第14話 健康診断(後)

「聴力検査って楽だよね〜。だって係の人がボタンを押してるタイミングで手元のスイッチ押せばいいからさ~」


「おいおいっ、それは検査の意味ないよ、啓仁」


「僕の耳は1キロ先の物音も聞き取れるのだよ。」


「あーはいはい。」


 俺たちは聴力検査を終えて眼科、耳鼻科の診察を受けに行くところだ。啓仁の奴は如何にして検査を乗り越えるのか、というおかしなことを熱く語っている。


 視力検査の時だって片目を隠す際に少しだけ隙間を開けて、後ろ手で俺に手鏡を渡し、「如月君、ちょうど真横で………この角度でこれを持っていてくれ。そうそう………………よし、これなら見える、見えるぞー。」なんて小声で言ってた。

 もちろんその様子は先生に見られていたので、俺は手鏡をそっと自分のポケットに入れて何食わぬ顔で待機列に並んだ。啓仁は恨みがましく俺を見ていたが先生に注意されたため普通に視力検査を受けていた。


 後で聞いたら結果が両眼とも1.5ずつで自慢された。そんなに良いなら何でわざわざそんなズルしようとしたんだって聞いたら、鼻で笑われた。(解せぬ)


「如月君、いいかい。僕がやってるのはただ単に検査がめんどいから、とか君を楽しませようというだけではないんだよ。」


「それもあるのかよ………………んで、何かあるの?」


「見るべきは瞳、探るべきは己の行動ってことさ、助手君。僕はね………………ははっ、このクラスの数人の生徒をとして見ている。」


 急に探偵気取りになった啓仁はポケットから丸眼鏡を取り出し、それをかけてから鼻のところでクイクイッとさせ、かしこまった表情をしていたが………………急に冷酷な顔をし、口角を上げて嗤いながら彼は恐ろしいほど冷たい声でそう続けた。


「僕はこの学校に入ってからずっと奇妙な視線にさらされている。特に視力検査の時なんて酷かったよ。僕の手鏡を取り出す動きを本来見えないはずの位置にいる生徒が二人も反応したんだから。一つは危険視する瞳、もう一人は興味で見つめる瞳、これで視線が3か所に増えたんだよね。」


「………………どういうことだ?」


 そんな長い髪してるからだろとか自意識過剰だよと言いたかったが、啓仁の声の冷たさや表情から余計なことを言わずに尋ねる。


「僕が君に手鏡を渡すあの動きを彼らは別の何かを取り出す行動と瞬時に思ったみたいだね。あ、まあ何言ってるのかわからないとだろうけど僕が言いたいのは、この学校はそうだな………………未知で溢れているってことだよ。……記憶も弄られたっぽいしね。」


「えっ?今なんて言った?」


 最後に何か言っていたが聞き取れなかった。聞き返そうとしたが、いつもの表情に戻ってまた熱くこれからの検査の抜け道について話し出している啓仁を見て、さっきまでの啓仁は何だったんだという疑問を持ちながらも共に歩き出すのだった。



 ****


 検診を終えた俺たちは心電図を取りにに向かっている。俺も啓仁も特に体に異常はなく、再検査も無くて一安心だ。本校舎での検査が終わった後、休憩スペースでだらける啓仁を待っていたせいでクラスの奴らはもう先に行ってるようだった。


「いやーそれにしても、あの話はめちゃくちゃ気になるよな~」

「ん?あーあれだっけ、大学病院に置いてあるような機械があるっていう。」

「そうそう、浦嶋先生が言っていたやつ。凄いよなー普通の私立学校なのにそんなの置いてあるなんて。」


 なんでもこの学校の保健センターには調があるという話だ。


「あと、ちゃんと薬も有るらしいよね。風邪ひいても大丈夫ってことで仮病対策みたいでなんかな~。」

「ははっ、まあいろんな薬があるから大抵の病気は治せるっていうことだろ。いいじゃんそれはさ。」


 多くの薬があるようで流行り病でも対処できる体制らしい。他にもいろいろとあるようだが特に先生が言っていたこの二つの事が頭に残っている。


「おや、翼。昨日ぶりだね。」

「あれ、清雅。まだ心電図行ってないの?」


 昨日友達になった橘清雅、いや御曹司君は爽やかな笑顔を浮かべ近づいてきた。


「ああ、ちょっとトイレに行っていたら遅くなったのだよ。」

「じゃあ、一緒に行くか………………って、啓仁どうした?」


 啓仁は目を見開き凄い形相で清雅をにらみつけている。しかし清雅が啓仁を見たときには無表情になっていたようで見間違いかと疑いそうになる。


「ん?彼は誰だい翼。僕は橘清雅だ。翼の友達なら僕も仲良くしてあげよう。」

「………安部啓仁。………………安部でいい。どうも…橘君。」


「おや、シャイなのかな。よろしく安部君。ところでずっと気になっていたんだが君のその長い髪は何か理由があるのかい?」


「………………別に、何も。」


 俺と話す時とは全く違うよそよそしさに驚き、それと同時に脳裏に浮かんだのはさっき言っていたという言葉。

 会話が途切れ静寂が訪れ、それからは3人で話すこともなく目的地に向けて淡々と歩いて行く。

 

(な、なんかなぁ………………清雅って別にそんな奴じゃないと思うけど。でもさっきの啓仁の顔気になるし………………)


