第12話 健康診断(前)

 健康診断………………なんとなくその響きには何故か少しだけ心がざわつく。ただ、体の健康状態を調べることなのに前日になればどこかそわそわとした感覚を覚えるのはどうしてだろう。


 如月翼もその一人で、もちろんその感覚は昨日の学校探索とはまた違ったもので特にウキウキしてることなんてない。むしろめんどくさいなぁー、なんて思ってる。それでも何故かそわそわしてしまうのは不思議である。


 ジリリリリリリ


「ふぅあ~………………あー、いてっ………体痛いなー。」


 朝の7時にセットしていた目覚ましを止め、起き上がって大きく伸びをする。体の節々に痛みが走るし、少し足が重い。


 昨日は学校探索に夢中だったから気づかなかったが、思ったよりも体を動かしていたんだろう。目をつぶって思い浮かべる。


(昨日は………………色々回ったなあー。んでグループの人たちと仲良くなって、お昼を…………………忘れたな、それで………………ああ教室で………………俺が最後で………………紫音いたかな…その後………………何したっけ。)


 ぽっかりと空いた記憶に少し違和感を覚えるが、直後にたった今付け加えられたかのようにはっきりと思い出す。


(………正輝たちもいなかったから教科書詰め込んで寄り道しないで帰ったんだっけ………………うん、そうだったな)


 軽いストレッチを終わらせた俺はベッドから出て、トイレに直行した。

 そのまま、用を足そうと蓋を開ける前にあるものが目に入った。


(何だこの白い四角いやつ………………って尿検査キット!………………あっぶな……)


 完全に頭から抜けていたが昨日俺は寝る前にトイレの中にある台にキットを置いたことを思い出す。


(なんか昨日の俺ずっとボーっとしてたのかな………………このくらいでいいのかな。………………うわー、よし、手には付いてない。これでオッケーだな。)


 しっかりと封を閉じ、さらにビニール袋で縛り、一度部屋に戻って忘れないように先に鞄にしまい込んだ。



 ****


 今日は9時半集合なので8時出発で、小学校に行く光と一緒に家を出た。


「光ももう3年生かぁー、早いなー。………………そろそろ塾通うのか?」


「うん、私もお兄ちゃんと同じ学校に行きたいからね!」


 俺が英照に決まった後、光も同じ学校がいいと言い張っている。俺も小学3年で塾に本格的に通いだしたので同じように通うのだろう。


「そうか。光は頑張り屋だな~。よしよし。」


「えっへへ~。」


 俺は光の頭を分かれ道まで撫でながら歩く。今はまだ俺の方が背は高いが、170近くもある母さんを見る限り、もっと背が高くなるだろう。美人で高身長になると思ってお兄ちゃん少し心配だ。


「光ちゃんおはよ~」


「おはよー、じゃあね、お兄ちゃん!」


「うん、光も気をつけて、いってらっしゃい」


 数人いる友達の輪に光が入って学校に行く光を見届けてバス停に向かうと正輝がいた。


「あれ、珍し………………くないよな。おはよう正輝。」


「おう、翼。朝さー検尿キットの奴さー……………… 」



 今朝の話や昨日の話をしながら変わらない親友と一緒に俺は学校に向かうのだった。



 ****


「おはようございます。如月君に柳田君。9人全員揃ったので………………とりあえず尿検査の物だけ回収します。」


 教室に着くと浦嶋先生が出席を取っていて、俺たちが最後だったようだ。女子は午後からで男子生徒だけしかいないし、男子の人数自体が少ないから教室がめちゃくちゃ広く感じるし声もよく通る。


