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 救助隊は僕も含めて総勢9名。警察関係から4名、オレンジ色のツナギに身を包んだ救急隊員が2名。それから2頭の猟犬を連れたハンターらしき一般人が2名である。それらが、警察が準備したマイクロバスに乗り込み、上原町にある日本電力の事務所に着いたのは、それから35分後のことだ。


 (たった35分・・・)


 僕は昨日の死闘を思い起こし、自分がどれ程の時間を浪費したのかと暗澹たる気持ちになった。それと同時に、連絡通路を開放してくれなかった日本電力に対する憤怒が、圧し付けても圧し付けても鎌首をもたげるのであった。


 上原町は行政区分的には隣の塩河原市に属する。つまり、正確に言えば那須板室警察署の管轄ではなく、塩河原警察署のテリトリーなのだ。従って、同じ栃木県警内と言えども、そこは筋を通さねばならない。僕たちの乗ったバスが日本電力の事務所に着くまでの間、例の若い巡査の上長と思しき中年の警察官が携帯電話で連絡を取ってくれた結果、遭難者の救出は一刻を争うということで一応の承諾を得ることに成功したのだった。

 僕たちがバスから降りるとそこには、地元警察署のパトカーが既に一台到着していて、二名の警察官に出迎えられることになった。そして彼らは、話は既に日本電力側に通してあると言う。電話をかけていた警察官はそれを聞いて大袈裟に喜び、感謝の意を伝えることによって塩河原署もこの捜索に貢献、尽力したという実績になるのだろう。縦割り社会ならではの、持ちつ持たれつという構造を垣間見た気がした。その証拠に、僕たちが事務所に足を踏み入れる際には、「それじゃ、後はよろしくお願いします」といって敬礼し、自分たちだけはサッサと帰ってしまったのだった。


 代わりに出てきた日本電力の職員は、気持ち悪いほどの低姿勢で、僕たちを例の連絡通路へと導いた。建物の裏手に一旦出て、その裏庭の様な敷地内を歩いて移動する。

 「いやぁ、ご協力感謝いたします。じゃないと延々と川を登ってゆく必要が有りましたから、本当に助かります」

 若い巡査がそう話しかけると、日電職員は善人面を顔に張り付ける。

 「いやいや、何を仰います。こういった事態に協力するのは当然です。本来であれば、この手の事案はもっと上の承認が必要なのですが、ここは私の裁量にて対応させて頂きましょう」

 ここにもお手柄の分け前に与ろうという人間がいた。昨日、インターフォン越しに聞いた声だろうか? 似ているようにも思えたが、それは確証が持てる程の物とは言えなかった。


 (お前なのか? 僕のSOSを無視し、インターフォンの電源を切ったのはお前じゃないのか?)


 僕はムクムクと湧き上がる怒りを抑え込むため、必要以上に硬く拳を握るのだった。


 最後に別棟の味気ない建屋前に到着する。その正面にはシャッターが設置されているが、日電職員が開けたのは、その横に付随するアルミ製の安っぽい入口だ。その扉をくぐって中に入ると、目の前に黄色く塗られた大きなゲートが現れた。それはフォークリフトごと運搬可能な大型のエレベーターで、きっと資材などの運搬に使われるのだろう。無論、緊急時用の階段も併設されているが、「どうぞお使い下さい」と言う日電職員の献身的な好意によって、僕たちはエレベーターを使って一気に下へと降りたのだった。

 途中に停止階が有るわけではなく、ある地点とある地点を結ぶだけの、単一目的の運搬設備だ。従って自分らが、どれくらいの距離を移動したのかも定かではないが、「チン」という安っぽい音と共に停止して扉が開くと、そこには真っ暗なトンネルが口を開けて僕らを待ち構えていた。

 日電職員は慣れた手付きで、脇の壁に設置されているスイッチを押す。すると上部に据え付けられた蛍光灯がパチパチと瞬いた後に点灯し、延々と続くそのトンネルの全貌が明らかとなった。蛍光灯は10メートルほどの疎らな間隔で必要最小限のものと言えたが、手前から順番良く遥か彼方まで点灯してゆくその現実離れした光景は、それが僕たちを異次元の世界へと導く、時空を超えるトンネルのように思わせるのだった。


 「ここを真っ直ぐ・・・ と言っても分岐が有るわけではありませんから、真っ直ぐにしか進めませんがね」と軽口を挟みながら日電職員は続ける。「1キロくらい進むとドアが有って、そこから小蛇頭川に出られます。勿論、施錠されていますが、それは内側から鍵が掛かっているだけですので、解錠して外に出て下さい」

 年嵩の警察官が念を押す。

 「我々が出た後、そのドアは施錠しなくても大丈夫ですか?」

 「そこまではして頂かなくても良いかと。遭難された方を連れて戻る時に、内側から鍵をかけて来て頂ければオッケーですので」そう言って右手で軽薄なOKサインを作る。

 「ドアを出た所にインターフォンが有りますので、何かありましたらそれでお呼び出し下さい。私が直ぐに駆け付けますので」

 僕は怒りにクラクラしながら、それを紛らわすために質問をした。

 「そこには車で行けるんですよね?」

 「はい、機材を運搬するの為に軽トラで行くことが有りますが・・・」

 日電職員はほんの少し、その表情を変えた。おそらく僕の声を聞いて、昨日、インターフォンで会話した相手が僕かもしれないと思ったのだろう。間違い無い。あいつは、今僕の目の前にいるこいつだ。

 「遭難者は怪我をして歩けないんです。トンネルの出口まで、車を回しておくことは出来ませんか?」

 日電職員は「フッ」と笑った。

 「お安い御用です」

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