第5話 自己紹介とロシアっ子
入学式の次の日の今日、朝のHR前のクラスはエネルギーと活力で満ち溢れていた。
意中の相手に電話番号を聞き出す者、新学期なんてものには目も暮れず教室の端で本を読み耽る者、早速スクールカーストの上位に食い込むため輪になって、雑談交わす者とみんな楽しそうだ。けれど、僕は彼らが本当に楽しいと思っているとは思わなかった。分かってしまうのだ。
──既にコイツはイケてる、コイツはイケていないといった残酷で冷徹な採点が始まっているという事実が。
人間の第一印象はおよそ15秒で決まるという。服装や身だしなみはもちろん、姿勢や立ち振る舞い、声質などの色々な要素が複雑に絡み合っている。そんな中でより多くの要素をクリアできた者がリア充と称される。リア充に成り上がるため必死に食いつこうとする生徒たちが繰り出すこの教室を《戦場》と呼ぶ他になんと呼ぼうか。これは僕が昨年、学級委員を担当し、クラス全体を俯瞰してみなくてはならなかった時になにとなく身につけた視点だ。そういう意味では豊永先生に感謝しているし、昨年、学級委員引き受けて良かったなと思うが、僕が本当に考えなくてはならないのは僕がサンドラをいかにしてこのクラスに馴染ませるかだ。そのためにまずは僕のカーストを上げるためさっきまで友達を作るのに徹していた。無論、これだけではサンドラの立ち位置が『少し仲が良い学級委員が推してくる日本語不自由な転校生』といったものになってしまうため、サンドラ単体の
気合いを入れ直し、握りしめた拳で胸を強く叩き、自分を鼓舞する僕。
「おーい、チャイム鳴ったぞぉー、みんな席に座れぇー」
「そっか、うちの担任豊永だったわ、だりぃー」
「今、私のこと呼び捨てにしてなかったかっー!佐藤!」
「やっば、今すぐ席に座るんで手に持ってる孫の手おいてくださいー!!!」
僕の高校生活で指折りに入るくらいハードな試練が今日、始まったのであった。
* *
「今日はみんなに結構でかめな知らせがある」
朝のHRは豊永先生のどストレートな一声から始まった。
それから教室一体が雑多なざわめきに支配される。
「どんくらい、でかいっすか?」
そんな状況を打ち破るかのように教室の真ん中の席にすわる男子生徒──たしか、
「うーん、例えるなら入学式の次の日に突如ロシア国籍の転校生がやってくるくらいでかいぞ」
『いや、もうそれ言っちゃってるじゃん!(笑)」
クラスがどっと湧く。やっぱすげぇなうちの担任。あのざわざわを巧妙に使って笑いに変えるポテンシャルというかセンスが教員としての貫禄出ちゃってるよこれ。
しかもこれ多分だけど場の雰囲気を盛り上げることによって幾分か僕が話しやすくしようとしているんでしょ、まじ感謝。
「桜井、あとは任せた」
「はーい」
承諾の意を伝え、ドアの前で待機しているサンドラを迎えに行く僕。
僕はガラガラとドアを開け、作戦通りドアの前で待機していたサンドラの不安と緊張で埋め尽くされた潤んだ瞳をしっかり見て頷く。
「事はなるようになるから大丈夫。ほら深呼吸して。吸ってー、吐いてー、吸わないで、吐いてー」
「ソレジャアー、ハケナイヨ……」
クスクスと笑うサンドラ。
少しは緊張がほぐれたように見えたサンドラの手を引き、教卓の前まで誘導する。
そんななんて事の無いはずの廊下から教卓までの距離がいつもより長く感じた。いざ教室に足を踏み入れると、こちらの思惑通り男子生徒の『ほぉーう?』だとか『ふーん?』だとかの童貞丸出しのキモオタボイスが聞こえる。……これは失敬。少々言葉遣いが乱れました。心からお詫び申し上げてください。
そんな男子生徒の様子を見て、視線に耐えきれなかったのか僕の後ろに隠れてしまうサンドラ。
けれどもこのままじゃあ転校生紹介どころでは無いので、横にずれる僕。それに合わせて同じく横にずれるサンドラ。そんなやりとりが3回くらい続いたところで、やっと諦めてくれたのかサンドラが前に立ってくれた。
そんな様子にクラスから微笑が漏れる。まさに棚からぼた餅とはこの事だね!?(冷や汗)
「コ、コ、コンニチハ、ロシアカラキタタ。
ア、アレクサンドラデス」
この間約2.5秒。アナウンサー顔負けの滑舌だった。
もう役目を果たしたと言わんばかりに僕の後ろに隠れてしまう。サンドラの様子をみると震えるこりすのように見えて、なんとも愛おしい。
「えー、こんな感じですごくシャイな奴ですが、今後ともご贔屓にお願いします。ちな、名前を呼ぶ時はサンドラって呼んであげてください。なにか質問はありますか?」
これが僕の大失態だった。
「お二人はどのような関係なんですかー?」
僕たちから見て右奥の席に座っている女子生徒が手を挙げ、からかうような声で質問してくる。
正直こういう奴の対応は慣れている。
1つ息を吐き、質問に答えてようとする。
「うーん、なんだろう。しんせ…」
親戚と面白おかしく場を流そうとした僕の目論みは、誰かが放った思いもしなかった言動によってことごとくうち壊れてしまった。
「そーいえばさーあーし、昨日駅のホームでそのサンドラさん?が桜井くんのシャツの裾つかんで、一緒に歩いているのみたかもしんなーい」
「きっ、!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
──刹那、クラスの僕の評価が
『少し話したことがある仲がいい、割と真面目な学級委員』
というものから、
『急に童貞丸出しのキモオタボイスを発するキモオタという概念そのもの(可愛いカノジョ付き)』
という評価に成り下がってしまった!
自分が犯した罪はやがて自分にかえってくるんですね。わかります。
女子生徒の黄色い声と男子生徒のあふれんばかりの殺意がクラスを覆う。
「も、もしかしてこれ、カノジョとカレシとかそういう関係?」
「きゃー!!ここにきて桜井くんとかいう真面目ちゃん(笑)の特大スクープとか笑」
おい、せめて最後の笑は隠しやがれ。
って、やっべ。もうそういうムードに呑まれちゃってるじゃん。けれど、あきらめるな僕……こういう困難な状況でも歯を食いしばって立ち向かってきたじゃないか……
考えろ起死回生の一手を、考えろ、考えろ…………
──あ、そうか!豊永先生に助けを求めれば!
ポンッ!と筒が抜けたような音がして、考えが思い浮かんだ。
……なんてダサい一手なんだよと思われるかもしれないが、これでも懸命に生きてます。お許しよ。
バッと豊永の方へ振り、様子をみると…
──目を絶対に合わせまいと、そっぽ向けてひゅーひゅーと空気の音しかしない口笛を吹いていた。
まるで他人事かのように振る舞う豊永先生の事を見て思わず心中で…
『万策尽きたぁぁぁぁーー!!!!』
と叫ぶしかなす術がない僕であった。
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