第11話 異常

 ………如月さん………如月さん………


 誰かが俺の肩を揺すってるのか………


「………大丈夫ですか?如月さん。」


「っは、大丈夫白鷺さん!………って…ここは………」


 周りを見れば多くの生徒がお昼ご飯を食べている光景が広がっている。どこのテーブルも新しくできた友達と会話を楽しんでいるようで少し騒がしい。話の途中で急に倒れたはずの白鷺さんが困惑した表情で俺を見ていた。


(俺は………、夢を見ていたのか?………、いや違う………。俺たちが食べ始めたのは12時20分くらいだから………絶対におかしい………だけど………)


 俺の左手に付けた腕時計は12時55分を示している。決定的なものは、食べ始めて30分は経っているのに、まだのは明らかにおかしい。俺が食べるのにかかる時間は10だ。



「?私は大丈夫ですわよ。食事を止めて急にボーっとしていた如月さんの方が気になりますわ。」


「………あの話をした後………白鷺さんは………いや………何の話をしていたっけ?」


「ですから、お父様と行った城崎様のパーティーで橘様達に会ったときに…お二人と友達になっていればよかったという話ですわ。」


「………」


 なんの話をしてる………

 パーティーで城崎華の異常さを俺に話していたじゃないか………


「やはり、私と同じ価値観を持つような方たちと仲良くなっていれば嫌な思いもしなかったですわ。お父様の過保護さには困っていますが…他の場所で友を持っていれば、たかが学校程度の同級生にと言われても、どうも思わなかったでしょうに。」


 過去の自分に呆れて嗤う白鷺裕子に俺は混乱している。彼女はこんな人間だったのだろうか。地下体育館で震えて座り込んでいた彼女とは思えない。


「それに………ふふっ、先ほど如月さん達が私たちはもう友達だと言ってくれましたもの。私に嘘をついて接していた方は頭がおかしかったのですわ。」


「そ、そうか。でもその言い方はあんまりよくないぞ。………白鷺さんが賢かったってことだよ。」


「あ、あら。そういうことだったのですわね。ありがとうございます、如月さん。ふふっ、では如月さんも賢いということですわ。私たちはなるべくしてなった友達ですわね。」


 頬を薄っすらと赤くして喜ぶ彼女に俺は………する。一時間前までの彼女はこんな子ではなかった気がする。自分の行いを悔いていた彼女はどこに行ってしまったのだろう。


「そろそろ戻りますわ。にあって友達になってきますの。もう周りの目を気にするのが面倒ですわ。私と同じ格の同級生から反感を買っても私は気にしませんわ。」


「えっ、華と清雅って一緒にここに来たんじゃなかったっけ。」


「何を言ってますの?私たちは食堂に入って二人はそのまま教室に行きましたわよ。」


(おかしい………俺の記憶には。確かに離れた席に座っていたけど。)


「では戻りますわ。早く食べないとお昼休み終わってしまいますわよ」


 彼女は俺にそう言って食べ終わったトレーを持って行ってしまった。

 チャイムが鳴って多くの生徒が食堂を出て行くことにも気づかず、違和感を抱えて考え込みながらお昼の残りを食べている俺の横に思いつめたような顔をした紫音が座る。


「………ねぇ、如月君。白鷺さん………大丈夫だった。」


「ん?どうしたんだ。紫音。」


「………倒れてなかった?」


 俺だけがおかしいのだろうか、とボーっと考えていた紫音の口から出た言葉に頭が真っ白になり、彼女の肩を掴んで問いかける。


「紫音!やっぱりあれって…………倒れたのって本当にあったことだよな!」


 彼女はその言葉を聞いて泣きそうな顔になりながらコクコクと頷いている。


「っ………私だけじゃなかった………みんな、みんなおかしい。何も覚えてなくて………私だけ取り残されたみたいで………怖かった。」


 紫音は俺と白鷺さんの近くのテーブルで食事をしていた。


「………近くにいた佐藤さんも妃花さんも遠くで食べていた榊原さん達も………何を言ってるのって………如月君は覚えてたんだ………良かった、良かった………」


 小刻みに震える彼女の手をしっかりと掴んであの時のことを聞く。


「落ち着いてからでいいんだ。教えて欲しい。あの時何かおかしなことなかったか?」


 彼女は深く呼吸をしてゆっくりと話し出す。


「まずね………白鷺さんが倒れたときに………奥のテーブルで顔がわからなかったけど誰かが立ち上がったの。多分男子生徒だったと思う。………瞬きしたらその人を中心にして………………皆が急に意識を失うみたいに倒れちゃって………………。」


 まだ震える彼女の手を両手で握りこんで俺がついていると声をかけて続きを促す。


「怖くなって…でも他人より白鷺さんのことが気になったから向かおうと目を向けたら………………誰かが如月君と白鷺さんの近くに立っていて、気を失ったの。」


「っ!………………何か見たのか?……………あと、薔薇の香りとかしなかったか?

