第四話・本土へ行こう
side:アレックス
宇宙要塞シルバーンは、月と同程度の大きさを誇るギャラクシー・オブ・プラネット最大の人工建造物になる。
内部には完全自動生産の工業や農業などの各種プラント、それに宇宙船のドックも多数存在している。ほかには宇宙艦が最大で五百隻収容可能な宇宙港もある、個人では余程でなければ持てないレベルのものなんだよね。
宇宙空間や大気圏内で使用出来る艦艇は三百隻ほどある。半ば趣味で造った艦艇やコレクションとして集めたものもあるけど。
シルバーンは現在、木星付近の太陽系に影響を及ぼさない場所にいる。移動要塞でもあるので、動かすことは出来るものの、現状だと特に必要もないし。
現在は現状の把握のための調査研究と、防衛網の設置。それと日本本土に行く際に活動資金を作るための商品を製造しているくらいか。
オレたちの身分はエルと相談して、商人ということにする。この時代では大陸国である明が海禁政策を取っているために、九州や大陸沿岸では倭寇という密貿易集団がいるので、海洋商人とするのが適当だと判断した。
商品は基本的にそれなりの値で売れるものを選んでもらった。あまり貴重過ぎず、それなりに手に入るもので売れるもの。この時代では硝石や絹織物に綿織物なんかを中心に持っていくことになる。
「じゃあ、あとをお願いね」
本土に行くメンバーはオレとエル、ケティ、ジュリア、セレス、メルティの六人と、船の操縦をする人に擬装したロボット兵になる。
船は五百トンクラスの黒いガレオン船だ。どうも船体にコールタールを塗ったみたい。この時代にはまだ存在しない技術だが、木造の船体を長持ちさせる効果があるんだとか。
威圧感が強くなったね。頼もしい船に見える。
「離水上昇、紀伊半島までは低空飛行で向かいます。目的地、尾張国津島湊」
操船と指揮はエルに任せる。小笠原諸島から日本本土までは、帆船だと一週間くらいは掛かるらしい。時間短縮のために本土近くまでは、帆をたたみ離水して水面上を飛んでいく。
「ところで、あの大砲使えるの?」
「使えます。この時代の日本近海は、水軍という名の海賊が横行してますから。戦闘になることも考慮してます」
甲板に出てみるも、バリアを張っているので高速移動にもかかわらず風も当たらないので快適だ。良く見ると甲板にはこの時代にぴったりな大砲まであるよ。レーザー砲以外の武装も用意したのか。
現在船旅の風情はゼロだ。でも外海は周りが海しかなくて、風情を楽しむ前に飽きちゃうんだろうな。宇宙空間と少し似てるかもしれない。
ああ、オレやみんなの服装はこの時代に合わせて和服だ。動きやすさを重視してあまり着飾った服じゃないけど、馬鹿にされるほどでもないと思う。厳密には細部は違うところもあるけどね。
オレたちは日本、この時代風に言えば日ノ本の民ではないということにした。小笠原諸島にいる辺境の民。そんなところだろう。
本当、戦国時代に行くんだなって、改めて思うよ。
オレはここ数日で弓とか槍とか刀の使い方も睡眠学習で学んだけど、あんまりセンスもないし、使い道はないだろうね。大砲とかこの時代の武具は作ったらしい。さすがに持ってなかったしな。ただの刀とか槍なんて。
side:ジュリア
リアル世界か。生理現象や生身の体にはだいぶ慣れた。まさか生命体となってリアル世界に来ることになるなんてね。データであったはずのアタシたちが命を得た。奇跡なんてのは案外あるのかもね。
幸か不幸か、アタシたちは元の仮想空間に戻っても消えていくだけ。最初は司令が帰りたいならばと、みんなで元の仮想空間に戻る方法も最優先で検討したけど。
肝心の司令は帰りたい気持ちはないみたい。大物なのか抜けてるのか判断に迷うね。メソメソと泣かれるよりはマシだけど。
しかし、この状況で帰る方法より歴史上の偉人が見たいなんて、よほどリアルに未練がないのかね? 元々ギャラクシー・オブ・プラネットでも有数の廃人プレイヤーだったし、リアルでは彼女も何年もいなく、気ままな独り暮らしだったとか。
