらいかな。


 まてよ。若様って言った? 大橋さんが主筋として仕えるのは織田家だ。まさか……。


 彼が織田信長なのか?


「重長。その者らが南蛮人とやらか?」


「はっ。こちらが南蛮船の主の一馬殿にございます。他は一馬殿の細君になります」


 大橋さんの表情は微妙だ。緊張していると言えばそうだけど、若干困ってるようにも見える。


「案ずるな。話をしたいだけだ。商いの邪魔はせぬ」


「では、某の屋敷へお越しください」


 信長らしき人物は大橋さんの顔色を見て一言告げると、大橋さんは少しホッとした顔をして屋敷にいくことになった。


 えーと。オレたちの意見は? 出来れば遠くから見物したいんであって、会って話まではしなくていいんだけど。なんというか、巻き込まれそうな予感が。


「このお方はここ津島を治める、織田弾正忠信秀様の御嫡男である織田三郎信長様です」


「堅苦しい挨拶はよい。その方たちは皆、南蛮人か?」


 屋敷に着くと上座に信長さんが座り、話をすることになった。雰囲気はいいとも悪いとも言えない。脇に控える信長さんのお供の皆さんが、オレやエルたちを物珍しげに見ているからだろう。


 信長さんは好奇心旺盛な様子であるものの、こちらを冷静に伺うように見ていて話を始めた。


「生まれた土地が南蛮かという意味ならば違いますよ。私たちは尾張から船で十日ほどの、小さな島で生まれましたから」


「ほう。そのような島があるのか」


 話というよりは尋問に感じるのは仕方ないんだろう。身分制度がある時代だ。威圧したりしないだけ扱いはいいと思える。


「世の中は広いですよ。日ノ本に来る外の者たちは、遠いところだと船で一年ほどの月日を経てこの国に来るようですから」


「それは凄いな。ところでそなたは五人も細君がいるが、南蛮では皆そうなのか?」


「その土地により様々だと聞き及んでおります。私たちの故郷は小さな島ですので、相応の事情がありまして」


 史実の織田信長は革新的だった一面があったとも言われるが、その原動力はこの好奇心かね? いろいろ質問攻めにされてる。


 エルたちを見た反応は様々だけど、顔の良し悪し以前に身長が高いのが気になる様子か。


 確かこの時代だと価値観が違うんだよね。あまり身長が高い女は好まれないのかも。ということはケティくらいが人気か? もちろん絶対にあげないけど。


「なるほど、南蛮船を持っているからといって、皆が南蛮から来たわけではないのだな」


「流行り病で亡くなりましたけど、彼女たちの親は南蛮から来た者たちでしたよ」


 エルたちもヨーロッパなんか行ったことないしね。親の代で日本の近くに来たことにして、後は分からないと誤魔化す予定だ。


「この後はいかがするのだ?」


「私たちは熱田神社にお詣りに行って、しばらくは津島で借りた家でゆっくりします。船は荷物を下ろし次第、次の商いに向かいますけど」


「ほう。そうか」


 聞かれたことには答えなきゃいけないから、当たり障りのない回答をしたつもりだけど結構大変だね。無礼者とか言われても困るしさ。


 あとは持ってきた商品のこととか聞かれたり、細かいことからどうでもいいようなことまで幾つも聞かれた。


 本当はこの後は、しばらく津島で戦国時代の生活を体験するつもりだったけど。巻き込まれる前に帰るべきかな?


 エルたちとのんびり島暮らし生活するのも悪くないし。




side・エル


 この人が織田信長公なのですね。


 好奇心と司令の話を理解する聡明さは、大器の片鱗が見えてる気がします。


 歴史上の織田信長公は、比叡山や一向衆との戦いなどが原因で、自身が手紙に書いた一節から魔王などと言われてもいました。ですが一向衆と戦った大名など、特に珍しくはありません。


 この時代の寺社は武力で朝廷や幕府に強訴することも珍しくなく、特に一向衆の行動は目に余るのが事実。


 史実の信長公の対応は、どちらかと言えば寛大だったとすら言えるでしょう。


 ただ私の目の前の信長公は、才能が有りそうですが未だ子供です。大人や世の中への反発が心にはありそうです。


 それにしても、ある程度は予想をしていたとはいえ、完全に信長公と関わってしまいましたね。


 司令は歴史の当事者になった自覚はあるのでしょうか? あとで聞いてみないといけませんね。


 退くならば早い方がいいですし、関わるならば覚悟を持っていただかねば。 綺麗事だけで生きていける時代ではありません。


 無論、私たちと司令だけならば生きていけるでしょうが。


 ただ、ここはもう仮想空間ではないのです。命を奪い奪われることも考えなくては。


 これは試練と呼ぶのでしょうか? それとも……。



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