「っやっべ。………………す、すみません………………やってくるの忘れました…」

「それは……うーん。再検査の日があるのでその時に持ってきてください渡辺わたなべ君。」


「マジかよ勝彦かつひこー。お前昨日あれだけ山寺やまでらさんに言われてたのによー」

「だ、だってさ正輝ー、美月みつきが今日も朝部屋に突撃してきて大変だったんだよ………………いくら幼馴染だからって………………」

「なんかイラつくわー」


 廊下側の後ろの席を見やれば正輝と渡辺君が話をしている。



上岡かみおか君は実際に戦った経験はあるのかい?」

「ああ」

「ふふっ、その切り傷、それに君の体から流れ出る気は…やはり面白いよ。」

「なんだ…神無月かんなづき

「いや、何でもないさ。」


 左の列の後ろでは上岡君と神無月君が何やら物騒な話をしている。



「墨田君はあの話は聞いたことがあったのか。」

「まさか橘君もそれを知っていたとは………………流石だ、君は僕のライバルだな。」

「えっと………………それは違うと思うよ。」

「ふふふふふっ………………」


 右の列の清雅と墨田君は………………墨田君がちょっと変。


 ということで今ポツンとしているのは星月君と左隣の安部あべ君。

 俺は取り合えず安部君に声をかけてみることにした。


「えっと、今いいかな?」


 髪の長い少年は顔を窓からこちらへ向けて俺を見て頷く。


「んんっ、如月翼っていいます。隣の席だったから声をかけようと思って。これからよろしく。」


「………………安部啓仁あべはるひと。………………如月…一度だけ俺の目を見て。」


「?、ああ、いいよ。」


 安部君に目を見ろと言われたので彼の瞳を見る。まつげが長くて中性的で女の子かと少しドキッとするが男だ男と頭で復唱してその少し茶色い瞳を見つめた。


(ん?…星?………………いや気のせいか。)


 一瞬だが彼の瞳に黄色く星のような形をしたものが見えたように思ったが彼の言葉ですぐに忘れた。


「うん、もういいよ。僕は啓仁と呼んでくれ。今のはちょっとした占いなんだ。如月君の瞳を見て思った。将来が大変そうだなって。ははっ………………はははははっ」


「え、あの、なに、マジで!なに!いきなり笑いだして怖いよ!」


 急に笑い出す啓仁に俺は恐怖する。


「如月君は女の子にモテそうだね。うん、………………僕は男だけどそう思うよ。」


「いや女みたいなお前に言われるともっと怖いよ………………」


「ううっ、この髪は、死んだ母さんが………ううっ」


「あっ、ごめん、言い過ぎた。なんか事情あるのか?」


 長い髪で目元を覆って肩を震わせる啓仁を見て俺は慌てる。


「………………最後の言葉はあなたの髪型は私にそっくりできれいだわ。そのままでいてね……………っていうお話でもなくただ単に別の理由で伸ばしてるんだ。あっ、今の作り話は友達になる人の通過儀礼だから。別に死んでないし、今日もママに学校まで送ってもらったし………………なんなら帰りにうちのママに会ってく?」


「お、お前、なんか変な奴だな。思ってたより喋るし。あ、あと気になってたのが、それ、その髪留め………………ちょっとどうなの?」


「な、なん…だとー。僕の大切な物を………………そんな100均で買えそうなの着けてやんの。くそだせー。着けるならもっとオシャレで女の子がつけてるピンク色の可愛いの着けろだってー。いいぞ喧嘩か。のった。表にでーろーーーー。」


「そこまでは言ってねーよ⁉もっと髪留めなら髪留めの使い方をしろよって言いたいんだよ。それで髪全然留まってないように見えるんだが………………」


 ぱっと見でわかるくらい髪留めとその下にある束になった髪の揺れ方が明らかにおかしいのだ。


「まあ………………クリップをこの下の髪を束ねてるゴムに挟んで着けてるだけで、これただのお洒落だよ。ま、お洒落上級者ってやつね。」


 えっそんなこともわかんないのー、これだからなー今どきの若者はー。ぷぷぷっと笑う啓仁。



 結論………………隣の奴はマジで謎。





 ****


(騒がしいな、ふっだがしかし俺にはこの力がある。ふふふっ恐怖せよ、俺の左手とこの目はいつも深淵を呼び起こす。ふふふ。)


 一年A組23番星月蒼、彼はポツンと席に座り自分の能力(少年の妄想)を抑え込む。




 一足早い中二病という誰しもが通る病を抱える一人の少年。

(実は誰かに声をかけて欲しい)


 じっくりとこれからの未来を考え、世界を憂う少年。

(やっぱり誰かと喋りたい)


 誰ともしゃべらずニヤニヤする彼のような人のことを一言で言い表そう。






 と………………

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