第4話 自分語りとロシアっ子

「モウ、ここでいーよ」


 と、サンドラが言ったのは握手をしてから10分くらい経った頃だった。


「家の前までじゃなくて大丈夫ですか?」

「あのさ、マエカラおもってた、そのデスカって辞めてホシイ、わたし」


急に言われて、呆気に取られる。確かにまぁ同級生相手に敬語っておかしな話でもあるか。ついつい学級委員癖が出ちゃう。これが委員会病ってやつか…


「うん。じゃあ、さ…よな…ら?」 

「あはははは!なんかソラ、へーん!ソレならヒミツのことばおしえてあ・げ・る」


気恥ずかしくなって目線を外す。

小悪魔めいた笑みを浮かべ、こちらを覗き込むようにして顔を窺ってくる


Пока-покаーぱかぱか


それだけ言い残し、嵐のようにぴゅーってどこかへ行ってしまう。

ぱかぱか?なんだそれ。

つい気になった僕はポケットからスマホを取り出し、検索をかけてみる。

……あー、バイバイって意味なのか。なんだよそれかわいすぎかよ。ロシア語破壊力強すぎませんかね?


   *        *


 家に帰るまで一人でとぼとぼ歩くのは、あまりにも暇なので少し自分語りの時間をください。まあ、今まで全くといっていいほど僕についてのエピローグが無かったからね、少しくらい語っても罰は当たらないでしょう。とは言っても所詮はな僕の話なので、どこまで話を広げられるかわからないけど。

 まず、僕が日々、主人公っていいよなーと思っている。ヒロインには出会えるわ、みんなからもてはやされるわ、なにをしようが最後にはすべて丸くおさまるわ、時には軽く世界救ってみたりと、僕の灰色がかった今までの人生とは大違いだ。そんな主人公に共通して言えることはただ1つ。それは、『大体、平凡』。だったら僕も主人公になる為に平凡になればいいじゃないかと思うけれど、これがまた難しくて。僕なりに色々考えて努力してみた。例えば、ファーストフード店で食事する時には普通のハンバーガーにコーラのMサイズつけてみたり、スクールカーストでも中間の位置につけているし、映画観るときも流行ってるものしか見ないし、本も大きな賞を受賞したものしか読まないし、将来の事も真面目に考えているし、勉強だって偏差値50以上はあるし、運動だって得意な方でも無いけれど、すごく下手な訳でもなくしてるし、ラノベの主人公あるあるの恋愛経験ゼロっていうのも見事に僕もゼロだし。…ともかく色々やってみてるはいるのだ。けれど、最終的に疑問に感じたのは、

『平凡ってなんだ?』っていう事である。『でたよ、こじらせすぎ主人公。平凡な生活に憧れる平凡な主人公とかっていうスタンス?いやそれ元々平凡じゃん』とか思った奴、少し黙って貰えないだろうか、これは僕の試みであり、成功したとはいっていない。中学の頃は平穏無事に過ごせていたが、高校に入ってからやけに色々僕に『非日常』が迫ってくる。それもそのはず、豊永先生と出会ってしまったからだ。あの人と出会ってから、今までの僕が必死に守ってきた平凡な日常というのが一気に崩れ落ちてしまった。文芸部への勧誘、それこそ1年生の学級委員になった事だってそうだ。この2つが火種になって、非日常が重なり合って、最後には1年生の時に町内会で高齢者と焼き芋パーティーの運営を始める始末だ。今までに焼き芋パーティー運営経験がある主人公なんていただろうか。けれど、ようやく高校2年生になった今日、希望の光が少し見えた気がする。

 それはサンドラとの出会いであって、確かにロシアから転校生が来る事自体が平凡では無いかもしれないが、物語が始まる時って大体こんなものだろう。

 今まで、平凡であったからこそやっと報われる的な?今思い返すと1年生の時に平凡な生活を過ごせたかというとそうでも無いが、確かに中学生の時の平凡な生活に今非日常が降りかかっていると思うとすんなり筋は通る。結局何が言いたいのかというと……


 ──今こそ日常よ、砕け散れ。


 そうこうしているうちに僕の家まで3分圏内のところまで辿り着いた。今日色々あったなーとか明日は何が起きるかなーとかそんなとりとめもない事を考えていた。


「………ん、あれっ?」


 驚く僕の瞳に映っていたのは、


 ──サンドラが到底人が住んでいるとは思えないほも古びたアパートの1室に入るところだった。


 なんだよそれだけかよと思われるかもしれないが、そもそもサンドラが僕と別れた後進んだ道とは、逆方向だ。本当なら僕とサンドラは互いに真反対に進んだこととなり、僕と帰路が被るなんてことあり得ない。そこまで、考えたところであることに気がつく。


 ──そうか、人にこんな古い家を見てもらいたいとは思わないか。


 そう自分の中だけで解決した後も、魚の小骨が喉に引っかかった時のように実体の見えない何かが中々無くなってくれないのだった。

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