告白の告白
夜翔
第1話
居酒屋の並ぶ商店街。色とりどりのネオンが、目障りだ。
まだ肌を刺すような寒さが残る日、電話の彼女の声は震えていた。店にいる間、彼女はずっと泣いていた。たくさん相談に乗ってくれたのに、たくさん愚痴聞いてくれたのに、ごめんね、と何度も言った。謝ることなんてないです、と僕が声をかけても、彼女が泣き止むことはなかった。
閉店で店を追い出され、ふらつく彼女に合わせてゆっくり歩いていた帰り道に、僕は足を止めた。彼女はそれに気付かず、二、三歩先を歩いていく。
「僕と、付き合ってくれませんか」
彼女は足を止め、ゆっくりと振り返った。
顔の赤いサラリーマンが、僕に訝しそうな視線を向けながらよたよたと通り過ぎて行く。
ああ、ついに告白してしまった。
周りの色とりどりのネオンが、ぐにゃりと歪む。ずっと秘めていようと決めていたのに。それを、よりによって失意のどん底にいる彼女に、ぶつけてしまった。最低だ。ぎゅっと目をつぶりたくなる。
「うそでしょ?」
彼女は、腫れた目で僕を見つめてそう呟くと、また泣き出しそうな顔になった。
「あんなタイミングで告白するなんて、僕が悪いんですけど。でも、あの返事は普通に傷つきました」
ついポロリと愚痴をこぼすと、向かいの彼女がゴホッとコーヒーにむせた。カップをテーブルに置き咳き込んでいる。僕は慌てて身を乗り出し、腕を伸ばして彼女の背中をさすった。
休日の昼下がり。駅近のカフェは満席だ。いつだったか、平日の夜ふらりと立ち寄った時とはうって変わって、ビージーエムはかすかにしか聞こえない。今日はあの日から一年だ。
「ありがとう、もう大丈夫。私もちょうど、思い出してたところだったから。びっくりしちゃって」
彼女はナフキンで口を拭ってから、一年かあ、早いねえ、と笑い、
「あれはしょうがないでしょう」
と付け加えた。
「失恋したその日に告白されるなんて思いもしなかったもの。しかもよりによってゆうたくんに」
僕は何も言えずに黙り込んだ。
「私の相談をすごく親身になって聴いてくれたのはゆうたくんだったし、告白するのを不安がったら何度も励ましてくれて」
両手でカップを包み、たっぷりのミルクに3杯のシュガーが溶け込んだ彼女特製のコーヒーを見つめ微笑んでいる。僕は躊躇いながら、それは本心じゃありませんでした、と口にすると、彼女は顔を上げた。
「最初の頃はめぐみさんの力にならなきゃ、と思って話を聞いていました」
真剣な目を見つめゆっくりと言葉にしていく。
「でも、そのうちに、だんだんモヤモヤとした気持ちが出てきたんです。それが何なのかはわからなくて」
いや、本当はわからないふりをしていただけかもしれない。彼女が自分に相談してくれているのに、こんなやましい気持ちでいては駄目だと、蓋をしていたのだ。
恥ずかしさに顔が熱くなり、目を逸らしてしまう。彼女は今、どんな顔をしているのだろう。
「めぐみさんの片想いの人のことを話している時の眼差しや、表情を見ていたら、その想いを僕に向けてくれたらいいのにって」
当時の感情を鮮明に思い出し、つい早口になってしまう。僕は深呼吸をした。
「自分の気持ちにしっかり向き合ったの、遅すぎたんです。めぐみさんが、明日告白するって、言ってくれた日ですよ」
彼女が息を呑むのが伝わる。
「僕はあの時、『どうかめぐみさんの想いが実りませんように』って思ってしまったんです。」
そうだ。僕は最低だった。たった今自分から吐き出された言葉を耳にした僕は、やっと自分の卑劣さを思い出した。
あの時は本当に苦しかった。自分の心の醜さに顔を覆いたくなった。目の前で、彼女が、恋愛下手でたくさん僕に相談していた彼女が、ほんの少しだけ顔を赤らめながら、それでも覚悟を決めた表情で、明日告白すると僕に伝えた時、彼女が告白する相手が僕であればいいのにと思った自分を、彼女の想い人を妬み、嫉んでしまった自分を、僕ははっきりと見てしまった。嗚呼、僕は彼女をこんなにも好きになってしまっていたのか。ずっと見て見ぬ振りをし続けた、このどうしようもなく膨れ上がってしまった想いを、彼女がいる前で見てしまった僕は、帰ってから部屋で顔を何度も拭った。
「本当に僕は」
最低だ、と言いかけた時、彼女の言葉にかき消された。
「自分を責めないで、ゆうたくん。私もずっと言いたかったことがあるの」
彼女の優しい声に、僕は少し泣きそうになりながら頷く。
彼女は、顔を赤らめ、潤んだ瞳でまっすぐ僕を見ながら、告白してくれた。
片想いをしていたあの人の前では、自分をよく見せようとして、疲れてしまっていたこと。
たくさんの相談を、ちょっと困り顔をしながら聞いていた僕の前では、ありのままの自分をさらけ出せたこと。
そして、実はあの日、告白なんてしていなかったことを。
告白の告白 夜翔 @yoto_1221
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