 何か話そうと話題を考えるが特に思いつかず、結局この重苦しい空気のまま保健センターにたどり着いた。


「じゃあ、僕は先に受けるよ。また後で、翼、安部君。」

「ああ、またな。清雅。」


 検査室に入っていく清雅を見計らって俺は啓仁に問いかける。


「なあ、清雅って……お前の言ってた危険対象なのか?別に普通の奴だと思うんだが。」

「ん~彼はね………………瞳が濁ってるんだよ。」

「えっ?」

けどね。君が彼と関わるのは別に気にしないけど僕はお勧めしない………………もしこれからも彼と関わっていくのならこれだけは言っておくね。彼はいつか君の前に立つことがあると確信してる。それで君の汚れなき瞳が陰ることないよう僕は祈るよ。………………まっ、今言ってもわからないだろうし気にしないでね。僕は彼と関わりたくないだけだからってこと。」


 そう言って啓仁が検察室に入っていくのを俺はどこかミステリアスで何かを抱えている友に頭を悩ませながらボーっと見ていたのだった。



 ****


 ベッドの上で横になった俺の上半身にペタペタと電極が貼らながら俺は未だに考え込んでいた。


「どうした少年。悩み事かい?」

「あっ、はい」


 俺に電極を付けていた20代くらいの若い男性の医者に言われ、つい応える。


「私は普段この学校でカウンセリングをしてるからね。さっきの二人との人間関係といったところだろうか。」

「っ………………よくわかりますね。」

「ふふっ、これでも相当な人を診てきたからわかるさ。」


 パソコンで作業をしながらその鋭い医者は続けて話し出す。


「例えばさっきの子は人から見られることを逆手に相手を観察するのが常のようだね。私の視線を常に意識し、動き全てを見ていた。その子の性質とも言えるかな……まるで何かから見守ることが役割といった様子。」


 心電図のモニターを見て何かを記入しながら淡々と話している。


「その前の子は異質な瞳をしていたから当然だろうな。君になにか言ったんだろ?それについて悩んでる………………当たりかい?」


「あまり関わらない方がいいって………………あなたもそう思いますか?僕はどうしたらいいかわからないんです………………」


「ふむ、まあああいう瞳をした子を私は結構見たことが多いからわかるが………………そこまで心配しなくてもいいさ。」


 俺の方を向くその人は首に下げたペンダントを手でもてあそびながら、少し笑ってそう言う。


「君は精神が少し大人なんだろう。そうだな、今の中学一年生の精神ではないといったところかな。だからいろいろ考えてしまう。普通であればこいつ何言ってるんだで終わるはずだけど君はどうやら深く考えてしまっているようだ。」


 その言葉に俺はドキッとする。いつか見た記憶、未来視と捉えてる重なる光景、思い当たる節はいくつもある。


「君が何を抱えているのかは知らない。君が何を不安に思うのか私にはわからない。それでもこれだけは言える。君は。それはこれから先もずっとだ。時に人間関係で壁が出来ることもある。思っている以上の悲劇に見合うこともある。。だから、当たって砕けろでいいんだよ。考えてうだうだするくらいなら行動しろ。自分で歩け。後悔なんて後だ。もし、その時なんてものが来たら………………周りを頼ればいいのさ。」


「周りを………………」


 この人はどこか不思議だ。少し話すだけでさっきまでの悩みが薄れている気がする。


「君はどうも自分で解決しようとするタイプの人間だ。何か大きな後悔を経験したのかな。そんな君に特別にこのパワーストーンをあげよう。」


 彼はおもむろに引き出しを開けて、Ⅰと刻まれた赤い石を差し出してくる。彼のペンダントに付いている赤い石と同じようで、それにはⅣと刻まれている。


「こ、こんなの貰っていいんですか。高そうですし………………」


「ふふっ、別にいいよ。さっきの子にも同じもの渡したし、いい方に導く願いが込められているただのパワーストーンさ。」


 まだ何個かあるよと言って見せてくるので俺は遠慮なく貰うことにした。実際それを手に持った時に、何故か放したくないと思ったというのもある。


「大いに悩んで悩んで………………それでもだめだったら誰かを頼ってもいい。………………はいどうぞ、特に異常なしだったよ。おっと、そう言えばまだ名乗っていなかったね。私は新庄業しんじょうかるまだ。何かあったらここへ来なさい少年。」


 健康診断の紙を返され、石のお礼も言って俺は検査室を後にするのだった。



 ****


 俺が測定を終えると、体育館に残っていた5人が俺のところに集まってきた。話したことがない人もいたけど、身長は皆気になるのだ。


 俺の今の身長は160㎝、体重は48キロとまあ平均で、男子で一番低かった啓仁よりも6センチ高かったので自慢したらキレられた。どうやら身長はNGらしい。

 そんな啓仁と俺がいない間に仲良くなったらしい正輝は俺よりも2センチ高くて少し悔しかった。

 まあそれ以上に俺の紙をちらりと見た墨田君が悔しがっていたのが面白くて笑ってしまい正輝に負けたのはどうでも良くなった。小学校のころからコッソリ俺たちと張り合ってるのは知ってるぞ。


 残っていた人で話したことがなかった上岡蓮司かみおかれんじ君は170㎝もありクラスの男子生徒の中で一番背が高かった。初めて話した上岡君だが言葉数少ないというイメージと体格を褒めると意外に照れるということが分かった。


 あと一人の星月君は俺のを見てすぐに教室に走っていったのでよくわからん奴という印象が付いた。けれどなにか話してみたいという思いも浮かぶ。俺と君は気が合いそうだって………………


 教室に戻り浦嶋先生に紙を出して健康診断は無事に終わった。



 ****


「報告書 


 より****に報告


 アーティファクトは4人に無事渡した。

 これを彼らに渡す意図を私には理解できないが長い付き合いの君の頼みだ。

 残りのⅥからⅩは後で渡されるよう手配する。


 彼女が解放されるときは近い。

 君のその言葉を私は信じているよ。


                       ****** 悲願のために 」

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