第13話 通学路とロシアっ子

 翌日、月曜日。

 今日も今日とて、あくびをかみ殺してだらだらと駅からの通学路を一人、歩く。

 僕が通う県立 山威やまい高校の通学路は校門が駅から裏にある為、学校のグラウンドをぐるっと半周する必要がある。

 4月半ば、グラウンド沿いを取り囲むように咲く桜の木から花びらがだんだんと散り始める代わりに、ぽわぽわと暖かくなってきた今日この頃。

 そんな移り変わる季節のなかにある街並みを見ながらのんびりできるこの朝の時間帯が好きだったりする。


 休み明けということもあり、友人に話したいことが休日に溜まっていたのだろうか通学路はいつもより大きな喧騒に包まれていた。


 ――刹那、誰かにバシッと肩をたたかれた。


「よう!桜井!!」

「いたぁ…あ、歩夢じゃん」


 肩をさすりながら、言葉を返す。

 彼の名前は佐藤歩夢。入学式つまるところ僕らが二年生に進級したときにスタートダッシュがうまくいかなかったといったが、まるっきり話せるようなヤツがいないわけではない。

 わがクラスのトップカーストに君臨するのリア充。

 性格はド天然でお調子者。女子受けもよく、友達も多い。いつでも彼の友人がいるイメージ。それも彼の性格によるものだろう。

 こうやって話しかけてくるのもクラスメイトっていうだけで、彼にもいわゆるいつもの取り巻きがクラスにはいる。いわゆるイツメンってやつ?


「最近どうよ」

「どうって……」


 あまりにも曖昧な質問だったため、どう返せば良いかと当惑する。

 ……これが真のリア充気質ってやつか。慣れそうにない。


「うーんまぁそうだな。ぼちぼちっていうところか」

「ふ~んそうなのか」


 歩夢は興味なさげに頷く。

 …『じゃあなんで聞いたんだよ』って聞き返してやりたいところだが、本当に意味はないのだろう。聞いても無駄な気がする。


 そこで僕はあることに気が付く。


 僕がこいつ歩夢と話していてよいのだろうか。


 なんかさっきからやけに視線を感じる気がする。

 取り巻きたちに目をつけられているような気がして、辺りをきょろきょろ見渡す。


 辺りに見えるのはなんてことないの通学路。視線云々は僕の勘違いだったようだ。



 加えて見えるのは金砂のようにふわりと風に撫でられた金糸をなびかせた少女――つまるところサンドラの姿があった。


 様子を見ていると、クラスメイト4人ほどと楽しく談笑しているようだ。

 少し無理をしている感は否めないがそれでもクラスメイトと話すことに悦楽を覚えているようだった。一週間前までは顔を合わせるのにも怯えていたあのサンドラが。



 ――すっかりに溶け込むように馴染んでしまったんだな。



 喜んであげるべきというのは重々承知なのだが、どこか寂しく思う自分がいた。

 自分はどうしたいのだろうか。

 あの日放課後豊永先生に言われた言葉が頭の中で蘇る。


『お前はサンドラにとっての何になりたい?』


 まだその答えには灰色の分厚い雲が覆っているようだった。


「…ぉーい……おーい、どうしたんだよそんなしかめっ面してさ」

「あーすまん」

「あ。もしかしてぇ……」



 どうやら考えている内に思わず渋い顔をしてしまっていたようだ。

 考え込んでいる自分を引きはがし、歩夢の方へ顔を向ける。

 するとサディスティックな不敵な笑みをうかべた歩夢がいた。


「今、サンドラさんの方見てただろ」

「いや……みてないし」


『うんそうだよ。サンドラのなにになりたいかっていうのを考えていたんだ』なんて言えるわけないので、否定しておく。


「……でどーなの?」


 ぎくっ!

 まさか僕の考えていることがお見通しっていうことか?

 リア充にはそんな『人の心をなんとなくわかる』特殊能力があるのか。


「結局のところ、そこんとこのかんけーっていうのはさ」


 そんなはずもなく彼が聞きたいのは『どうなりたいか』ではなく『どうなっているか』だったようだ。

 

「ってクラス内に出回ってるあの……つ、付き合っているとかなんとかっている話は信じないんだな」


 すこし『付き合う』という単語を発することに忸怩たるものがあったが、そんなことを気にも介さず、返事が返ってくる。


「いや分かるだろ。ここんとこの一週間のよーす見ておけば」

「そういうもんなのか……」

「地味に自意識過剰だったりするんだな。桜井」

「……う、うるさい!」

「ははは、そんじゃ」


 とだけ言い、僕が言葉を返すよりも前に軽く手を挙げて前方にいたイツメンらしき集団に混ざっていった。

 結局どうして僕にかまってくるのか分からずじまいだったな。


 慣れない圧倒的リア充トークに振り回され、気骨が折れた。ふぅ~疲れた~。

 あのなんなんだろうな、リア充独特のチャラい感じと鋭利な感じが混ざった声っていうのは。僕が慣れていないだけだろうか。それはひとまず置いておいて、これはあくまで僕の直感でしかないが、なんかあいつ《歩夢》は他のリア充とは少し違う気がする。どこかサンドラの印象に似ているような気がするような……うん。ようわからん。最近悩んでばっかな気がする。けれどたった一つわかったことがある。


 ここ最近で分かったこと、それはどうやら……



 ――どうやら優等生とリア充は随分と勝手が違うらしい






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロシアっ子来日女子高校生はバイリンガールになりたいだけ。 前田 米路 @dolemi0306

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