 」


「ごめん。わからなかった。でも誰かが立ってることしかわからなくて………………あ、でも確かに甘い香りがした………かもしれない………………ごめんね、しっかり覚えてなくて………………」


「いや………………少なくとも俺はあの出来事を覚えている。………………その男子生徒を見つけられれば………………いや………なあ橘清雅ってわかるか?俺が食堂に来る前に話してたやつらなんだけど。」


「えっと…わからないかも、如月君が誰かと話してるなーってのは見えたけど…私は長谷川さん達と話してたから。でもどうして?」


「そ、そうか。いや何でもない。………………教室戻ろうか。」


「う、うん。」


 数人しか残っていない食堂を見渡す。美咲も加恋も他の皆も先に戻っているようだった。



 ****


「お前たちで最後だな。如月翼に佐倉紫音っと。」

 

 教室に戻れば暁先生が俺たちの顔を見てリストにチェックを入れているようだった。時計は1時30分を示していて他の同級生はもう体育館に向かったのか机の横にかけられていた鞄もなくなっている。


「暁先生、すいません遅れました。」

「すみません。」


 優雅に座る暁先生は俺達の顔をちらりと見て立ち上がる。


「ん?…ああ、大丈夫だ。。………………これは記憶がなかった方が良かったかもな。」


「え、ど、どういうことですか?何を知っているのですか?」


「私たちに何が起きたか知ってるんですか?」


 詰め寄る俺と紫音に暁輝夜は赤い瞳を向けて、俺の方に手をかざして言葉を紡いだ。


『観測者カグヤの名においてORIGINへ接続**WORLD特異点β-Ⅹの【**運命の開拓者**如月翼**】の記憶封印を行う**order………………承認を確認**封印処理**理の運命**記憶補完**収束運命をカグヤの言の葉に従い決定』



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「如月はこれから体育館で教科書を受けとれば帰っていいぞ。明日の健康診断は男子が午前中ってこと忘れるなよ。じゃあまた明日。紫音はちょっと残って手伝ってもらうことがあるからすまんな。」


「はい、わかりました。じゃあ、紫音また明日な。」


(そうかー、一緒に帰ろうと思ってたけどなんか忙しそうだし、……今から体育館行けば誰か残ってるかな。正輝とかいないかなぁ。)


 白鷺さんとお昼ご飯をゆっくり食べて、紫音となんか話してて教室に戻るのも遅くなっちゃったな。


「えっ如月君?」


 鞄を掴んで俺は紫音に手を振って体育館に行くのだった。



 ****


 私は目の前の赤い瞳の先生に向き合う。

 今日は何が何だかわからない。もう………………どうでもいい。さっきまで震え続けていたけれど、もう疲れて今は何をされてもいいやという気持ちだがさっきの先生の言葉の意味を問う。出てくる言葉は今までの疑問。


『如月君に何をしたんですか。なんなんですか。わからない、なんでみんな倒れたことを覚えてないんですか。先生は何なんですか。って何ですか!私って………………何なんですか………………』



 観測者カグヤは佐倉紫音の疑問に答えを返す。


『君は………………いつかの私だ。君がこのを聞き取り、紡いでいる時点で君の運命は決まった。』


『えっ?』


 手を下ろしたカグヤは再び椅子に腰かける。


『君が今はなしているのは日本語じゃない。我々WORLDのモノが使う言葉だ。』


『な、何を言っているのか理解できません。』


 カグヤの後ろからまばゆい光が漏れると同時に、背から二対の翼が広がる。4枚の輝く蒼い羽。


『私は観測者カグヤ、この世界の安寧秩序を保つ………………天使だ。何もわからない君を導く君の上司で、私と世界を守ってもらう。勝手ですまないがこれは運命だ。よろしく。』


 手を差し伸べる一人の女性の表情は笑っていて………………どこか泣きそうな顔をしていたのだった。




 静まり返った教室では一対一の授業が行われていた。


 たった一人の教師は4枚の青い翼を折りたたみ、見通す赤い瞳で世界の真実を生徒に教える。


 そして………………

 たった一人の生徒は2枚の青い翼を広げ、教師からこの世界の理をその赤い瞳に焼き付けているのだった。
























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