第9話 琴音とロシアっ子
「どういうことだよ、それは」
「言ったまんまの意味なのだが、一つ付け加えておくとしたら、私もつれていく事だな」
「それはデートとは言わないのでは……っていうかなんで琴音もついてくるんだよ!」
「まずはそちの手元にある私の新作を見てもらいたい」
「なぜに今?」
言われて原稿用紙を手に取る。…あれ?いつもよりなんかページ数が少ないような……
一呼吸おいてページをめくり、活字に目を通していく。
しんと静まり返る文芸部室。
今いる三人の息遣いとページを繰る音だけが部室を満たすこの空気がとても好きだ。
読んでいくうちに今回の作品は江戸時代の恋愛が題材になっている事が分かった。これまで全くと言っていいほどこれ系の作品を読んでこなかった僕からすると、すごく斬新かつ新鮮でかといって奇抜すぎないこの作風が気に入った。そういえば琴音は全国高校生小説コンクールの佳作かなんかを受賞してたな。どうりで地文もすらすらと脳内にするっと情景が浮かぶように読み進める事ができ、会話文との兼ね合いも取れている。物語は中盤に差し掛かる。男性の方が女性に必死にアプローチをかけているシーンに突入した。
『雛さん、僕とお付き合いしてくれませんか?』
『三郎さん。その気持ちは嬉しいのですが…私にはお家の事がありまして…それはといいますと…』
ここで、女性の方──雛さん──は町奉行の娘さんだった事が判明する。
この事を知り、庶民の男性の方──三郎さん──は涙に暮れる日々をおくる。
このままこの二人が結ばれることは無いのかと思わされる。けれどここで事態が思わぬ方向に進展する。雛さんの親のワイロが発覚したのだ。これにより地位と権力を差し押さえられ、隠居を余儀なくされる。家として考えると物悲しいことではあるが、その娘である雛さんからするとこれは三郎さんとお付き合いをする絶好のチャンスだった。
『三郎さん、三郎さん、私とお付き合いしてくれませんか?』
僕はことの顛末を知りたくて、急かされたようにページをめくろうとしたその時だった。
──あれ?白紙だ。
その事を知り、しゅんとする自分がいる。
琴音の方に顔向ける。
──そこにあったのは、驚くほど顔立ちが整ったどこか日本人離れした端正な顔だった。
お互いの息遣いまでもが聞こえてしまうそんな距離。
どうやら僕と同じく本を読んでいたであろうサンドラの吐息が僕の唇をくすぐる。
思いがけず至近距離で向き合った僕らは今日2回目となる赤面モードにはいり、お互いに顔を背ける。
「……そういうのは私がメモ帳を持っているときにしておけよ…」
「ん?今なんか言った?あれ?なんか顔赤くね?」
「そこは聞こえておけよ!鈍感主人公!!お前の方が赤かったわ!たわけ!」
また至極よくわからない事をまくしたてあげられる。けれど、まぁ、僕の顔が赤くなったのは事実であるのでそこまで外れた事を琴音は言っている訳ではなさそうだ。
赤面やらなんやらで思考の奥底に沈んでいた疑問を引き上げる。
「琴音、これより先は…」
「かけていないのだ」
僕より先に口走る琴音は『全て分かっただろう』と前置きを入れ、部室の端に置いてあったオフィスチェアに座り、くるくると回りながら話し始めた。
「私はなぁ…この方一度たりとも恋をしたことがない。そもそも恋をしている時にあるいは恋をしていた自覚があるのか無いのかすら分からないであろう。つまり、自分の経験で恋愛模様を文章落としこむのは不可能だと思うのだ。なぜなら恋には自覚症状がないからな」
『なるほどね』と軽い感じで頷く。僕にも思い当たる節はいくつかあった。
「でなんだが、はっきり言おう。おまえら二人は自覚症状は無いかもだが、側から見ると恋をしているようにみえる。無論、私からもだ。そんな二人の恋模様をそのままこの作品の続きに落とし込みたいのだ」
「勝手に人が恋をしているとか決めつけやがって…」
「おやおや、桜井殿お熱でもありましたか?血色の良いお顔のようで」
「ほっとけ!」
僕の抗議はすらりとかわされ、逆にカウンターを受ける。
琴音は僕が承諾することが目に見えているような口調で話を続ける。
「このままではこの作品はボツとなるぞぉ…」
「うぬぬぬぬ。くそぅ…まぁそういうことなら…この作品の続きも見れることだし…」
「そうであろう、そちにとっては悪い話ではなかろう。サンドラはどうなのだ?」
その問いに首を傾げたサンドラはこう言った。
「あのさ、さっきからいってるけどでーとってなに?」
──日常会話は問題ないって言った奴怒らないから正直にでてこーい。
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