リアルで幸せに生きればいいのに。アタシたちみたいなデータの塊に、家族のような恋人のような感情移入してた。ちょっと困った司令。
でも運命の悪戯か、アタシたちはリアルな存在になった。
今後どうするのか。アタシたちだけでも何度か話をした。当面は現状維持。ただし、アタシたちも生命体となったことでいろいろと変化もある。慎重に考えないといけないだろう。
男と女。仮想空間では男女であってもセクシャリティな制限があり、必要以上に関係が深まることはあり得なかった。ところが今はそれがない。
生理現象に生命体としての本能や肉体の影響。いろいろあるんだよね。司令もアタシたちとの距離感を少し気にしている。
変に距離をつくるのはアタシは反対なんだけどね。司令はどうもアタシたちに自由を与えたいと考えている節がある。
その心遣いはありがたい。でも他人行儀なのは好みじゃない。どちらにしろ司令とアタシたちは運命共同体だ。頃合いをみて本音をお互いにぶちまける機会は必要だろうね。
まあ、その辺りはメルティに任せるか。なんか考えているみたいだしね。
side:アレックス
ガレオン船は水面からあまり離れない高度にて低空飛行を続けて、日本本土近海にて着水した。ここからは本当のガレオン船のように帆を張り進むらしい。
着水すると船は結構揺れるな。外海だし当然なんだろうけどね。
「おっ、見えてきたな」
「あれは紀伊半島ですね。この辺りも歴史では船による輸送や、水軍の活動が活発だったとか。見つかると煩そうなので、陸地から距離を取り尾張を目指します」
帰ってきたと言うべきなんだろうか? それとも初めて来たと言うべきなんだろうか。まあ田舎者なんで、紀伊半島とか愛知には行ったことないんだけどさ。
水軍か。法治体制もない。時代だしね。バレなきゃいい。やったもん勝ちなのかな。あまり関わり合いになりたくないね。
「ビルも港もないな。田舎の漁港でももっと立派だったよ」
「あそこが尾張の津島湊だと思われます。河川湊が主ですが、尾張では一番の港ですよ」
幸いなことに水軍に絡まれることなく伊勢湾に入り途中から河川を進むと尾張の津島湊に到着した。ただ、見た感じだと元の世界の田舎にある漁港よりなにもない場所だった。
津島湊なら知っている。信長の織田弾正忠家が祖父の代に支配して、織田弾正忠家の飛躍のきっかけとなったところだ。
信長の父信秀は朝廷に多額の献金したらしいし、織田家が金持ちなのは知っていたけど。正直なところ海から見た津島はそんな風には見えない。
「小舟で上陸しましょう。荷物を売り、拠点となる家を借ります」
「湊が騒がしいけど。いきなり捕まるとか、攻撃されるとかないよね?」
「こちらが敵対しなければ大丈夫だと思いますよ。ガレオン船が珍しいのでしょう」
残念ながら津島にはガレオン船が接岸できる場所はないらしい。沖合いに船を停泊させて、とりあえずオレとエルとジュリアの三人で交渉のために上陸する。
小舟を下したりしているうちに湊には人が集まり軽く騒動にでもなっていそうな様子が見える。
「ところでジュリア。その目立つ薙刀はまずいんじゃないか?」
「この時代は舐められたら、なにされるか分からないよ?」
「それは分かるけどさ」
自分の身は自分で守る。まあ元の世界でも当然のことだ。幸いなことに日本は治安がいい国ではあったけど、それでも戸締りをするし防犯はしていた。
ただ、初めからけんか腰でいくのはどうかと思うんだけど。ただでさえガレオン船の威圧感があるのに。
ああ、そんなことを話している間に湊から人が消えた。どうも小舟を下してオレたちが下りたことで逃げ出したらしい。
さて、どうなるかね?
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