第16話 授業開始2

 ****


『………………おいっ、起きろ~【如月】。この問題わかるか~』


『っはっ、すいません。………………わかりません。』


 午後の穏やかな日の光が窓際に座る【翼】に降り注ぐ。その温かさにいつしか眠気を感じ瞳を閉じては開けるを繰り返していたら**先生に当てられた。


『はぁ~、ったくっ、じゃあその後ろの**。』


『………………はっ、………………3.14です。』


『いや、今円周率なんて聞いてねーからな。漸化式ぜんかしきの問題だぞ、おい。』


 俺の後ろの**もどうやらこの日差しと暖かさに耐えられなかったみたいで、軽く**先生にとがめられている。


 それを見てほんの少ししか笑い声がないのは、夢の世界に行っている人が多いからだろう。


『はぁ~。お前等、あと数ヶ月で大学受験だぞ。もうこの問題をすらすら解けるようになってないと国立は厳しいんだが、まったく………………。』


 そうは言っても【俺】はこれでも6年間数学を解いてきた。国立コースの数学を選んだから数Ⅲだってやってるさ。微分積分なんて簡単だ。ただ………………複素数平面とかで詰んだだけだ………………。




【俺】はいつもそうだった。


 いいとこまで行ったと思っても最後に詰めが甘い。


【俺】はいつも後悔していた。


 あの時ああやっていれば、なんとかなったかもしれない。


【俺】はいつも逃げ道を探していた。


 どうすれば面倒を減らせるかばかりで、努力なんて少ししかやらないで諦める。


【俺】はいつも………………考えていた。


 もしもこの薄っぺらい人生をやり直せるのなら………………せっかくだ………………今日までのを持って、を抱いて………………そうだな、小学生とは言わない、中学生から始めたい………………と。



 それは何でもない昼下がり、あるいは学校帰り、あるいは……………いつも頭の片隅にあった願望であった。


 そして、ありえない現実が起きて欲しいという奇跡を信じる甘ったれた【如月翼】唯一の真実でもあった。



 ****


「………………おいっ、そこの前の席の…………起きろ。まったく、最初の授業から寝るのは失礼だぞ。」


「っは、す、すいません。」


 先生に肩を揺すられ、目が覚める。いや……いつの間に寝ていたのだろうか。


「ふむ。下手すると減点にする先生もいるんだからシャキッとしなさい。もちろん私もその一人だ。………………しかし、初日から減点は可哀想だが何かないか………そうだな、この問題が解けるのなら今のは見逃そう。」


 そう言って黒板に書くのは正負の簡単な計算とXを使った一次方程式の簡単な計算だ。そして何故か中学3年の範囲である二次方程式の問題が書かれている。


(あれっ、なんで俺中3の範囲だってわかるんだ………………まぁいいや………………ここはこうで………………出来た。)


「なっ、全問正解です。まだなにも教えてないのに………………それにこの3問目は流石に中3の範囲だからできないはずだが………………ふむ、………………如月君か。君はなぜこれを解けたのかね。」


「あっ、えっとっ…………そう、数学が好きで、………………独学で学びました!」


「ふむ、数学が好きか………………そうか。」


 なぜできたのか自分でも困惑しながら、とっさに口に出た言い訳に先生は満足して頷いていた。


 他の生徒が関心して俺の方を見ていたが、それに反応するほど整理がついていない。

 先生が授業を再開し始めたときにふと、頭の中に思い浮かんだのはパソコンを初めて使ったときのことだ。あの時は記憶が目の前に重なり使い方を思い出した。ただ今回は

 ただ目の前が歪んで、気が付けば寝ていて………………目が覚めたら知らないはずの数学の内容が頭に書き込まれていて………………俺の大切な一部が置き換わったみたいで怖い。

 自分じゃない誰かが覚えた知識を記憶に関連して引き継ぐみたいならまだいい。ただ知識だけが勝手に頭に入ってくるのは恐怖しかない。


 俺は初めての数学の授業をまったく集中できずに終えるのだった。



 ****


 視界がぶれる………………視界が揺れる


 頭の中に入ってくる……………



【俺】は夢を持ったことがあった。


 でも本気になれなかった。


【俺】は成し遂げようとしたことはあった。


 でも失敗した。


【俺】は輝く人たちに憧れた。


 でも歩く道は………………



 だから………………今度は………………



 ****


 帰りの電車に揺られながら俺は今日起ったことを冷静に分析していた。


 二時間目のあの出来事は………………


 まずその大きなトリガーは教科書のページを開く動作だった。そのたびに俺は意識が落ちて、その間に知識が書き込まれるようだった。今見返している数学、生物、英語、国語の最後の内容まで一部を除いてしっかりと理解できてしまうのがその証明になってる。

 ただし、このトリガーにもどうやら条件があるようで、その教科の担当の先生から指示を受けてページを開かないと起こらないということだ。

 6時間目の生物の授業前の10分休みに試しに開いても何も起こらず、全く知らない内容だなぁと思えたのだ。もっとも授業が終わるころには既に知識として備わっていたのだが。

 つまり、学校で先生から授業を学ぶという条件の時に知識が書き込まれるだと俺は勝手に捉えている。


(でも………………ばらつきがなぁ)


 窓から流れる景色をぼんやりと眺めながらこの都合のいい能力のとある欠点を思い返し、英語の教科書を開く。


(うーん、ここわからないなぁ)


 知識が所々欠けていることがあるのだ。理解が出来ないというかわからなかった所をそのままにして、結局何もしないで放置されたみたいな………………


 それに生物と国語では人名の部分の知識だけなかったり、数学の法則はわかっても、とにかく誰の法則なのかという知識だけなかったりする。


 俺は教科書をしまって瞳を閉じる。流石に俺は特殊な人間だと既に自覚している。

 今日のこともそうだが、この前のことも踏まえて、自分のについて考える。


 一つ目は未来を視る能力。


 目の前の光景が重なった時に取るべき行動を変える必要に駆られる。


 これは光と一緒にいる時にちょくちょく起こる。とくに喧嘩しそうな時や光が何かを訴えている時に多い気がする。二つ目は俺が気づいてない時が多いから急に光景が重なって焦ったりもするが………………まぁ、そうなったら絶対に正しいと思う行動をとってるから大丈夫だと思う。最近は全く喧嘩もしないし、何なら光が泣いてるのを見たことがないしな。いつも笑顔の光を俺は見ている。



 二つ目は過去の記憶を呼び起こす能力。


 目の前の光景が重なった時に恐らく前の自分の経験が今の自分の行動に引き継がれる。


 学校探索のパソコンでの一幕の後に、自分のスマホを使ったときも同じことになった。もちろん中学が開始する前に買ってもらったものである程度使えるようになっていたが、あの日の一幕がトリガーになったのか、とくに使に触れる時起こることがわかっている。あの日を境に家に有った父さんのギターを弾けるようになったり、光がやってるピアノも練度の差はあれど出来るようになった。


 そして、今日の知識を得る能力だ。


 これから増えていくかもしれないが俺のこの特別な能力は意味があると考えているときに思い始めた。



 俺はあの夢をもう一度思い出す。いつか見た後悔を抱えて死ぬ夢。

 如月翼が死ぬ夢。絶対に回避しなければならない未来。



 その手段として神様が俺に能力を与えているのだと思って俺は瞳を開ける。


 明日以降でも起こると確信している不可思議で神秘に満ち溢れた非現実な生活に覚悟を決めて………………








「あっ………………乗り過ごした………………」

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